第227話 紅茶
【テイクンシティー 南東ブロック】
【ハンビン通り】
「あらあら、そんなことになってたのね」
とある黄色の家の広い庭、白いベンチ。
エリーナは、ジェイの報告にフッと笑みを漏らした。片手には桃色の、陶器のカップ。
「珍しいこと。えぇ、そう言うのなら大丈夫でしょう。頼んだわよ、ジェイ」
頭に響いてくる報告、流石にもう慣れたがやはりおかしい。
「あの子達はまったく。一人足りないのに、悠長なんだから」
困ったものだと口ではそう言いながらも、穏やかで柔らかな口調だ。
余裕たっぷりなその表情がどこかおかしく、側で聞いていたヨースラは、思わず吹き出しそうになるのを堪えた。
ところで、何故この人は人様の家で、紅茶をご馳走様になっているのだろう。
「幸い、今日はとても平和だけれど」
「な〜んか、最近見えざる者少なくないですかぁ。カリン、なんだか不安だなぁ」
「確かに、随分と落ち着いてますよね」
エリーナが優雅に紅茶をすする横で、ヨースラとカリンはうーん、と考え込む。
──これは、嵐の前の静けさなのか。
最近は、見えざる者の襲撃が奇妙に少ない。街もすっかり静かだ。
「なんか前も、こーんなことあったよねぇ」
「あったような……気がします」
頷きながらも、ヨースラは、自分の瞳が揺らぐのを感じた。セロマの一件の直前も、同じ様に平和だった。
だが、こういうのは言霊というのではないか。わざわざ口に出してしまうのは、きっとよくない。
言霊は叶う、よく言ったものだ。
思い悩んでいたその時、家の主人である老婆が紅茶のおかわりを運んで来た。
「エリーナちゃん、おいしいかい? おかわりだよ」
「えぇ、とっても美味しいですわ。いい茶葉ですわね、ハウの野原にいるような」
「おやおや、分かるんだねぇ」
「えぇ、素敵な香り」
それはどういう感想なのだ。そして、何故それでおばあさんに伝わっているのか。
涼しい顔で再び紅茶をすするエリーナに、ヨースラもカリンも、再び笑いを堪える羽目になった。
「おばあさん、カリンとヨーちゃんには紅茶、くれないのぉ?」
パチパチと目を輝かせてねだるカリンに、老婆はキッパリと首を横に振る。
「何言うとんよ! エリーナちゃんは昨日、ここの庭に出たバケモノ倒してくれたんね。そのお礼やよ」
チッチッチッと指を振る仕草をされ、カリンはむくれる。
「つまんないの」
「あ、もしかして昨日の依頼の」
「出たんよ、そこの倉庫にギーッてキズついてもうたわ。はぁ〜」
「何で倉庫なんかに」
「知らんよぉ、おっそろしいことやなぁ」
まさに、神出鬼没だ。
見えざる者は、いつ現れるのか分からない。この平和も、長く続くのかどうか。
「ショウリュウの事もあるし、今日だけはね、見えざる者の報せは少し待って欲しいものだけど」
「そうですね」
答えるヨースラを他所に、エリーナが紅茶のおかわりをポットから注ぐ。飴色のねっとりとした色。
コポコポと、湯気と共にほっこりする音が鳴った──その時。
バサバサバサササ!!!
ガタガタと机ごと揺れるカップ、波打つカップの中の紅茶。
「な、なに!?」
巨大な音と共に、大きな影が空の太陽を遮った。
「おや、ちょっと暗くなったかい。晴れてたのに」
「おばあちゃん、退がって!!」
「ほえ?」
カリンが、慌てて老婆を退がらせる。
「シャアアアアア!!」
上空をガッと見上げる。
鷲のように大きな鳥のような姿、その羽は片側しか無い。
「あれは!」
「……ショウリュウの話の通りね」
今朝、ショウリュウを海に突き落としたという存在。
こちらの存在に気付いたのか、ミシミシと音を立て身体を向けてくる。
眼球の部分が窪んでいて、ポッカリと穴が空き感情が読めない。カクカクと、不自然に動く顎。
「シャアアアアア!!」
その羽は、鳥が動く度にバキボキと身体の中から音を鳴らし、徐々に形をピンと尖らせていく。
変化していく、その体。
皮膚を突き破っているかのような、耳障りな音。エリーナとヨースラは顔をしかめ、鳥を見据えた。
「おかしい、あんな型の見えざる者は見たことないですよ」
「形が変化する……?」
ショウリュウの話には、無かった事実だ。
──確かに思ってしまった。今日は少しだけ、報せが来るのは待って欲しいと。
ショウリュウの為にも。
その通り、報せは来ていない。来ていないが、しかし。
「私達が報せを出さなきゃいけないなんて、ね」




