前編第二章 剣豪3(ロシェーン視点)
変化を感じつつ、時は流れていつの間にか5年が経ちました。私とローカンとイーアンは相変わらず、三人でできるだけ過ごしていました。ただ、私やイーアンは16歳になったので家を継ぐために色々勉強を始めましたからそう頻繁には会えませんが、ローカンは貴族の嗜みとしてではなく、本格の門下としてずっとうちの道場を通っていました。10歳に貴族の子息で見習いから始まって、15歳の彼はカロル剣道の初伝。ブレンダン義兄上にも可愛がられていました。義兄上曰く、
「あいつは最初から才能がありました。稽古のときの上の空な態度は集中していたからですよ。いや、この場合は夢中の方が合ってるかな。とにかく、あいつの素振りには全く邪念や欲望も見出さなかった。俺たち剣士が目指すのはそういう純粋な一振りです。動物に好かれる体質も彼には純白な心を持っているからでしょ」
そう語っているブレンダン義兄上の表情はまるで自慢の弟の話をする兄のようでした。ローカンも兄弟子として自分の面倒を見てくれるブレンダン義兄上のことを尊敬していました。
「ブレンダン先輩は、とても強い人だ。技だけではなく、心も。師範が先輩を跡継ぎにするの俺も他の弟子たちも納得できるよ。そんな人から認めてもらうのがうれしいな」
義兄上の話をしたら、頬を染めながらローカンはそう言いました。この時にイーアンがいなくて良かったかもしれません。本格の門下になってからローカンの一人称は“俺”になっていました。これもローカンの変化の一つ。そして目立つのがもう一つ。
「やはりなかなか消えませんね。顔の傷」
「ああ。戦士にとって傷は勲章だが、この傷は俺の弱さの表れだ」
「…」
あの晩、ローカンが傷だらけで現れたときにほとんどの傷を手当して治しましたが、頬にある傷だけ全然消えません。戦いで負った傷といわれましたが、優しいローカンには似合わないとずっと思っていました。ローカンもその傷について良くは思っていなかったのですが理由は全く違いました。すれ違いな思いを感じて私は沈黙に落ちてただ彼の頬を優しくなでていました。
いつも通り二人で時間を過ごしたら、珍しくお父上が私たちのところにやって来ました。私は普通にしている反対に、ローカンの顔に緊張感が入りました。
「ロシェーン。ここにいたか」
「お父上。どうかしましたか?」
「お疲れ様です。クレーグ師範」
「うむ。ローカンが一緒にいるのもちょうどいい。頃合だから、ロシェーンの縁談の話をしようと思ったが、二人はやはり恋仲で間違いないか?」
「そ、それは…」
ローカンは歯切れが悪い返事しましたが、それは恥ずかしさや気まずさからではないように見えました。私はこのときローカンの気持ちを分からなかったので言葉を発することなく彼の言葉を待っていました。
「自分は確かにロシェーン嬢をお慕いしてます。しかしそれは…!」
「ならばその覚悟、見せてもらおう。ワシから一本取れたら、二人の結婚を認め、貴様を婿として受け入れよう」
「待ってください!師範!!」
「それ以外の条件は認めぬ。心がけよう」
有無を言わずにお父上は去っていきました。ローカンはばつが悪そうに立ち止っているので、我慢できず、私は彼の様子を伺いました。
「ローカン...?」
「ごめん。ロシェーン。変なことになってしまった」
「ううん。私は大丈夫。いいえ、大丈夫じゃないかな…なぜお父上はいきなりそんなことを…?」
「恐らく師範は…俺をカロル流の跡継ぎにするつもりだ」
「ええ!?どうして?だって、今まではいつもブレンダン義兄上を跡継ぎにすると言っていたのに…」
「分からない…けど…」
「失礼。君たちはカロル家の者か?」
突然、身なりのいい騎士が庭に入ってきた。その紋章は近衛騎士団のものでした。中央街に本部を持ち、平民もなれる騎士団と違って近衛騎士団は王族が認めている家の出身しか入れず、彼らもまた王族からしか命令を受けません。その者が来たというのはつまり、
「国王陛下からカロル伯爵宛の伝令を扱っています。カロル伯爵にご面会願いたい」
王命がうちに下されたということです。
「わ、分かりました。すぐにお父上を呼びますので少々お待ちください。えーと…」
「お嬢、自分が騎士の方を客間に連れて行きます。騎士殿、こちらへ」
「ありがとう、頼むねローカン」
私は二人と別れてすぐにお父上を呼びに行きました。お父上とは先ほど話したばかりなのですぐに見つけて国王陛下の御使いで近衛騎士が来たと報せました。お父上はすぐに客間に行き、その近衛騎士と話しました。話が終ったら、お父上は門下全員を集めるように指示しました。門下たちが集まって、お父上は近衛騎士との話の内容をみんなにも話しました。
「国王から、反逆勢力の討伐の依頼が来た。まだ小さい勢力だが、東の隣領を武力で制圧し好き放題やっておるらしい」
この国の領地は正式にこの王都だけですが、北東西南の四方に王国が後ろ盾になる隣の領地、通称”隣領”があります。それぞれ王国に物流を提供する代わりに王国は武力を提供して領地を守っている。隣領からの物流は貴族議会の、税の担当の貴族が管理していますが、王都の壁の外は王国の領地ではないので王国の法もほぼ無効であるため、領主から依頼がいないと無暗に兵を出すこともできません。しかし、うちの道場の門家は兵ではないためよく隣領に出されます。
お父上の話は続く。
「今から名前が呼ばれる者はワシとともにその悪党どもを討つ!ブレンダン!」
「ハイ!」
お父上は次々と門下たちの名前を呼び、そして最後に出てほしくない名前が呼ばれてしまいました。
「ローカン!」
「はっ、ハイ!」
「以上の者共は直ちに準備し、夕刻の鐘が鳴る前に東門に集合せい!」
「「「御意!!!」」」
お父上はそう言い終わった後、すぐに退室し自分の準備を取り掛かりに行きました。ローカンははじめての出陣なので、ブレンダン義兄上が準備と諸々の指南をしてあげていました。やがて、ローカンの手には、本物の剣が握られていました。あの優しい手に、人を傷つけるためのものが置かれてしまったことに、心がたまらなく苦しかったのです。
「ローカン…」
「ロシェーン。すまないが、兄さんに事情を説明してくれないか?しばらくは家に帰れないって」
「本当に、行くの…?私は、いやです…心配なんです…」
「ロシェーン……帰ったら、兄さんと一緒に王都を回ろう。ロシェーンは中央街の店に興味があると前に言ってたよね。師範には俺から言っておくから、それまでに待っててくれないか?必ず帰ると約束する」
「…うん。約束、よね」
「ああ。じゃ、行ってくる」
「あ…」
その日から、今まで私たちが知っているローカンは、なくなりました。




