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大商人の軌跡  作者: なるみくん
第2章「独立」
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第2章 第32話「商人同士」

第2章 第32話「商人同士」


 蜂蜜を売った翌日は、庭に壺を並べて洗った。乾かしたものから納屋へ戻し、壺を買った店には、荷運びの男と見た箱の絵を持っていった。底へ敷く布を見直し、仕切りも直してもらったが、次から何も気にせず走れるようになったわけではない。帰りに重い荷を積むときには、相変わらず道の石が気になった。


 その後の数か月、俺はロイたちと、ハッセやルーネへの行商を重ねた。


 村で聞かれた太い針と袋を縫う糸は、次に持っていくと、待っていた人が買ってくれた。ほかにも、縄や小さな生活道具を少しずつ試した。よく売れた品を足す一方で、二度続けて残ったものは減らしていく。町で引き取ってもらえる量も変わるので、帰りの買い付けを毎回同じにはしなかった。


 村の人から名前で呼ばれることが増え、ロイは休む場所へ着く前に、馬を止めやすいところを探すようになった。ニーナは売り場で俺が話している間にも、宿へ戻る時刻を気にしてくれる。メアリが水や休憩を勧める相手には、いつの間にか俺も入っていた。


「今の人と話し終えたら、少し座りましょう。朝から立ったままですよ」


 そう言われて初めて、膝を曲げることもあった。


 夏の暑さが落ち着き、朝の手綱を持つ指が冷たく感じられるころ、ヒルデから、ハッセへ向かう商人の募集を見せられた。


「今回は、四台で道を一緒に行く予定なの。村から出す品が増える時期だから、行きも帰りも合わせたいそうよ」


「同じところへ買い付けに行く商人と、か」


「ええ。売買はそれぞれで、道中の連携を決めるの。出発前の打ち合わせで、荷の種類と三人の仕事も話してみて」


 俺は紙を読み、顔を知っている商人が一人いることに気づいた。以前ハッセで、俺が買わなかった欠けた茸を見ていた男だった。


 あの人の買い方は、まだ気になっている。


 町の店で買い取りの量を確かめてから、俺は参加を申し込んだ。


     *


 出発の朝、門の外に並んだ荷馬車を見ると、自分の一台だけを見ていたときとは違う気持ちになった。


 先頭にいるのは、打ち合わせで名を聞いたベルンだ。俺よりずっと年上で、ハッセの道を何度も通っている。俺の車はその次、後ろには布を扱う女商人と、木の道具や雑貨を積んだ商人が続いた。


 三人の護衛は、いつもどおり冒険者ギルドを通して俺が雇っている。ほかの商人が連れてきた護衛とも、前後の見張りや、異変があったときの合図を決めた。歩く位置を相談するロイの横で、俺は手綱を持ち直した。


 ベルンがこちらの荷台へ目を向ける。


「帰りは、また草と茸か?」


「はい。町で引き取る店と、量を話してあります」


「なら、先に全部買わんようにしないとな」


 俺が顔を上げると、ベルンは笑った。


「冗談だよ。俺が買うものと、お前の買うものは、いつも全部同じじゃない」


「村では、そうでもないときがありそうです」


「そりゃある。そのときは、別々に話せばいい」


 気軽に言うと、彼は先頭の車へ戻った。


 ロイが合図を受けて歩き出し、四台の車輪が動く。俺は前の車との間を空け、門から続く道へ馬を進めた。


     *


 昼までの道で、俺は何度かベルンの車へ近づきすぎた。


 前がゆっくりになれば、こちらもすぐに歩みを落とす。自分一台なら通っていた道でも、四台が続くと、後ろの車が曲がり角を抜けるまで待つことがあった。


 休憩のとき、ベルンが俺の荷台を見て、縄へ手を添えた。


「ここの小袋は、もう少し内側でもいいんじゃないか。外へ出すと、揺れたときに擦れる」


「村へ着いて、先に出すものを上へ置いたんです」


「出しやすさはいいな。ただ、この縄の下を通すと、出すたびに全部解かんといかんだろう」


 言われて手を動かすと、確かに小袋だけ抜くには、隣の箱まで緩めることになった。俺は縄を掛け直し、重い箱を留めたまま、売り場へ持っていく袋を出せるようにした。


 ベルンの荷台は、似た大きさの箱でも、印の向きが揃っている。横から読むだけで、どれを先に下ろすのか分かった。


「こうしてあると、荷運びを頼んでも伝えやすいんですね」


「ああ。俺しか分からん荷にしておくと、結局、全部俺が触ることになる」


 俺は自分の箱の印へ目を落とした。どこで買った品かは分けていたが、出す順までは、頭に入れているだけだった。


 そのあと三人と昼食を取り、馬を休ませた。午後の山道では、先頭から、曲がり角の先の道幅や、車輪を通す場所が伝わってくる。ニーナが前を見に行くときにも、俺の後ろに残る護衛がいる。


 人が増えれば、それだけ早く進めると思っていたが、実際には待つことも増えた。それでも、見えないところを先に知らせてもらえるのは、思っていたより心強かった。


     *


 夕方、ハッセへ着くと、四人の商人はそれぞれの荷を下ろした。


 村で品を広げる場所は、出発前に相談してあった。俺は布と縫い物の道具を並べ、顔を覚えてくれた女の人へ挨拶する。太い針を見せると、彼女は袋の口を繕いたいと言って、糸と一緒に選んでくれた。


 翌日には、四台の荷が同じ広場へ並んだ。


 隣の女商人の店には、俺より種類の多い布がある。こちらで広げた一枚を見てから、向こうへ歩いていく客もいた。俺は呼び止めず、戻ってきた人には厚さや使う長さを確かめて切った。


