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前編第二章 剣豪5(ロシェーン視点)

「俺は強くなる。クレーグ師範から一本を取ってロシェーンを娶る。それでカロル流を継ぐことになるなら、それでも俺はやる」


その日、騎士団の本部を出た後貴族街に帰る途中でローカンは急にそれを言い出しました。とてもぶっきらぼうな言い方で、でも強い意志が確かに感じられました。私も、言い方があれど、嬉しく思う反面ローカンがすんなりお父上のやり方に従うのも心配になりました。イーアンも同じ気持ちでローカンに話し合いを勧めしましたが、


「いいんだ、兄さん。これがカロル流の、いや、剣士同士の話の通し方だ。弟子として師範の期待に正面から向き合わなければならない。もう、俺だけ立ち止まっているのはいやなんだ」


そして、求婚というより意志表明されたあの日からまた時間が流れ、私とイーアンは19歳になり、ローカンは18歳になりました。イーアンは若きにして子爵の当主として家を継ぎました。小さいころからの変わらずカリスマ性、そして努力を惜しまない彼は使者によく思われ、貴族議会の中にもそれなりのいい席を会得しました。カロル家は議会に参加していないので、私は王宮で侍女見習いとして勤めていました。そしてローカンは、カロル流の奥伝に上達し、ブレンダン義兄上に代わってお父上の補佐として国王からの任務をお父上とともにこなしていました。

ブレンダン義兄上はこの前、皆伝免許を取得して、遠い国で行う武道大会にカロル流の代表として参加するために旅立ちました。片道だけで半年もかかるずっと遠い国。ブレンダン義兄上の旅は一年以上かかるかもしれないという話でした。そんな彼を、ローカンもお父上も、惜しむことなく見送り、義兄上も笑顔で旅立ちました。後で話しを聞くと、前からブレンダン義兄上は世界を旅するのは夢だったらしい。それを聞いて、ローカンはあの日、道場を継ぐことに決意してブレンダン義兄上をその責務から解放し夢を叶えるきっかけを作ってあげたいのも一つの押しだったのです。


「悪いなお嬢。あなたがローカンが剣の道を歩むのを嫌っているのが知っているんすけど、まああいつも自分を変えるのに必死なんです」

「なぜ…自分を変える必要があるのでしょう?ローカンはあのままでも幸せになれるのに」

「不器用なんすよ、あいつも…師範も…目の前のことをほっとけないぐらいに。ま、剣で生きるやつはたいていそうなんすけど、あいつの根はそんなに変わっちゃいません。優しくて甘いのままです。どっちかというと自分の甘さを通すのに力をつけたいんでしょうな。だから、そんな心配するな、ロシェーン。あいつはちゃんとお前といるために頑張っている」


ブレンダン義兄上は最後に兄としての口調で励ましてくれて私も少しはローカンの頑張りを見守る決意が出来ました。ローカンは義兄上への恩を返すために、ブレンダン義兄上の仕事をこなし、義兄上が心置きなく旅に出られるように頑張っていました。

そして、お父上に勝つという目標があるからなのか、ローカンはお父上に対してだけ反抗的でした。お父上も、なぜかローカンに対してだけ、いつも煽りの言葉をかけていました。周りの言葉をいつも気にしないローカンは、お父上の言葉にだけがいつも反応して、二人の口論はいつの間にかカロル流宇の道場の日常になりました。


私への想い、ブレンダン義兄上への恩、そして、師であるお父上への対抗心、あの頃からさまざまの思いを背負っていたローカンは急成長して三年の間で初伝から奥伝まで上ってきました。そして、お父上の補佐として、うちに泊まることもしょっちゅうありました。もちろん、やましいことはありません。お父上もきっと許さないし、ローカンもそこのところは堅く順を守る方でした。それでも一緒にいるのがうれしいと思いました。イーアンも、次期当主の時代からも両家の関係を築くためによく来ていただいて差し入れをよくくれました。そして、ローカンがいる間、ローカンとお父上の間にも確かな絆が芽生えたのです。


私は、お父上一人で育てられましたが、お父上のことを理解できたか聞かれると、はいと答える自信がありません。お父上は必要なことしか話しませんし、私の教育や将来にもあまり干渉していませんでした。かといって、私のことを放棄していたわけでもありません。極力に食事を共にして、子供のころも家庭教師と勉強していた時に無言で見守っていたこともあります。はたから見れば、お父上は冷めたい親でしたが、私はそんなお父上が、ぶっきらぼうだけでちゃんと愛情を感じていました。ですから、理解できなくても、私はお父上が好きです。


それに、お父上のことを理解できた人は他にいます。ブレンダン義兄上とローカンです。ブレンダン義兄上は、言葉が少ないお父上を誰よりも先に察することができて、ローカンはお父上と口論が多くてもその中にある本音を見ることができました。そして三人は、共有の趣味を持っていました。それは盤上ゲームです。戦乱の時代に作戦立案に使われた盤とその駒は、今は暇を持て余す貴族たちの遊びに使われていました。お父上も、人一倍にその遊びに熱を上げました。そんなお父上が、ブレンダン義兄上やローカンと対局している姿は、どこか楽しそうでした。


だから、まさかあんなことをするなんて、今も信じられませんでした。


ある日の稽古後の時間、その日はローカンが泊まる日の予定で夕方まで二人で話していました。気が付くと、他の弟子たちももう帰っていたかとても静かな夕刻でした。夕刻の鐘を聞きながら西の太陽が沈んでいくの眺めると、ローカンはとっさに私の体を自分の胸に引っ張りました。一瞬、心臓の音が高まりましたが、その後の光景に一気に全体の温度が下がりました。


