前編第二章 剣豪4(ロシェーン視点)
ローカンが行ってしまったことを、その日にすぐにケイン子爵の屋敷を訪ねてイーアンに報告しました。イーアンもその話を聞いて動揺しましたが、私の様子を気づいたらしく、自分の気持ちを構わず私を励ましてくれました。限界でした。イーアンの胸に私は涙を流し、喚きました。
ローカンが戻るまで二週間、その間にイーアンは多忙の中で毎日私に会いにくれました。そのおかげ、何とか自分自身を保つことができたと思います。
そして、ローカンが戻った日が来ました。私とイーアンはカロル敷地の正門に待機していました。すると、お父上が先頭に討伐に行っていた門下たちの姿が現れました。その中に、ローカンの姿も確認できて、
「「ローカン!!」」
私とイーアンはすぐに駆けつけて、彼に抱きしめた。私とイーアンはローカンの無事の帰還に喜び合いしていたが、その時にローカンの私たちの見る目、そして浮かべた笑顔になんとなく違和感を感じました。確かめようと思ったその時にローカンに超されました。
「ロシェーン、兄さん。この前の約束、明日に三人で街に行こう。傷ならもう大丈夫。治ってから帰ったんだし、旅の疲れは今夜で取れる」
私とイーアンは戸惑ったが、ローカンには心のケアのほうが必要かもと、私たちで励めしましょうとそう思い込んで了承しました。
そして翌日、私とローカンとイーアンで街にお出かけして色々な所を回りました。観光スポット、バザール、流行のカフェ、今まで見たことがないことを見て、今まで味わったことがないものを味わいました。とても楽しくて、あのころに戻ったように私は浮かれてしまいました。
ただ、そんな中に、ローカンが一瞬真顔になり何かを見つめていました。それは街の食事処で昼ご飯を食べた後に中央街の噴水で休憩していた時にローカンは下町に繋ぐ道。荒くれ者が集う下町。そんな方向に見つめるローカンの顔からどんな気持ちで見つめているのか私には分かりませんでした。それが嫌で、誤魔化すように私はローカンの注意を惹きました。
「はい、ローカン。先ほど屋台でお買いしたお菓子です」
「ああ、すまない。クレープか。確かにデザートとしてはいいな」
「知っているんだ…」
「まあ、俺は中央街に出るのは今回が初めてではないからな」
ローカンは正式な門下になってからお使いで中央街にもよく出かけている。最初はブレンダン義兄上と一緒でしたがなれたと判断されたか最近はよく一人でも中央街を訪れました。跡取りではないため、ローカンにはそんな自由がありました。
「ここではいろいろな人が集まってる。平民の人はもちろん、下町の人、外から来た人、貴族の人もたまには来ている」
「ええ。そんな生まれも育ちも違った人たちが交流していて、素敵な街ですね」
「それが…そうでもないんだ」
「え?」
あの時の私はローカンの言っていたことが分かりませんでしたが、その直後に私はすぐにわかることになりました。
道路で何かの騒ぎが起きて私たちもその現場に見に行きました。貴族らしきの方が下町生まれらしきの子供を殴り倒していました。どうやらその子供が貴族の方に道でぶつかったからのようでした。
「そんな理由で…ちょっと!止めてください!!」
私はそれを見るに耐えず子供を貴族の方からかばいました。
「何だ貴様は!?私の邪魔をするな!」
「嫌です!なぜこんな小さい子供を平気で傷つけられるんですか!?」
「は!何故だと?これを見えないのか?こいつのせいで私の服が汚れた。こんな薄汚いガキが一生働いても弁償できない価値のある服だぞ!弁償できないならせめて私の苛立ちの気晴らしになっても当然だろう!この間も東で不愉快な出来事に遭ったばかりなのに」
「何を…あなたには人の心はないんですか!?」
「下町のものみたいな下民になぜ同情しなければならんのだ?」
そこで私は絶句しました。貴族の方はまるでこの子供を人間として見ていませんでした。いいえ、実際そうだったのです。貴族が平民に対する差別は当時当然なことでしたが、私があまりにも無知でした。
黙った私を貴族の方はお構いなく話を進めました。
「貴様も退かぬというのなら二人一緒に気晴らしにしてやるまでだ。その美しい顔が痛みで歪んでるのを見るのもさぞいい気分になるかな。ひひ」
その言葉に私の体全身に寒気を感じました。何もできず、私はただ目の前の子供を守るように彼を腕の中に包み全身で庇おうとしましたが、貴族の方の手は結局私に振りませんでした。なぜならその貴族の後ろにローカンが立っていたからです。
「そこまでしてもらいますか?」
「今度は誰だ...!?お、お前は…」
「昨日ぶりですね。すっかり回復されて何よりです」
「なぜお前がここに…」
「偶然です。今日はお嬢様、クレーグ師範のご息女を付き添いしています」
「カロル伯爵のご令嬢だと…まさか…」
「今日はお帰り願えますか?さもなくば、門下としてお嬢様に仇なすものを斬らなければならなくなります」
そう言ったローカンはあの時のように、今度は明確な殺意をこもって義兄上がいう“殺気”を放ちました。その貴族の方に集中砲火。、貴族の顔が冷や汗まみれなり先までの勢いもなくなりました。
