前編第三章 騎士の剣(エームル視点)
子供の頃、五歳の時だったのでしょうか、わたしは将来結婚する相手と出会いました。いいえ、出会わせてされたんです。第一王子パトリック・ライアン。皇太子として王国の未来を背負う御仁でした。そんなお方のパートナーとして相応しくなるべく侯爵で宰相の娘だったわたしが選ばれて、両親と大人たちはわたしに毎日色々な教育や勉強をさせてくれた。正直わたしは何がなんだかわかりませんでした。ただ、良い子になりたくて言われたままに励んでいました。それに、パトリック様もいつも言いました。
「王家は常に正しくならればならない。王家が間違えたら国も間違える方向に進んでしまうだからだ。これだけはおぼえていてくれ。エームル。僕も正しい王になるために頑張るから」
同じく小さいだったパトリック様からの言葉はなぜかわたしの心にずっと残っていて、わたしももっと正しく、もっと良い子であるようにしようとした。
10歳からは王妃になるための勉強も始まってわたしは王宮に引越しした。それからは教育も一層厳しくなってどんどん息苦しく感じることになった。15歳までの5年間、わたしは勉強に専念させて実家と貴族の行事やパトリック様のお伴の外出以外にわたしは王宮から出ることはなかった。そのせいか、休日の日、勉強も行事もなかった日にわたしは反発を起こしてお忍びで街に出た。
服装をできるだけ地味な服を着てその上にマントもつけた。そして、誰もわたしを知らない貴族街ではない王都の中央街にわたしはやっと街に出た。貴族街と違って中央街は道が人で一杯だった。こんなたくさんの人を見るのは初めてだった。
感動と戸惑いが混ざりあって思わず足が止まって目をあっちこっちに向けて他の通行人に肩が当たってしまった。
「あ…」
「おっとごめんよ。道のど真ん中に立ち止まるのは危ないから道の端に移動する方がいいよお嬢さん」
通行人は足を止めることなく軽い謝罪してわたしに注意した。まだ頭がついていけなくてわたしは何も言わずとりあえず言われた通りに道路の端に移動した。そこでちょうど食べ物の屋台があった。
「へい。らっしゃい。クレープはいかが?きれいなお嬢ちゃんにゃ安くしますよ」
「え…?いいえ、あの…たこ、す…とはなんですか…?」
「なんだい、クレープ知らないのかい?ならぜひ食べてみてくれ。1つ400コインだけですよ」
「400コイン……」
高い値段というわけではないのですが、手持ちのお金を持つことないとそこで自覚した。なので申し訳なかったが断ろうとするときに彼が横から割ってきた。
「あいよおじさん。400コインだ」
「え…?」
「なんだい。リアムか。買いたいなら並んどけよ。このお嬢ちゃんを見えないのかい?」
「よく見えてるよ。とてもきれいなお嬢さんではないか。お近づきの印に、ここは俺に払わせてもらおうと思ってね」
「騎士が真昼間にナンパかい。隊長さんにチクるぞ」
「残念だが今日は非番でね」
「そうかい。じゃあ今のは足りんな。50コイン足りない」
「さっきは400コインと言ったじゃないか!?」
「お嬢ちゃんのためならな。お前のナンパのためだったら話は違う」
「ち。持ってけ泥棒」
彼は、リアムはお金を屋台のおじさんに渡してクレープを手にもってわたしに差し出した。
「はい。どうぞ」
「で、でも…」
「ん?あ、ここはちょっと他の人の邪魔になるのが心配かい?じゃあ移動しようか。こちらへ。エスコートしてあげるよ」
そう言ってリアムは歩き出してわたしは未だについていけなくてとりあえず彼を追うことにした。
「さっきは驚かせてすまんな。これさっきのクレープ」
「あの…これは、どうやって食べるんですか?」
「これはまた…ま、そのままかじっていいよ」
「え!?このまま…」
行儀が悪いんじゃないかと心配したわたしの横に、そんなわたしを見て面白いのかリアムは小さく笑いました。
「あ、あの…」
「いやあすまない。それでお嬢さんの名前を聞いても?」
「わ、わたしはエ、エイミです」
「エイミ、ねえ…なるほど…」
