26話 VS【謀略】のサラリット(中編)
サラリットとの応酬を始めてどれほど経ったのであろうか。いや、実はそれほど経っていないのかもしれない。
とにかく目の前の攻撃を捌き、反撃するのに精一杯で、時間の感覚すら忘れてしまう。こんなのは父さんとの訓練以来だ。
しかし、今やっているのは訓練ではない。命を懸けた実戦である。
「ククク、中々しぶといですねシグル君。さすがは竜人、ここまで手こずらされたのは久し振りですよ」
言ってくれるぜ・・・涼しい顔して汗ひとつかいていないくせに。
一方俺はギリギリだ。数回攻撃を受けてしまって何ヵ所か血が出ているし、この攻防もこれ以上続けていれば間違いなく俺の方が先に限界が来る。
『ヴォルガ! お姫様の安全は確保出来たのか?』
『出来たよ! 騎士たちに届けてきた!』
『こっちの援護にはどれくらいで来れる!?』
『ごめん、なんか変なのがわらわら出てきて、シェーラたちも対応してるけど、追い付かなくて・・・』
「なに・・・ぐぁ!?」
「このワタクシを相手にして、考え事とは余裕ですね?」
く、くそっ。こっちはこっちで気が抜けない!
「テメェ・・・王都にも何か仕掛けやがったな?」
「ほう、通信具か何かをお持ちなのですか? まぁ良いでしょう。それは保険ですよ。あなたを確実に始末するために、援軍という不確定要素は出来るだけ排除しておきたかったのでね」
ヴォルガが「変なのがわらわら出てきてる」って言ってたし、悪魔の舌のアジトにあった魔法陣が魔物かなにかを召喚するものだったとか?
援軍は期待出来ず、か。いよいよマズくなってきたな・・・。
"全力開放"にしても、それで防御障壁を突破出来るか怪しい。それに持続時間も短いうえに効果が切れたら行動不能になるもんだからリスクがでかすぎる。
一応もうひとつ切り札がないこともないが・・・。いや、躊躇ってる場合じゃないな。
「よ~し・・・。覚悟しろよサラリット、俺に本気を出させたことを後悔させてやる」
「大した自信ですね。興味深いですがわざわざ待ってはあげませ・・・っ!」
「ウオオオオオォォォ・・・・・・ッ!!!」
黒竜族としての能力を使うときと要領は同じだ。魂の奥底から力を引き出していく。
意識が・・・獣の本能に支配されていく・・・
─── 三人称視点 ───
シグルの身体全体がミシミシと音を立てて形を変えていく。顔以外のいたるところには頑丈な竜鱗が、手や足には鋭い爪が、頭からは二本の角が生えてくる。そして後ろには羽根と尻尾も現れた。
「シグル君・・・まさかその姿は、『龍人化』ですか!」
「グルルル・・・ゥガァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーッ!!!」
サラリットは驚きの声をあげるが、シグルはすでに人としての理性をほとんど失ってしまっており、それには答えず、ひたすら咆哮をあげるだけだった。
『龍人化』。これがシグルの最大の奥の手である。
竜の血を半分しか受け継いでいない竜人は、竜族の力を十全に振るうことは出来ない。負担が大きすぎて人間ベースの身体では耐えられないからだ。
ただ、長い時間をかけて鍛練を重ねることにより、段階的に力を解放できるようになる。この途中にあるのが『龍人化』だ。
これによって得られる力は絶大である。それは"全力開放"をも遥かに超えた限界以上の力。
当然、反動もとてつもなく大きい。力を「限界まで引き出す」のと「限界以上に引き上げる」のとでは天と地ほどの差があるのだ。
まず、持続時間が極端に短い。もって数分といったところであろう。
次に、瀕死になるほど体力を消耗する。効果が切れると疲労困憊でしばらく体を動かすことすらままならなくなってしまうほどだ。
最後に、理性を失い限界が来るまでひたすら暴れまくる。一応敵味方の区別は付かないこともないが、野生の獣よりは多少マシという程度でしかないのでかなり危なっかしい。
「バカな・・・どんなに才能があっても『龍人化』を会得するには数十年の歳月を必要とするはず。こんな若者が使えるはずが、」
「グルァァァッ!!」
「チィッ! 本当に厄介な人ですね!」
シグルの身体能力は元々サラリットにあと一歩及ばないくらいだった。つまり『龍人化』した今のシグルは全てにおいてサラリットを大きく上回っている。さらに・・・
パリィンッ!!