「何をなさってんすか?師範」


私の先ほどいた場所に、お父上が剣を下ろしていました。そして、ローカンの問いにお父上は答えました。


「ロシェーンを斬る」

「何…?!」


言うが早いか、お父上はまた私に斬りかかり、ローカンはそれを自分の剣で受け止めた。


「気でも狂ってんすか?!クレーグ師範!!」

「最愛の女を失わたくば、わしを倒してみせろ」

「だからなんでロシェーンを、自分の娘を狙う!?」


そういう会話しながらも、二人の攻防は続いていました。私は、何かなんだかわからなくて、ただ二人の戦いを見つめていました。しかし、ローカンもまだ状況が把握できなくて、技の切れが訓練の時より鈍かったようです。


「甘い!!」

「くっ...!」

「んん!」

「...!あんた、まさか…」


お父上の動きは一瞬だけ止まったと気がして、それでローカンは最後の攻撃をかわすことができました。その時、お父上の違和感の正体を、ローカンは気づきました。


「毒を盛られたのか…!?」

「え…?」

「…もう助からぬ。今この場で、わしを討て。さもなくば、ロシェーンはわしが斬る」

「お父上…なんで...?」

「馬鹿野郎!!!」


その時、ローカンから初めて悪態を聞きました。


「こんなことしている場合じゃないだろ!早く医者に行け!まだ助けられるかもしれないだろ!?」

「命が助かろうとも剣を握れぬとなら死ぬのも同然」

「そんなこと誰がわかってんだよ!?」

「自分の身体は自分が一番分かる」

「だからってロシェーンを一人にするつもりか!!??」

「お前が守れ。わしを倒してな。もう前から決めたことじゃろ」

「このっ、頑固ジジイがぁ!!!」


今度は、ローカンがお父上に斬りかかり、お父上がそれを受け止めました。


「急所外したぞ!小僧!」

「斬らない!力ずくであんたを医者の所に引きずっていく!!」


そして、二人の攻防はまた始まりました。しかし、今度はローカンも本気の攻撃で攻め、お父上も負けずに打ち返し。そんな繰り返しの中で、二人は対話をしていました。


「そんな覚悟でわしを倒せるとでも思っておるのか!?」

「ああ!今のあんたにゃ斬る価値もない!」

「見くびりおって!!十年早いわ!!!」

「普段のあんたならな!!弱ってる今なら十秒で足りる!!」

「甘い!甘すぎるわい!!」


罵倒しあいながら、二人は戦い続けました。私はもう見ることしかできませんでした。お父上は最後の最期まで剣士でありたかった。ローカンはお父上の命を助けたかった。二人には譲れない思いがあってどちらも退くつもりもなく、剣でものを言わせようとする。私はこの時初めて剣士同士の真剣勝負を見たのでした。二人を止めたい。そう思っても止める術を見つからずにいました。


どれほどの時間が経ちましたかわかりませんでした。いいえ、まだ完全に沈んでいない夕日を見ればたったの数分だとわかりましたが、まるで十数年も立ち尽くしている感じでした。たくさんの技を打ち、そしてたくさんの技を受けた二人はもうボロボロでした。それでも立って手に剣を握りました。


「この、阿保弟子…甘ったれるのもいい加減にせんかい...」

「この甘いガキをなぜ、斬れなかった...ふざけるなよ…なんでだよ…」


そう言いながら、ローカンはポツリと久しい涙を流しました。悔しそうに。ああ、そうでした。ローカンは泣いた時いつも誰かのため、何もできなかった自分に対して悔しく思っていました。そういう、男の子でした。それでも今はまだ戦おうと歯を食いしばり泣く音を殺しながら言いました。


「俺は…あんたのように強くなりたかった…あんたをちゃんと超えて勝ちたかった…あんたに…認めてもらいたかったんだ…そのために死ぬ気で鍛錬してきた……俺はあんたの最期を飾るために稽古をつけてもらってきたんじゃないんだよ!!今ここで決着をつけてあんたに勝っても俺は…!結局何も…ブレンダン先輩のように、師範に恩を返せないんじゃないか…」

「ローカン…」

「…どうやら見くびっていたのはわしのほうじゃった。ローカン…貴様は既に剣士の誇りを持っておるんだな…」

「…俺は強い師範と本気の勝負をしたかった…」

「ああ…わしも強くなった貴様に剣を交えたかったのう…死に急ぎで貴様にくだらない勝負に巻き込んでしまった無礼…自分の娘に斬りかかった外道…ならばこの最期はその報いであるか…すまん。だから…何があっても…わしの死に囚われないでくれ。ローカン……ロシェーン……」

「お父上...!!」


最期に私たちの名前を呼んでお父上は剣を手放し、その直後に息を引き取ってしまいました。毒を盛られたのに無理して身体を動かしていたからより早く毒が広がったと思います。ローカンはずっと我慢していた気持ちが爆発したように泣き喚き、喉が壊れる程に叫びました。私は今もまだ目の前に起きた事を信じることができずにいても、大切なものをなくしたことだけはわかって涙を流しました。

頭が追い付けないまま、誰かが来て、そしてイーアンも来ていつの間にかお父上の葬式が行われていました。真っ白な頭で、周りの言葉がよく聞こえていました。どうやらいつの間にかは私は悲劇の令嬢になっていました。生まれてから母親がいなくて、父親が狂戦士で家が崩れかける伯爵家の生き残り。最愛の恋人との結婚が認めてもらえず、その恋人諸共、病気で短い命の父親に心中に巻き込まれようとされたとかなんとか。いつの間にか、お父上の死因は病気になっていました。しかし、声がよく聞こえても喪失になった私の心には何も感じませんでした。


葬式が終わって、私はふと気づく。ローカンはどこにもいませんでした。

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