わたしの名前を聞いてリアムは何かを悟ったように目を細めた。屋台のおじさんはリアムが騎士だと言いました。もしかして、正体がばれたのかと焦った。
「あ、あのリアムさん!わたしは…」
「みなまで言うな。エミはずばり!お忍びで遊びに来た貴族のご令嬢!だろう?」
「へ?」
「違うのか?」
「い、いいえ。その通りです。実は男爵のもので…」
「そうか。ま、俺はただの歩兵だからあまり重要なところに配置されていないからな。たいていはこの中央街の見回りなんだ。珍しいでもあるが、息抜きで街を回る貴族のお嬢様を見るのは初めてじゃないんでね。さすがに王宮に住んでいる役人や王家、その関係者などが護衛無しで来るのはないだろけどね」
「それは、もちろんです。あは、あははは」
それが、嘘から始まったわたしとリアムの出会いでした。
リアムにエスコートされてわたしは街の色々な所に連れて行ってもらった。今まで馬車の中からしか見たことのない景色を近くから見て体験するのはとても楽しかった。そして、あっという間にその楽しい時間が終わりを迎えた。
「そろそろ帰らなくては…」
「そうかい。貴族街まで送るか?」
「いいえ。お忍びのお出かけですし、隠しルートを通るので…」
「そっか…」
もうすぐ別れることになり、寂しく思ってしまった。婚約者を持つ身としてこれではいけないとも思ったが…リアムはそんな私の心情をお構いなしに言った。
「それじゃ、また今度な」
「また…?」
「隠しルートがあればまた出かけることができるってことだろ。だったらまたどっかで会えるかもしれない。運良く俺が非番の時に会えたらまたエスコートするよ。エイミちゃんさえ良ければがね」
「うん…うん!その時はまたよろしくね!」
再会を約束してくれたわけではなかったが、それでも可能性を示してくれる彼の言葉に感じたことがない嬉しさが湧きあげた。気分がリフレッシュされて、次の日から勉強はこれまで以上にないほど進んだ。パトリック様にも褒められた。休みの日の楽しみがこんなに気分を上げるものだと今まで思ったことがなかった。それが自分でも気づかずに振る舞いに出ていたのか、ある日パトリック様が言った。
「最近楽しそうだね」
「はい?楽しい、ですか?」
「ああ。いつも黙々と勉強や責務を果たしているのに、侍女と話したり先生と相談したり、笑顔もよくすることになった」
「も、申し訳ございません。殿下。責務中にはしたな真似を...」
「いや。それでもちゃんとこなしているからいいんだ。ただ、自分がいずれ王家になる者、常に正しさを守らなければならないことを忘れないでくれ」
「はい...承知しております」
王家の者、正しいこと。今までそれの為に頑張っていたのに、なぜか今そういわれると晴れた気分が重くなった。そうなると、口も重くなって、殿下が言っていたお喋りや笑顔もできなくなった。休みの日が待ち遠し。それで私は祈っていた。次の休みの日に、またリアムと会えるようにと。そして、
「やあエイミちゃん。また会ったな」
「え...?」
「あれ、反応が薄い。まさか...俺のこと覚えていない?」
「い、いいえ!久しぶりです。リアムさん」
「おう」
休みの日が来て、私はまた街に駆け出した。約束も、予定合わせもできなかったのに、会える可能性がほぼないと思ったのに、こうもあっさり会えた。呆気にとられたが、リアムは前と同じような気さくさでまた私を誘ってくれた。
「んじゃ、約束した通りまた俺がエスコートしてあげるぜ。よろしいか?お嬢さん」
「うん...うん!よろしくね!」
そんな彼を見てやっぱりうれしくて、重い気持ちが飛んだかのように気分が晴れてそしてまた笑顔を作ることが出来た。
ああ、やっぱり私はリアムと過ごす時間が何よりも楽しい。王宮にいる時はどんな重く感じても、この日を迎えるために考えれば頑張れる。この日の為に、踏ん張る。そう決めた。だからその日からわたしは必ず休みの日にリアムに会えるようにリアムと打ち合わせをした。
今週はもう1話投稿します。




