第228話 手ぬぐい
【パレス 二階】
【医務室】
「……」
ベッドに横たわっていたショウリュウは、重い瞼をゆっくりと開けた。
「ひぃあ!」
誰かの、飛び上がるように驚く声が耳に届く。
重く、鈍い頭を動かして、声がした方に顔を向けた。
何の為だろうか、頭に乗せられていた手ぬぐいが、パサッと地面に落ちてしまう。
「お、起きてしまったです?」
そこにはヒラリスの、おどおどした顔があった。ピンクのボブの髪が揺れている。
濡らした手ぬぐいを片手に持ち、そばには何やら白く濁った液体が入ったバケツ。
「……今は、なんの刻だ?」
「今は九の刻なのです。ずっとうなされてました、ヒラリスは心配しましたです」
ヒラリスはそう告げながら、そっと手ぬぐいを頭の上に乗せ直す。
ひんやりと額が冷え、ぼうっとしていた頭が少し冷静になっていく。どうやら、熱にも冒されているらしい。
随分と、長い間眠っていたようだ。無駄な時を過ごしてしまった。
それでも全身は今だにずっしりと重く、駆け巡る傷みは消えない。
「……」
「……ん?」
「……」
「何だよ」
こちらを凝視してくるヒラリスに、ショウリュウは不審がり眉を寄せる。
そんなショウリュウに、ヒラリスはブンブンと首を横に振っていいえ、と誤魔化した。
その頬には、僅かに赤みがさす。
「何でもなひです」
「は?」
口ごもりながらも、ヒラリスはなんとかショウリュウから目を逸らした。少し呼吸が乱れているのも、気付いている。
深呼吸、深呼吸。
様子のおかしいヒラリスを無視し、ショウリュウは口を開く。
「他の奴等は?」
「皆さんは、ずっと街の巡回なのです」
ハキハキと答え、それ以上は何も言わない。
巡回、のまま。どうやら、アイツはまだ街に現れていないらしい。
こういう奴は嘘はつけないと、爪の先のような経験で分かっている。
こんなくだらない事は分かるのに。思わず苦笑しながら、ショウリュウはグッとベッドから、上半身を起こす。
「ご苦労さんなこった」
「あ、ダメなのです! まだ動ける体じゃ」
「うるせーよ」
試しに起き上がってみたものの、ヒラリスの忠告は正しかった。
頭に鋭い痛みがピリッと入ったかと思うと、視界が一気に靄がかかったように、ぼやけてしまう。
体全体がぼうっとなり、瞼が降りていく。
「うっ」
「ひぃあ!」
そのまま手前に倒れそうになるのを、ヒラリスが慌てて支えた。
いや、支えられる前にもたれかかってしまった、と言うのが正しいか。
「……わりぃ」
「おっもい!」
「重いって言うんじゃねーよ!」
「ひぃあ、ごめんなさいなのです!」
かたわらには、また落ちてしまった手ぬぐい。
少しだけ、起きようとしただけでこれか。虚しさに大きく息を吐き、再びベッドにドサッと倒れ込む。
胸の奥が、チリチリと痛い。
再び手ぬぐいを乗せてくれようとするヒラリスに、ショウリュウは沈んだ目を向けた。
「あんたはどうなんだ?」
「え?」
「仕事ねーのかよ」
言外にこっちは放っておけよ、と突き放されたようで、ヒラリスは手ぬぐいを持ったまま、慌ててしまう。
「あ、あの」
ショウリュウは怠そうに横になり、ヒラリスに背を向けてしまった。
二人とも押し黙ってしまい、気まずい沈黙が流れていく。
ポピポピパピ。
沈黙を破ったのは、奇妙な電子音だった。騒がしくなれば、聞き逃してしまいそうな小さな音。
「何だよ、その音」
「あ、失礼するのです」
ヒラリスはワタワタしながら、ポケットから指人形のように小さいクマ、のようなぬいぐるみを取り出す。
音の主のようだ、間違いなく通信機だろう。
一体、何処の誰が開発したのだろう。便利な事は間違いないが、この音はどうにかならないのだろうか。
あと、ぬいぐるみの機械多くないか。
ヒラリスは引きつった笑顔を浮かべながら、通信機を片手に、いそいそと扉から出て行く。
「はい、ヒラリスです」
バタン。
「……」
ショウリュウは気になり、なんとなく扉の方に視線を向けた。
何やらボソボソと、扉越しに声が聞こえてくる。
「えぇ!?……現れた、同じ型です!?」
動揺したのか、思わず大きくなった声。はっきりと、ショウリュウの耳にも届く。
「ザサンの型って飛ぶんです、大変です! ハンビン……分かりましたです、すぐに繋ぎます!!」
パタパタ……。
焦ったヒラリスの声と共に、立ち去って行く足音が聞こえてくる。
足音がすっかり聞こえてこなくなると、ショウリュウはもう一度、ベッドから起き上がった。
……現れたか。
体を自分で引きずるようにして、ベッドから降りてしまう。痛む腹部を抑えながら、ヒタヒタと歩きだす。
あちこちを駆け巡る傷み、ぼうっとしてはっきりしない頭。そんなものは、とにかく頭の隅に追いやる。
ふと近くのソファーに目をやると、上着が丁寧にたたまれ、置かれてあった。
ショウリュウは上着を掴むと、部屋から出て行ってしまった。




