第226話 逆さま
【ガット通り ラタの大木の前】
風に揺られ、木の葉がガサガサと音を鳴らす。
一人の若い男──いやからくり師の前に集まった子供達が、一人、また一人と帰っていく。
その様子を、アイリは木の枝に足だけを引っ掛け、ぶらんと逆さまになったまま眺めていた。
からくり師は、先程から視界の端に潜り込むアイリが、気になって仕方がない。細かく手を動かしながら、チラチラッと横目で視線を送る。
──邪魔するな、と。
「お前、また来たんかい?」
「うーん」
「頭に血が上るぞ」
だが、アイリは逆さまになっても平気な様子で、じっと何やら考えこんでいる。
あれから、どれほどの時が経ったのか。ネックレスの欠片を探し探して、もうすぐ陽が西に傾く。
探した成果は、小さな白い珠が四つ。ただ、それだけ。結局はまた、ここに戻ってきてしまった。
流石に途方に暮れてしまった。このままでは、ショウリュウは大事な物をなくしてしまう。
「こういう時はね、逆さまになるといいって。見る場所を変えるの」
「はぁ?」
「聞いたことないですか? 小さい時に、よくお兄ちゃんに言われたんです」
「はぁ」
のんびり木陰で休んでいるような、穏やかだが、ぼおっと気の抜けた表情。
剣の団の団員は、どこか違うのか。やはり体が、普通の人間とはどこか違っていたりするのだろう。
流れている血がおかしいのだから。
からくり師は少し納得してしまい、肩をすくめる。
包みを取り出し、木の人形をそっと大事に手に持った。だらんとした人形は、手のひらにもたれかかる。
今日はもう、お休み。
「お兄さんは片づけしてるの?」
「おいおい、見て分かるだろ。今日はもう店仕舞いだ、おしまい」
ぶっきらぼうに返ってきた言葉。まるでショウリュウのような返しをする。
ショウリュウを思い返し、アイリはぎゅっと唇に力を込めた。
「……」
その光景を、遠くから眺めている存在がいた。
ザッザッ。
白い美しい毛が、風で揺れる。前足で地面を器用にかいた。
小さな銀色の瞳が、遠くからアイリの姿を射抜く。じっと様子を窺っていた。
だが、そこに居座ったのは一瞬で、アイリの姿を確認するとすぐに背を向けてしまった。
「グル」
木の影から姿を現し、通りに繰り出す。石畳の通りは、フワフワしたこの足には少しだけチクッとする。
「わああ!!」
「ひゃあ!」
通りの人々は獣の姿にどよめくものの、獣はただ平然と通りを歩くだけ。
大人しく、襲ってくるような気配は無い。
「だ、誰かの飼い犬かしら?」
「だといいけど」
あまりにも堂々と人の真横を通るので、人々は動揺しながらも警戒を解く。
獣はあっさり、通りの光景に潜り込んでしまった。
「イヌだぁ」
「違うでしょ、キツネかしら」
獣が目指すのは、これまたとある大きな木。
毛皮の屋台のすぐ隣の、ハバヤの木。そこで、本を片手に一人休んでいる女性がいた。
じんわりと汗をかいてしまう季節、暑がりには辛い季節だ。
「グル」
「ぴゃあ!」
獣に話しかけられ、女性は驚いて本を取り落とす。
「な、なに? なによこの子!?」
視線を落とすと、そこには謎の美しい獣。女性の反応にも怯まず、喉を鳴らす。
「グル」
「え?」
そっと擦り寄ってくる。何かを訴えているように。
「グルル」
「私?」
取り落とした本の、開かれたページ。そこから、小さな白い珠がコロコロと転がって地面に落ちた。
自ら光る、美しい白い珠が。
キラキラと光る珠に、女性は首をかしげる。
「あら? こんな物、いつのまに紛れていたのかしら」
一方、アイリは。
「お前、もう気はすんだかい?」
「うーん」
今だに、ラタの木にぶら下がっていた。
「最近の若いのは、うーんしか喋らないのかい」
「うーん」
「ずっとぶら下がってたな、大したもんだ」
間抜けな生返事しか返ってこない。
ガサガサと、風で木の葉が揺れて音を鳴らす。今日は少し、風が強いようだ。
そんな事を考えた──次の瞬間。
「……ああああ!!!」
「わああ!!」
アイリは大きな声を出し、木から大きくジャンプして地面に降り立つ。
突然のことに、からくり師はギョッとして、片付けていた箱を取り落とした。
ガチャガチャと不吉な音がして、壊れたかと焦る。
「何だってんだいきなり!」
「あれ、あれ!」
視点を変える、逆さまになる。
逆さまになった世界。ぶら下がると、空ではなく地面がよく見えるようになるらしい。
からくり師が片付けようとした、台の真下。
夕陽の色に光る、美しい勾玉があった。




