第220話 重み
バタン。
皆が出て行った医務室。ショウリュウは一人、脱力しドサッとベッドに体を沈ませた。
「……」
目に映る天井の白い壁は、一部が剥がれていて虚しさが広がる。
じんわりと滲むような痛みに、顔をしかめた。全身が鉛でも乗っているように、ずっしりと重い。
思い返されるのは、朝早く。あの時耳に刺さった羽音。
窓の向こうを横切った、異常に大きな影。
「ショウリュウ、コツォノ?」
姉のキョトンとした声を他所に、ショウリュウは窓を勢いよく開け、外に飛び出すとサッと札を放ったのだ。
ヒュオオオオ!!
「プラナリジョ」
バサバサバサ!!!
「シャアアア!!」
「デー、タツズイニ!!」
そう言い残すと風を飛ばし、影の後を追いかける。
どのようにバランスをとっているのか、片方だけの羽を持つ鷲のような姿。
大きく揺れるその羽を、ショウリュウは上手く掴んで上に乗った。
「シャアアアア!!」
バサバサ!!
重みが増したのに気付いたのだろう、見えざる者は羽を揺らしてもがく。
ショウリュウを羽に乗せたまま、一気に飛び上がった。
「おわっ」
フワッと体中の感覚が上下し、おぼつかなくなる。
旋回、更に一回転。振り落とそうとしているのか、体があちこちに振り回される。一瞬でも気を抜くと、落ちてしまいそうだった。
それでも、なんとか片手で羽にぶら下がった。風は味方だ。
──ツァッタ、メソイプラィマ。
「カロリセヤォ」
そう告げると、上着のポケットに腕を突っ込む。
街に落ちたら厄介だ、上空でさっさとしとめなければ。一気に決める。
ポケットの中で掴んだ札に、意識を集中させる。
「バル……!!」
「シャアアアア!!」
ひゅおおお!!
呪文を唱えようとしたその時、鳥が一気に高度を下げた。
とある家の屋根の、スレスレを通りすぎる。
「チッ!」
ガガン!!
屋根に叩きつけられそうになり、ショウリュウは咄嗟に足を出し、屋根を強く蹴った。
──ヤニマハーキ、ニモイ。
「シャアアアア!!」
鳥は再び急降下し、街に向かってダイブしていく。ざざあと風が荒れる。
また、どこかにぶつけるつもりか。
ショウリュウは伸ばした手にグッと力を込め、羽を掴みなおす。落とされてたまるか。
そのまま羽によじ登ろうとしたが、振り回され足が上がらず、上手くいかない。
鳥は向きを変え、とある背の高い建物に突っ込んでいく。あれは薬屋か。
「シャアアアア!!」
「チスヒワ!」
ショウリュウがガッと足を上げたのと同じ瞬間、見えざる者は薬局のスレスレを通り過ぎる。
沿うように進む薬局の壁には、壁から飛び出してきそうな様子で並ぶ、様々な兵士の漆黒の色をしたオブジェ。
──そして。
「あっ」
一瞬、ショウリュウには何が起きたのか理解出来なかった。
くん、と首を僅かに引っ張られるような感覚。そして、パチンと弾ける音。
首にかけていた紐の肌触りの感覚が、瞬く間に無くなっていく。
パラパラパラ。
目の前で泡のように弾け、真っ逆さまに落ちていく、いくつもの青白く光る不揃いな珠。
──そして目の前で街に落ちていく、夕日の色に輝く勾玉。
スローモーションのように、映画のシーンで細かいカットを刻むように、小さな珠が弾け、視界から消えていく。
全ては、たったの一瞬。
「あっ……」
気付いた時には、全て指から滑り落ちて行った。
首にはもう、何の感覚も重みも残っていない。
ショウリュウが茫然とする間に、鳥は高く高く舞い上がる。
そして、大きくばたつくと羽をたたみ、首をガッとショウリュウの方に向けた。
「シャアアアア!!」
「……!!」
──しまった。
ショウリュウが気付いた時には、もう遅くかった。鳥の口から、激しい風圧を伴った咆哮が放たれる。
ゴオオオオオオ!!
「ぐわっ!!」
全身を叩きつける、刺すような光。あまりの衝撃に、掴んだままでいられない。
羽を掴んでいた手が、パッと離れる。
フワッと浮き上がる感覚が、最も大きくなったかと思うと、彼の全身から力が抜ける。
そして、真っ逆さまに下に落ちて行った。
下へ、下へ、下へ。
下は海、叩きつけられ激しい水しぶきが上がる。
彼の意識は、そこで途切れてしまった。
ボフッ!!
──終了。これ以上はもう、思い返したくない。
ベッドのシーツに拳を叩きつけると、指の形にシーツがくぼむ。
真っ直ぐ仰向けに寝転んだ時には、いつも小さな小さな重みが胸の上にあった。今日は、その重みが無い。
軽くなったはずなのに、体はずっしりと重たいままだった。




