第232話 寄り道
【テイクンシティー 最南端】
【オプフェロ通り】
お昼時。
その通りは通りを沿うように、城壁の外に向かって長く川が流れていた。
少し歩けば、そこはもう城壁の外。浜辺の波の音が水が流れる音と混ざり、じめっとした風が吹く。
ゴシゴシ、ゴシゴシ。
川沿いに建つ、古い木の一軒家。黒ずんでしまい、あちこちにガタがきている大事な家の壁を、一人の少女がブラシで磨いていた。
「ふぅ〜、ここ落ちないなぁ」
ゴシゴシと擦るが、なかなか汚れが落ちない。しつこい黒ずみにため息をつくと、家の中から厚みのある声が聞こえてくる。
「おーい、ノイェ! そろそろ戻るっぺ!」
「えー?」
「おっかさんがクッキー焼いたべよ、食べるっぺ」
──母の特製クッキー。甘い甘い、大好きなクッキー。
少女はぱぁっと顔を輝かせると、ブラシを置いて家の中に入ろうとした。
少し興奮してブラシを倒してしまい、慌てて手を出して、ブラシを起こそうとする。
その時、彼女の後ろに誰かが立っていた。
「あんた、もうノイェ呼んだの?」
「呼んだっぺよ、もう焼き上がるべな」
「もう少しかかるわよぉ、まったく」
家の中では、肌がこんがり焼けた夫婦が、のんびりとソファーに腰掛けていた。
「あともう少しで、また海に出るっぺよ」
「そんなに慌てなくても、それまでにはクッキー焼きあがるからねぇ。急ぐわけでもないでしょーに、もう」
なかなか家の中に入ってこない娘を気にしているのか、夫はチラチラと扉に目を向ける。
「……まだ怒ってるべ?」
「何がよ」
今日はカヌギに連れて行くと約束したのだが、また海に出なければならず、別の日になったのだ。
これも、昨日起きた不思議な出来事のせい。
楽しみにしていた娘は、さぞがっかりしているだろう。落ち込む夫に、夫人は笑顔でお茶のおかわりを注ぐ。
「怒ってなんてないのよぉ、がっかりはしてたけどね」
「そうかい」
少しホッとしながら、またお茶をすする。
「おいおい、ノイェはどうしたっぺや?」
「あら、まだ入ってこないのかねぇ」
バタン!!
夫婦揃って首を傾げた時、玄関の扉が荒々しく開かれた。
「おとっつぁん、おとっつぁん! こっち来て!!」
娘が仰天した様子で、必死にこちらを呼んでいる。
「どうしたっぺや?」
「お客さんだよ、早く早く!!」
お客さん、という言葉にピンとこない。何せ、この辺りに住むのは顔見知りの漁師ばかり。
娘もよく顔を知っているような、馴染みの顔ばかりだ。顔見知りをわざわざ客、と呼んだりするだろうか。
何より、娘の驚いた顔。
どこぞの誰が来たのかと、父親はトタトタと玄関へ向かった。
「ほら、おとっつぁん!」
娘に促され玄関から顔を出すと、そこに一人の少年が立っていた。
その顔に、夫妻も仰天する。
「お、おめぇさん」
見覚えのある顔だった。
赤い髪をした、浅黒い肌の少年。大人びた、スラッとした氷のような瞳。あの時は、ぐったりとして瞳は閉じられていた。
「ヤンジャンさん、で、すよね?」
少年はまるで言い慣れていないように口を動かし、父親に向き直る。
そして、深々とお辞儀した。
「あの時は、その、助かりました。おかげで──えっと、命拾いしました、ありがとうございました」
「いや、そんなそんな。大丈夫やっぺ?」
あたふたと彼の身を案じると、少年はお陰様で、と腕を見せてくる。
まだ包帯で固定されていたが、もう血の跡は無いようだ。
「見つけてくれなかったら、命は無かった……ので」
「そんなの、当たり前やっぺ。いきなりデッカイ音したっぺ、ビックリしたっぺよ?」
「昨日の漁も、とりやめたんでしょ?」
「いやいや、気にすんなっぺ」
──海の男は、傷ついた者を見捨てたりしない。漢気こそ、海の男。
そう胸を張ると、少年は恐縮しきった様子で、また頭を下げた。
すると、夫人がニコニコと話に割り込む。
「まぁまぁ、折角来てくれたんやし、クッキー召し上がりんさいな」
「そうだ、そうすっぺ」
「いや、俺はこれで。あの、ありがとうございました」
少年はクールにそう答えると、再び頭を下げた。
そして、クルッとこちらに背を向けると、そのまま歩き出し去って行く。
娘は、その後ろ姿をただただ唖然と見送った。
「おとっつぁんが言ってた子って、リ・ショウリュウだったの!?」
「そうっぺ」
「あの子って、まだ17歳なのよねぇ。見えないねぇ」
「ああ。この国に来たの、あの子が10歳くらいの時でねぇべか? こんな遠いところでなぁ。あんなまだ若いのに、しっかりしてるっぺ。大変だべなぁ……」
age 16 is over.
次回予告!
「サイットロンガスの者、全て結集せよ!」
「主人公、なぁ」
「さて、早速迎えに行きましょうか」
「まさか、お前が団に入り、エースを名乗るとは」
「ルノさんとジェイさん、ヘイズの本家と何かあったんですか?」
次回、age 17!
さすらいのマシュー!
「待ってろやぁ! 剣のだぁあん!!」
お楽しみに!




