第233話 息子
【テイクン南部 ロウ地方】
【サイットロンガス とある集落】
険しく切り立った崖の上に、秘密基地のように建てられた集落。ここには、とある一族が長年住み着いている。
他の谷の民からは恐れられ、一族の者以外は寄り付かず、まるで孤島のような雰囲気を纏っていた。
ヘンタール造りの住居群。
空から見下ろすと、べたっと平たい大きな円がいくつも並び、綺麗な模様が見える筈。
これは屋根なのだ。真っ白な漆喰の壁に乗る、大きな輪っか。輪っかが何枚か積み上がり、まるでドーナツのよう。
長い年月のせいか、蔦のような植物が建物の壁にへばりつき、彩りを加えている。
「退屈なものよ」
いつかは上から見下ろしてみたいものだが、生憎その機会がない。
それにしても、この一族の象徴とはいえ、よくこのような奇天烈な設計を思いついたものだ。
……おっといけない、先祖に無礼ではないか。
そのような事をぼんやりと考えながら、その男はのんびりと揺れるチェアーに、どかっと腰掛けた。
古いチェアーは、少し力をかけただけでもミシミシと、嫌な音を立ててしまう。
まだ幼い小間使いの少女が、掃除をしに来たのに気付き、男は少しだけ体を起こした。
「おい、一番上のせがれはどうした?」
「えっと、リッチ様ですか?」
当然だ、という顔をする男に、少女は曖昧な笑みで返す。
「リッチ様でしたら先程、モンダ様とお話しなさってましたけど」
「またご機嫌とりか」
全く、いつまで経っても懲りない。焦っているのだろうが、いい加減諦めないか。
深く深くため息をついてみせると、少女はブルッと震えてしまった。
「けしからん、どうしてこうもうちの息子連中は。ヘイズの名を、品格をなんと思っているのか」
「おおおおお!!!」
屋敷中に響くかという声が部屋に刺さり、ビリビリと壁が震える。男は思わず顔を歪めた。
「おおおおおお!! い、一大事だああああ!!!」
「な、なんだ騒がしい!! 鼓膜が破れるではないか」
「お館様、お館さまぁ!!」
とある一族の者が、今にも足がもつれそうになりそうな程慌てながら、廊下を駆けてくる。
分厚い深緑色の僧服は、なんと走りにくいことだろう。転がり込むように、部屋に入って来た。
「いい加減にしずまらんか、ホッポ!!」
「ま、巻き物が!!……啓示の巻き物を、タツ師様が持っていってしまわれたのですぞ!!」
その言葉に、男は表情を固めてしまった。
「何を申すか」
「事実ですぞ、お館様!!」
タツ師とは、まさにこの男の息子の呼び名であった。一族で定めた階級の一つである。
その階級にいる者は、今はただ一人しかいない。
「先程、ヨビドの館にいらっしゃったかと思うと、いきなり巻き物を持っていってもうて」
「まさか!! あの巻き物には、何者であっても、例え一族の者でもそう簡単に触れられるものか。私が出来ぬのだぞ!!」
「そ、その筈なのですが」
「それで、せがれはどこに行ったのだ!?」
「わ、分かりませぬ! 一瞬のことで、何が何やら。探したのですが、館にはもうお姿が見えへんで……」
一体、何故そのような。
信じられない、といった様子の男に、ホッポはとにかく来てくれと促す。
慌てて彼に着いていった男は、別の屋敷に飛び込む。廊下には荷物が並び、なんとも狭い。
散らかった屋敷の奥、更に奥。小さな部屋に積み上がった、丸まった絨毯の上。
その棺のような、細長い箱を前に男は立ち尽くした。
ゴテゴテした獣の飾りがついた、年代物の立派な銅の箱。
「何故、この箱が開いている?」
「ですから、タツ師があっさりと開けてしまわれたのです」
長年、何者も開けることが出来なかった箱。
まるで意志を持ったように、何者であっても拒絶していた。ついに開く者が現れたのだ。
そして、ようやく開かれた箱の中身は抜かれ、箱は空っぽ。そこにある筈の中身は、何処に消えたのか。
跡には、吸い込まれるような虚しい暗闇だけ。
「これを、あいつが」
一族の宝を、持ち去ったのか。
──何という不敬、何という暴挙。
男は、込み上げる怒りで顔を真っ赤にすると、集まってきた一族の者達に告げた。
「サイットロンガスの者、全て結集せよ! 必ずや、あの愚か者の息子を見つけだす!!」