「なぁっ!? 『反・破壊』を纏った防御障壁まで突破してきますか!」
『龍人化』によるパワーアップは『破壊』の能力も例外ではない。あまりの力にサラリットの『反・破壊』すらも『破壊』してしまった。
そして『反・破壊』が突破されてしまえば、どんなに頑丈であってもただ硬いだけの防御障壁など何の意味もなさない。
「一体、何者なんですかアナタは・・・っ!」
「ガァァァァァーーーーーッ!!!」
その後、森には衝撃波をともなうほどの爆音が響き渡った。
─── シェーラ視点 ───
王城の方で何かがあったらしいことをヴォルガから伝えてきたところで、街中でも騒ぎが起こった。
王都内の数ヶ所から怪しげな魔力の光が発せられたかと思ったら、真っ黒な怪物が多数出現したのだ。
幸いヴォルガがあらかじめ場所を把握したうえでシグルが王国の上層部に情報提供していたおかげで住民の避難は無事に出来ているようだけど、仕掛けの解除までは間に合わなかったようね。
私たち冒険者や衛兵、騎士団の召集も迅速に行われて現在は怪物が王都中に広がらないよう対応にあたっている。
それにしても・・・
「まったく、キリがないわね! いつまで続くのよこれ!?」
「・・・姉さん、今は無駄口を叩いている場合じゃない。目の前の対処に集中するべき」
「分かってるわよそんなこと! "貫け!"」
「・・・"導いて"」
私が精霊魔法で貫通力を上げて放った矢を、ノーラが目標へ誘導してアシストする。
昔からやってきた姉妹の連携技だ。複数の矢を一度に放つことも出来るので、こういった対複数や乱戦では特に効果を発揮する。
他の場所も一応の対処は出来ている。問題はこの怪物が際限なく出現してくることだ。
魔法陣は注ぎ込んでおいた魔力が尽きれば効力を失うはずなのだけれど・・・この仕掛けを施した魔族はよほど魔力量が多い実力者のようね。
さ、もうひと頑張りしましょうか。
─── 八雲視点 ───
護衛対象の姫が誘拐されてしもうたことが発覚したあと、主様はすぐに魔道具の導きによって転移していった。
従魔契約によって、ある程度は主様の場所を把握出来ておる。しかし正確な位置までは難しいか・・・。やはり出会ってからまだ日が浅く、主様との絆は十分ではないということなのであろうな。
ま、心配せずともヴォルガが行ってくれたようじゃから、そちらは主様の相棒殿に任せるとしよう。
さて、そうすると妾のすべきことは・・・。ふむ。
「隊長殿よ、どうやら街中にある魔法陣に良くない兆候があるようじゃ。妾はそちらへ向かおうと思うのじゃが」
「そうなのか!? 了解した、騎士や衛兵も追加で向かわせるようにしよう!」
王城を出ると、まずは一番近くにある魔法陣へ向かう。路地裏に隠れた空き家の中にそれはあったのじゃが、すでに騒がしくなっておった。
「おい、どうすんだよこれ!」
「俺が知るか! とりあえず下手に近付くなよ!」
建物の中では二人の衛兵らしき男たちが怪しげに光輝く魔法陣にあたふたしておる。
「のうお二方。ここはひとつ、妾に任せてはくれんかの?」
出来るだけ刺激しないよう、少し離れた後ろから声をかけたのじゃが、驚いた二人に槍を向けられてしもうた。
「な、なんだあんたは?」
「怪しいやつ! もしや魔族の仲間か!」
やれやれ、そんなことをしている場合ではなかろうに。
