前編第二章 剣豪 6(ロシェーン視点)
それから時間が経ってお父上の葬式から半年も過ぎました。お父上を亡くして、ローカンも姿を消してから私の心を支えてくれたのはイーアンでした。大事な人を二人もなくして落ち込んだ私をイーアンは毎日励ましてくれました。お父上にきっと事情があると。ローカンは必ず帰ると。自分自身もローカンのことを心配しているのにそれを我慢してずっと私に話しかけてくれました。そのおかげで私は何とか自分を立て直して、ローカンの帰りを待つ覚悟を決めることができました。そのために私も生きなければなりませんので本格的に王宮の侍女になりました。伯爵の実家は国に扱ってもらうことにしましたので問題ありませんでしたが、問題は道場の方です。
あの事件以来、カロル剣道に悪い噂が広がりました。当主が狂戦士だからその門下たちもどこか危ない人たちではないかと、恐怖で誰もはっきり言っていませんが道場の門下たちはどこに行っても後ろ指指されてそれぞれの居場所に居づらくなっていました。それでも、剣士の意地か、誰一人心をめげずにカロル剣道の門下と名乗り自分の剣を握り続いています。彼らには希望はあります。その希望はブレンダン義兄上のことです。義兄上が戻ればきっとカロル剣道の名誉を挽回することができます。そう思ってどうにか世間の悪評を耐えることができました。この件はもう私、そしてローカンに期待する人はいませんでした。
道場のことは私が気にならなくても門下たちが何とかできるので、少し悔しくても仕方がないと思いました。私は道場に関わることはほとんどありませんから。それに、門下たちにも言われました。道場のことは気にせずお嬢は自分のことを優先してほしいと。その言葉に甘えて私はイーアンに支えてもらいながら自分の人生を立て直すことにして正式な侍女になり、少しずつ日常を取り戻しました。
そして、ある休日にイーアンとの待ち合わせまで時間を潰して街の子供たちにお話を読んであげていました。その時、見るには同年代ぐらいの青年が話しかけてきました。
「よ、楽しそだな」
「あなたは…?」
すると、子どもたちが彼に応えた。
「あ、コンランだ!ここでなにしてるのー?」
「散歩だよ。おまえらこそ集まってどうしたんだ?」
「シェーンのおねえさんがねえ、お話を読んでくれるんだ。おねえさんの声がきれいでいつも話に集中できるんだよねえ」
「ほほう。ショーナがいないスキに他のおねえさんに浮気するったあおまえも隅に置けねえな。ちびのくせに」
「ば、バカ!そんなことっ!別にショーナおねえさんを裏切るつもりじゃっ…て何言わせるんだよコンランのアホ!」
「かっかっか」
青年は子供たちとじゃれ合い、十分笑った後に私に向けた。
「アンタが噂の本読みのおねえさんか。ちびたちが世話になったな」
「あなたはこの子たちのご家族ですか?」
「下町ではみんなが家族みたいなもんだ。見るにゃ貴族のお嬢さまだが、下町の子供と遊ぶなんて物好きだな」
「子供が好きなんです。無邪気で、一緒にいるだけで幸せになるような気持ちになって…」
「本当にそうか?」
「え…?」
青年、コンランはいたって普通の会話しているように言った。
「アンタ、子供が好きって言ったとき自分か誰かの子供時代のことを思い出したりしねーか?」
「…」
はい。私はローカンの子供の時のことを思いながら言ったのです。
「子供は大人になる。良い意味でも悪い意味でもな。そんな彼らの変わり姿を見てあんたはどう思う?いや、その人の変わり様を見てきてあんたはどう思った?」
「…私の小さいからの想いは勘違いなのでしょうか?」
私はローカンが好き。子供のころから好きです。兄を慕って、動物が好きで、私といるだけで笑顔を見せてくれるローカンをずっと好きでした。今ははっきりそう言えますが当時の私は少し不安定な時期でしたので言われて気づきました。
私のローカンの思い出は子供の時と、子供の時から変わらなかった所のだけでした。私はローカンのすべてを受け入れられないでしょうか?剣士になったローカンを私は似合わないと思いました。私は、ローカンを好きになれなかった?