 ベルンも同じように、ほかの商人と客を取り合っている。道で俺の縄を直してくれた手が、今は自分の代金を受け取っていた。


 昼過ぎ、俺が茸を買う家へ行くと、彼は先に籠の前へしゃがんでいた。


「こっちの、形が残った方を見せてもらえますか」


 家の人へ声を掛けると、ベルンが顔を上げる。


「今日は、それも見てたところだ。まだ買うとは決めてない」


 俺は籠を一つ寄せてもらい、乾き具合と、欠けたものがどれくらいあるか見た。町の店と話した量を伝え、買値を相談する。


 家の人が、残りを二つに分ければ二人とも買えると言った。ベルンはその量でよいと頷いたが、俺は少し考え、必要な分の一部だけをここで買った。


「それだけで足りるのか?」


「別の家の品も見たいので。こちらを全部買うと、見てから選ぶ分の金が減ります」


「そうか。じゃあ、俺はこっちをもらう」


 ベルンは自分の欲しい量を指し、値段を話し始めた。俺も決まった分の代金を払い、袋を受け取る。


 さっきまで一緒に荷を見ていたからといって、買い方まで合わせる必要はない。別の家で見せてもらった茸は、町の店が好む形に近かった。少し金を残しておいたことで、そちらも買えた。


 夕方、宿の庭で箱を閉じていると、ベルンの車には欠けた茸の袋も積まれていた。話を聞くと、彼の売り先には、刻んで煮込みに使う店があるという。


「そっちは、まだ少ししか買ってないです。見せる分から始めようと思って」


「それでいいさ。俺の買い物を真似して、同じだけ売れるわけじゃない」


 彼は袋の口を結び、荷台の奥へ押し込まず、上から取り出せる位置へ置いた。


 帰りの積み方まで見せてもらいながら、俺は自分の店の引き取り方を思い浮かべた。競う相手でも、全部同じ商売をしているわけではなかった。


     *


 三日目の帰り道は、夜に降った雨が残っていた。


 村で朝食と道中の食べ物を用意し、四台で出たが、山を下りるころには、車輪へ泥が付くようになった。ベルンが歩みを落とし、俺も、後ろの車が見える間隔を保った。


 下りを抜けた先で、後ろから止まれと声がした。


 振り返ると、女商人の荷車が傾いている。道の低いところで、片側の車輪が泥へ沈んでいた。馬は進もうとしていたが、車輪は深くなるばかりだった。


 俺は自分の馬を止め、ロイへ声を掛けた。彼は後ろを見てから、ほかの護衛と周囲の見張りを分ける。


 ベルンが女商人のところへ行き、まず馬を動かすのをやめてもらった。


「荷を少し下ろそう。押すのは、そのあとだ」


 俺も袖を上げ、軽くできそうな箱を一緒に下ろした。濡れた地面へ直接置かず、乾いた板と敷物を借りる。車輪の前の泥を除けて板を入れ、馬を進める合図に合わせて、荷車を押した。


 一度目は、手に重さが返ってきただけだった。


「もう一度。急がせるなよ」


 ベルンの声で息を揃える。足元が滑り、俺の靴も泥へ沈んだが、今度は車輪が板へ乗った。傾いていた荷台がゆっくり戻ると、女商人が馬を落ち着かせながら、大きく息を吐いた。


「助かった。箱は、そこへ戻してもらえる?」


 荷を積み直すころには、俺の腕まで泥が跳ねていた。メアリから水を受け取り、手を流していると、ベルンが俺の靴を見た。


「自分の車は無事だったのに、ずいぶん汚れたな」


「明日、洗います。今日はもう、こっちも泥の道ですから」


 彼が笑い、俺も息を吐いた。


 遅れた分を取り返そうとはせず、休憩を取り直してから出発した。最後の平坦な道へ入ると、今度は俺たちの車が先を走った。ロイが見通しを確かめ、ニーナが後ろへ合図を送る。


 町の門が見えたとき、後ろにも三台の荷車が続いていた。


     *


 門でそれぞれの手続きを済ませると、四台は店や家へ向かうために分かれた。


 別れ際、女商人が俺のところへ来て、


「今日はありがとう。今度、布の方では負けないからね」


「今日も、随分見に行かれましたよ。俺の店から」


「じゃあ、次までに品を考えてきて」


 彼女は笑って車へ戻り、ベルンも手を上げた。


「また日が合えば、一緒に行こう」


「はい。荷の積み方も、まだ聞きたいです」


「次は、お前の役に立ったやり方も教えてくれ」


 俺は頷き、家へ向かう手綱を取った。


 荷を下ろし、馬を返し、三人の仕事を終える。翌日から買い付けた品を町の店へ届け、村で売れた分も合わせて、今回の帳面を揃えた。泥から車を出すのにかかった時間も残しておく。四台で行ったからと、三人へ払う護衛料が勝手に減るわけではなかった。


 ヒルデへ四台とも無事に戻ったと報告すると、彼女は頷き、俺が話す道中の様子を聞いてくれた。泥の付いた袖をメアリに見せて、まず手を洗うように言われたところでは、少し笑った。


「次も、一緒に行きたい?」


「日と行き先が合えば。商売では、また競うけどな」


 そう答えてから、箱の印を揃えたことと、途中の合図の決め方を話した。ヒルデは聞きながら、次の募集を見たときにも相談できるよう、同行した商人の名を控えてくれる。


 家へ戻る途中、ベルンの車を見かけた。


 俺は手を上げた。向こうも気づいて、同じように片手を上げる。


 次にハッセで会えば、欲しい品が重なるかもしれない。そのときは、自分の売り先と金を考えて買う。それでも、同じ道で車が動かなくなったら、今日と同じように手を貸せる。


 俺は通りの角で彼の車と別れ、明日の売り場を見に、市場の方へ歩いていった。



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