「妾は冒険者じゃよ。ほれ」
「なに?・・・って、初級じゃないか!」
「まあ、登録して間もないからの」
「ダメだダメだ! それよりもあんたはギルドへ報告・・・むにゃ」
「おい、一体・・・ふにゃ」
「すまんのぅ。もう本当に時間がなさそうなのでな、少し眠っていてもらうぞ」
気を失った衛兵を壁際へ寝かせ、魔法陣に向き直る。
「さて、まず効果の程は・・・と、これは少し厄介だのう」
効果は魔物の召喚。持続時間は魔力が切れるまで、か。しかし魔力量が多いのう。この分だと最低でも一時間は続きそうじゃ。
ただ考えている時間はない。さっそく魔法陣の解除に取りかかる。
「ふむ、構造はそこまで複雑なわけではないな。あくまで陽動か保険でしかない、ということかの」
数分ほどして、解除は難なく済ませることができた。しかし他の場所はもう発動してしまったようで、ここからでもかすかに騒ぎが聞こえてくる。
こうなると問題は、魔法陣を解除している最中に魔物を抑える役が必要になることじゃな。それも、並以上の実力者が複数必要じゃろう。
さて、どうしたものか・・・
「っ!?」
不意に、すぐ側を矢が掠めた。避けはしたが、今の軌道はギリギリ当たらないものだったようじゃの。
「動くな。次は当てるぞ」
「物騒じゃのう。妾は忙しいのじゃが」
嘆息しつつ後ろを振り返ると冒険者らしき者たちが4人、こちらへ向けて警戒態勢を取っておった。
「おい、動くなと言ったぞ」
「妾は怪しい者ではない。ほれ、ギルドカードじゃ。それに、お主らでは妾に勝つのはちと難しいと思うぞ」
「・・・ここにあった魔族の魔法陣はどうした? それに、そこで寝かされている衛兵の説明もしてもらおう」
「魔法陣は妾が今しがた解除したところじゃ。衛兵たちは説明している暇がなかったので眠らせた。弱めの催眠じゃから、あと数分もすれば起きるじゃろう」
冒険者たちは互いに視線を交わしあう。
「・・・ケイト、どう思う?」
「う~ん、多分嘘はないと思うよ。『看破の眼』が通じなかったけど」
「マジか!? ってことは最低でもAランク以上は確実か・・・そうするとわざわざ会話に応じてるあたり、一応信用しても良さそうだな」
「分かってくれたようで何よりじゃ」
4人は一応の警戒はしつつも、構えは解いてくれた。丁度良い、こやつらに頼むとしようかの。
「お主ら、ひとつ頼まれてほしいのじゃが良いかの?」
「内容によるが、一体何だ?」
「ここに仕掛けられておった魔法陣じゃが、効果は知っておるか?」
「ああ。確か、召喚だろ? 何がどれくらい出てくるのか分からないから、その解析と解除または対処ってのが俺たちの受けた依頼なんだ」
なるほど、それを任されるくらいには実力のある冒険者ということじゃな。
「それは好都合。では、残りの魔法陣を解除するのに協力してもらいたいのじゃが」
「・・・分かった」
「賢明な判断じゃな。妾は神獣・九尾で名を八雲という。そちらは?」
「し、神獣!? ・・・え~っと、と、とりあえず俺たちはBランクパーティー"紅の尖刃"。俺がリーダーで槍使いのランディ、こっちの赤髪が魔術師のケイト、その隣が斥候のシュメロン、それからこっちのでかいのが重戦士のゴードンだ」
「うむ、よろしくのう」
こうして、妾は"紅の尖刃"たちと共に残りの魔法陣の解除に向かうこととなった。