いつの間にか体が震えて、汗も流れていました。そんなとき、イーアンがやってきました。
「おい!貴様ロシェーンに何をした!?」
「イーアン…」
「ロシェーン…!顔色が悪い……っ!覚悟をしろ下みぃ…!」
「成敗!!」
「ぐへっ!」
イーアンは勢いで剣を抜こうとしたが、さっきまでコンランと話した男の子が彼を後ろから蹴りました。見事な上段回し蹴りがコンランの脇に入りました。
「レディを泣かした悪党はこのおれがゆるさぬ!あ、ごめんねシェーンおねえさん。こいつの言ったことは気にしないでいいから」
「う、うん…」
「そこのおにいさんもすいませんね。うちのコンランが失礼なこと言ったみたいで。でも、剣は収めような。暴力はやっぱりダメだよ」
「あ、ああ…」
「てめぇ…人さまの脇を全力で蹴っておいてそれ言うか…」
「コンランは自業自得。いいか?紳士としてレディを泣かすのは罪だからね」
「一丁前に言ってくれるじゃあねーか…」
「もちろん。おれは将来この国の文官になる男だからね!シェーンおねえさんから色々学んで、家でも勉強して、平民でもなれる城の文官になってショーナおねえさんを手伝うんだからね!いじわるで脳筋のコンランとは違うんだよ」
「ほう。じゃあ将来の文官さまに一つ知恵を与えてやろう。目には目を。大サービスでその体にも体験させてやろう」
「ちょちょちょっ!ぼ、暴力反対…!ぎゃあああ!」
コンランと男の子は取り合いし始めました。呆気に取られ、私は今まで感じた不安を忘れてイーアンもいつの間にか怒りが収まったようで剣から手が離れていました。
「変な人たちだな。これが下町の交流なのか?」
「よくわかりませんがそうかもね…それより今日は普段より遅かったですね。責めるつもりではありませんが、何かありましかか?」
「ああ。すまないロシェーン。実はこの前に人攫いと人身売買で捕まえたキャンベル侯爵の法廷が行われていたので…」
「そうですか…あの税の管理人が…それで判定は…?」
「あまり大声で話せないが…条件なしで解放されたんだ」
「……やはり王国はまだ彼の物流の力を失いたくないのですか…」
「気分の良い話ではないがそうだ。ライアン王国の領地はこの王都だけだから隣領と様々な国に物流ルートを持っているキャンベル侯爵を失わればかなり物流が厳しくなるからな…」
イーアンの話は確かに良い話ではありませんが、国の存続を担う貴族議会としてはやむを得ない話でした。ライアン王国は、悪の存在を許せなければならないほど弱かったのです。
「それとは別で、今隣領では我が国の議員を狙う人斬り事件も多発しているので色々と忙しいのに…」
「物騒な話ですね…犯人はまだ見つかりませんか?」
「まだ見当はつけないが、目撃者によると頬に大きな傷跡がある男らしい」
「頬に傷…」
その単語で何か胸騒ぎはしましたが、気のせいだと無理やり自分を落ち着かせた。ローカンのはずがありませんと。彼のは小さい傷跡のはずでしたからと。
暗い話で少し沈黙になった私たちに、じゃれ合いが終わったコンランは私達に話しかけました。
「ねーさんたちちょっといいか?さっきは言いすぎた。悪かったな」
「いいえ…」
「まあなんだ…アンタの本性を少し知りたかったんだ。わざわざ下町のチビたちと遊んでくれる人ってのは妙な話と思ってな。近頃、子供が攫われた事件がおきてるしね」
「そ、そうですね…」
その黒幕は実はもう捕まえたが国は彼を裁かれないことをさすが言えませんでした。元々、犯人が大貴族でもあって平民たちにはこの情報を知られていません。でも、言われて確かに心配でした。目の前の子どもたちはもしかしたらあの悪い人に攫われるかもしれないと思うとますます不安になりました。本当にこの国は大丈夫なのかと思ってしまいます。コンランは私の様子を構いなしに話を続けました。
「んで、オレのデタラメな話をマジメに悩んでるあんたは多分大丈夫と思うから、まあその…むしのいい話かもしれねーが、これからもこいつらと仲良くしてくれや」
「…子どもたちを心配しているんですね。分かりました」
「ありがとうよ。にーさんも、大事な人を困らせてすまないな」
「…まあいい。しかし一つだけ訂正してもらう。彼女は俺のではなく弟の大事な人だ。今弟は訳あって王都を離れているが必ず帰ってくる。だからそれまでは、俺が彼女を守らねばならない」
「そうかい……ま、それはそれとして、実は他の目的もあったりするんだよな」
「目的?」
「ちょっと待ってくれ」
そう言ってコンランはある建物の角の壁に向かった。そして、子供たちより少し年上な男の子をつれてきました。
「お待たせ。ほら、おまえもうじうじしねーでさっさと話せ」
