第218話 船
【テイクン バーナ地方】
【オリャビヤスの港付近 南東の海上】
テイクンシティーの城壁を抜けた、すぐ側に広がる海。少し緑が混じった、爽やかな青い色の海が広がる。
「はぁ〜、おもてに魚見えねえべか?」
「見えねえよ。昨日はおかずやったべ、頑張らんことには」
ブロロロロロ。
まだ、太陽もはっきりと姿を見せない早朝。
小さな船が一艘、海に繰り出していた。海の上を走る船の上には、肌を黒くした二人の漁師。
おかずとは、魚がおかずになる程度にしか獲れなかった、という意味だ。
ここ最近はカラッと晴れた日が続いたせいか、不漁続きだった。折角海に繰り出しても、全く獲れない。シケではないのがもどかしい。
だが今日は昨日とは違い、うっすらと広がる雲。風はやや強く、水面が波立つ。絶好の漁日和だ。
仲間の船は、さっさと先に行ってしまったらしい。出遅れてしまった。
ひやっとした風の感覚が、容赦なく肌を叩く。
「おーおー、寒くてしゃんねぇや」
「夏だっぺのによ」
「こりゃ、冬はもっとキツイかもしんねぇな」
ぼやきながらも、船を動かす。バシャン、バシャンと波が船にぶつかり、船がギコギコと揺れた。
船が波を生み出しているのだ。これは、陸酔いがキツいだろう。
「明日、娘っ子をカヌギ連れてかなきゃねぇべ」
「ほんとかぃ、いいでねぇか」
「いやぁ、遠いべよ。めんどくせぇべや」
そんな話をしていると、船が一際ガッと跳ねた。
「お」
「あの辺りだっぺ」
「おおし、回すべ」
目をつけた地点に近付く。
少し進めば岸が近く、岩場が大きく見られる隠れた穴場。この辺りでは、ユハラ、サハナギがよく獲れるのだ。
船が大きく旋回した、次の瞬間。
ザッパーーーーーン!!!
激しい水しぶきの音が耳に届いた。波が荒れ、船があおられてはっきりと揺れる。
「な、何だっぺや?」
「何か、水に落ちたんでねーか?」
「落ちたって、鳥っぺ?」
「鳥が落ちて、あんな音はしないべよ。鳥は華奢だべ」
確かに、何か大きな物が海に落ちたような音だった。
だがこんなに広い海原の中で、何が海に落ちるというのか。衝撃で荒れた水面は、すぐに落ち着きを取り戻す。
「あっちの方だっぺな」
「あっちかい?」
「ほれ、急げぇ」
「行くっぺかぁ?」
──何もなかったらどうするのだ。今は漁で来ているのに。
だが、気になって仕方がない。とにもかくにも、音がした方に船を回してみる。
岸が近くなり、細かい岩場が進路を阻む。慎重に、慎重に。
「岸から何か落ちたっぺや?」
「ああ、かもしれねーべ」
「随分大きい音だっだっぺなぁ」
とある岩場の裏に回り込んだ時。
「お、おい!!」
「あ!!」
ゴツゴツとした岩礁。岩の一つに、人間がうつぶせで寄りかかっていた。
見間違いかと瞬きしたが、間違いない。
まだ若い少年。意識がないようで、伏せたままピクリとも動かない。
まさか、先程の大きな音は。
「た、大変だべ!!」
慌てて岩場に船を近づける。ゴツゴツした岩に、船をぶつけてしまいそうだ。
「おーい!! あんさん、大丈夫っぺか!?」
声をかけるが、少年は全く反応しない。何かあって体が動くと、下手をすると海に沈んでしまいそうだ。
「そこ、持つべや」
「せぇの!!」
なんとか手が届く距離まで船を詰め、二人がかりで船に引き上げる。
顔は青白く、ぐったりしていた。
「ど、どうしたんだっぺ」
「よかった、息はあるべ」
呼吸を確かめて安堵する男は、自身が着ているカッパの裾が赤く汚れている事に気付く。
それだけではない。船の甲板にも、小さな赤い斑点。
「この子、血出してるっぺや!!」
「どっかぶつけたんべや?」
「タオル、持ってくるべ」
その顔をマジマジと見つめる。
この顔、どこかで見覚えがあるのだが。それも、つい最近。
そして、記憶を手繰り寄せた男は、ハッと息を呑む。
「この子、団のショウリュウくんじゃねぇべか!?」
「……ああ!!」
「は、早く、早くパレスに連絡するべ。早く!!」