「ふ、ふむ。興が醒めた。お前の言う通り今日は帰らせてもらおう」
と早口で言って速足で去りました。それと入れ替わりのようにイーアンがやってきました。
「ローカン!ロシェーン!無事か!?大変な時にいなくてすまなかった」
「…いいえ。私たちはなんともありませんので」
「そうか。だけど、その割には顔色が少し悪いぞ」
「ただ…驚いただけです。もう大丈夫。ありがとうイーアン。そして、ローカンも」
「ああ。ロシェーンをしっかり守れてすごいぞローカン!さすが我が弟だ」
「…無事でよかった。それでロシェーン、その子をどうする?」
何か言いたげなローカンでしたが、話を逸らすように今も私の腕の中にいる子供の話に振りました。私も違和感を感じながら子供がボロボロなのを思い出してすぐに声を掛けました。
「そうでした。ねえボク、大丈夫?まだ痛いところがありますか?」
「…ううん。平気。いつもの事だから。けど、今回は助けてもらったし、本当にありがとうお姉ちゃん…ってすみません。お姉ちゃんも貴族様だったのよね」
「気にしないで。それよりけがの手当てをしないと…」
「大丈夫だよ。家でやるから。だからおれすぐ帰るね。助けてくれてありがとうお姉ちゃん、お兄ちゃん」
「分かったわ。気を付けてね」
子供は精一杯の元気と誠意を込めて私たちに笑顔で感謝して自分の家に帰ろうとしましたが、その時にローカンが彼を止めた。
「待て。帰る前に盗ったものを返してもらおうか」
「ローカン、なにを…?」
「…」
「聞こえなかったのか?盗人ガキ」
「ちっ」
舌打ちしながら子供はローカンに向けて何かを投げました。
「私の財布…」
「な!?おいお前...!」
イーアンは子供に怒鳴るとしますがローカンは彼を制して私の財布を返しながら続けて言いました。
「もう一個もだ」
「なんでだよ?持ち主がもう行ったじゃんか。あんたが追い払ってよ。もしかして自分のために取るのか?貴族さまも盗人と変わんねーな」
「騎士団に預ける。返さなかったらお前ごと騎士団に引き渡してもいいんだが」
言われてその子供が苛立ちを隠せずまたローカンに向けてもう一つの財布を投げました。
「嫌った貴族にまだしも恩人にまで盗んだなど下町の子供の教育に疑問を感じるな」
「ふざけるな!何が恩人だ!お前らもあいつと同じ偉ぶってる貴族だろが!勝手に同情して可哀そうな下町の子供を助けて自己正義でも満足したいだけだろ!?そもそも誰のせいでおれたちが貧しい生活をしていると思っている!?お前らが使っているお金もほとんどがおれたちから奪ったものだろう!税金とか言ってよ!おれたちはただおれたちの物を取り返しただけなんだよ!!!」
ローカンに煽られて子供の我慢の限界が切れたのか心の奥底にある不満をローカンにぶつけました。本当に心をむき出したかのように、言い終わった彼はぜえぜえと疲れた顔をされました。私はそんな彼の心の声に何も答えず、しかしそれでも彼の言葉が自分に刺さりました。それで無意識に彼から目を逸らしていましたが、ローカンはその子供の言葉に動じず彼をずっと目で見ました。
「甘ったれな考えだな」
「何だと!!」
「ロ、ローカン…」
「自覚はしていないようだが、お前自ら俺たちの同情を誘ってるぞ。自分の生活が貧しい?それは俺たちのせい?だから盗むのを見逃せって言っているのかお前は?それが甘ったれと言ったんだ。不幸な人間の犯罪を見逃すほど世間は甘くないんだぞ。こんなこと下町の人たちが一番知っているはずだがな」
ローカンの言葉に子供は自分の唇を噛んで下を向きました。体も震えました。子供のこんな姿を見るに耐えませんが子供をここまで追い詰めるローカンの言葉にも信じられない気持ちでいっぱいでした。あの優しいローカンが、何を言われても何をされてもいつも親しい人間には笑顔を絶たないローカンが厳しい顔で子供を追い詰めていました。その事実に私は動けずにいました。
しばらくの沈黙の後、子供は震えて声で言葉を発しました。
「教えてくれる大人など、いないんだよ…捨てられたんだよおれたちは...頼れる人もいなくて…どうすりゃいいんだよ!!」
「喚いても世界は変わらない…自分が、変わるしかない」
「自分が変わるって…どうすれば…」
「生憎、俺もまだ修行中の身だ。その答えを用いていない。下町の事は知らないが下町にも教会はあるだろう。貴族から同情を乞うよりそこで慈悲を乞うほうがいいんじゃないか」
「あんなぼろい教会が…」
「自分を変えるには考え方から変えてもいい。案外ボロイ教会でも幾分マシな生活になるかもな」
それだけ言ってローカンはその場から去ろうとしまして私とイーアンは慌てて彼に追いました。
「では俺たちは行くぞ。もしまた会えたらマシな人間にとは高望みはしないが、まだ盗みを働きたいなら俺が気づかない盗みをすることだ」
忘れられないできごとでした。初めて見た社会差別で、変わった、いや、変わろうとしたローカンの姿を初めて見た出来事でありました。当時は自分もそれをわずかしか感じられずローカンがどんどん変わっていくのを止められなくなりました。今もまだ後悔しています。