「わーったよ。急かすなよな。えっと…おれの事、覚えてるかな…」
「?俺たちには下町の知り合いはないんだが…」
「もしかしてあの時の…」
「え…?まさか本当に知り合いなのか、ロシェーン?」
「その、なんというか…」
「はっきり言っていいよ。あの時の盗人ガキだって」
そう、コンランが連れてきたのは初めて中央街に出かけたときに私の財布を盗んでそしてそれをローカンに見通しされた下町の子供。
「あの時のこと、ごめんなさいとありがとうを伝えたいんだ。おねえさんたちに。おねえさんはおれを助けようとしたのにおれはバカだった。そして改めて、おれを助けてくれて本当にありがとう」
そう言った彼の瞳にはあの時のような憎悪がありませんでした。私は不思議に思いながらも彼の変わり様に感動も感じました。これが自分を変えるということなのでしょうかと。
「できれば、おねえさんたち三人がそろったときに伝えたいんだけどね」
「あ…」
その一言にまた落ち込んでしまいした。なんと弱い心だとは思いますがそれだけローカンの存在は大切でした。だけど、目の前に誠意を伝えようとする彼には失礼だと思い何とか自分を保った。
「もう一人のおにいさん、あの人の言葉がなかったらおれも妹も下町の道端に腐っていたかもしれない…もういくら感謝してもしきれない」
そう言って彼は子供たちのほうに視線を向けた。どうやら知らない間に私は彼の妹に接したようです。私にローカンの似合わない厳しい言葉がこの子供たちにとって救いの言葉でした。なんとも複雑な気分でした。それでも彼らの気持ちに応えたくて私は苦しくも言葉を発しました。
「ローカンは…今は国にいません。でも、いつかきっと帰ってきます…」
「…うん。わかった。その時までおれもあの人を待つね」
「うん。ありがとう」
励まされた気がしました。ローカンには私たち以外に彼の帰りを待つ人がいたということに安心感を覚えました。
「もう大丈夫みてーだからオレは帰るぜ」
「ああ。付き合わせてごめん」
「散歩のついでだ。気にすんな…あの甘ったれの話を聞けたのが意外な収穫だったしな。国外か…てか最初は見逃すつもりだったろあいつ」
「何か言った?」
「いんや。ただおまえはあのねえさんにもっと感謝する方がいいってこと。そんじゃあな。暗くなる前に帰るんだぞ」
「何日も帰ってこないコンランに言われたくないな」
コンランはそう言って手を軽く振りながら去っていきました。
その後イーアンは議会から仕事が倍になってなかなか会うことができませんでした。思わず仕事中にため息が出ました。ただ同時に、お仕えしていた皇太子の婚約者であったエームル様もため息が漏れました。
「「はあ〜」」
「あ、どうされましたか?エームル様」
「い、いいえ。ロシェーンこそため息なんて珍しいですね」
「申し訳ありません。以後気を引き締めます」
「いいんですのよ。ただ、最近友達と会えなくて寂しいだけですの」
「そうでございますか。エームル様もそうなんですね…」
「あらあら。ロシェーンも同じですの?もしかして噂のケイン子爵のことですの?見たことあるけど確かに良い感じな男性ですのね」
「い、いいえ。あの方とはそういう関係では、」
「うふふ。慌てているロシェーンも可愛いですのね。でもねロシェーン、貴女は望めばその方と結ばれるから、自分の心に素直になってもいいと思いますよ。わたしと違ってね…」
「…エームル様の友達はどんな方ですか?」
「それはね……秘密☆」
そういたずらっぽく笑いながらエームル様はごまかしました。皇太子の婚約者として、未来王妃になるための勉強などで私から見てもエームル様はあまり自由時間、自分のための時間をもらえませんでした。その秘密の友達はそんな疲れ果てた彼女の心の癒やしであれば、私は何も言いません。その私の心を察したのか、エームル様は微笑んでよく聞こえない声で「ありがとう」と言いました気がします。そして彼女は街の方面に向いている窓の外を見ながら呟きました。
「リアム。また会いたいよ」
リアム。
その名前を聞いた瞬間頭が割れるかのように痛くなりました。反動でした。その名前がトリガーで封印した記憶が甦ろうとしていました。それは、お父上が亡くなった日。そう、ローカンがいなくなった日でもありました。
泣いて叫んでいたローカンが涙が止まった時、彼は立ち上がりそして私に近づけた。ただ呆然としていた私はただ虚ろな目で彼の顔を見ていた。そこは、その頬には、大きな傷が開いて血だらけでした。そしてローカンはただ一言残して去っていきました。
「何かあれば騎士のリアムを訪ねてくれ」




