第2章 第33話「在庫の行方」
第2章 第33話「在庫の行方」
秋の行商をもう二度重ねたころ、ルーネから戻った俺は、蜂蜜の店の奥に並ぶ容器を見て足を止めた。
いつもより、ずっと多い。
店主は俺に気づくと、持ち込んだ壺を置く場所を空けながら、
「出かける前に話した量なんだが、今日は全部は買えない」
「川から、荷が入ったんですか」
「ああ。遅れると聞いていた分まで、昨日まとまって届いたんだ。今回は三十五キロまでにしてくれ」
出発前には、百三十五キロを上限に相談していた。実物を見てもらう前の話だから、全部を引き取る注文ではない。それでも、その量を売れればと考えて買ってきた荷だった。
今回の蜂蜜は五十五壺、二百七十五キロ。壺を洗って乾かし、箱の仕切りを見直して運んだ。途中の村でもルーネでも生活物資を売れたし、帰り道で壺が割れることもなかった。
今度は、中身を売るところで止まってしまった。
俺は買える分の壺を台へ出し、まず品を見てもらった。
*
二軒目でも、引き取ってもらえる量は減っていた。
こちらは四十キロ。蜂蜜の品質に問題はなく、五百グラムで銅二十五枚という値段も変わらない。ただ、店に入ってきた品が多く、当分売る量は足りているという。
二軒へ合わせて十五壺を運び、検品と計量を済ませて、中身を移してもらった。七十五キロの代金は、銀三十七枚と銅五十枚になる。
蜜蝋は予定どおり二十キロを引き取ってもらえた。そちらの銀十四枚も受け取り、荷運びの代金を払って家へ戻る。
納屋には、まだ四十個の壺が並んでいた。
二百キロ。全部買ってもらえるつもりで空けた場所に、そのまま残っている。
「……これは、困ったな」
箱の蓋を戻し、俺は次に持っていく品の棚を見た。冬に使う厚い布は、村で見本を見せ、欲しい長さを聞いてある。仕入れの金も旅費も用意しているから、その商売は予定どおり進められる。
ただ、この蜂蜜を納屋に置いたまま出かけるなら、戻ったあとに、また売る仕事が待っている。
俺は残った壺の数と、買った家ごとの量を控え、商業ギルドへ向かった。
*
ヒルデは俺の売却の控えを見て、二軒で買ってもらえた量を確かめた。
「蜂蜜が二百キロ残ったのね」
「ああ。店の方へ、川からまとまった荷が入ったらしい。品は問題ないんだけど、今日は買える量が少なかった」
「それなら、ギルドの買取も使えるわよ。専門店の問屋買いより、一割ほど下がるけれど」
「今の品なら、引き取ってもらえそうか?」
「担当に量を確かめましょう。品も見てもらって、条件が合えば」
ヒルデと一緒に買取の窓口へ行き、残った品の種類と量を伝えた。担当の男は、ギルドが持っている在庫と取扱いの予定を見てから、今回なら二百キロを引き取れると答えた。
値段は、一キロにつき銅四十五枚。専門店で聞いていた値を一キロに直せば銅五十枚だから、ちょうど一割低い。
「実物を全部見て、品と量が揃っていれば、その値で買います。混ぜずに持ってきてください」
「はい。買った家ごとに分けて、印も残してあります」
俺は金額を控えた。
二百キロなら銀九十枚。専門店へいつもの値で売れれば銀百枚なので、差は銀十枚だった。
店の在庫が減るまで待つか、ほかの売り先を探せば、その十枚を残せるかもしれない。ただ、いつ、どれだけ売れるかは、今のところ分からない。
納屋へ置いておく間も品を見て、売れる先が決まれば、また少しずつ運ぶことになる。次の村へ出かけている間には、その仕事もできなかった。
俺は控えを見直し、担当の男へ顔を向けた。
「その条件で、お願いします。明日、運んでもいいですか」
「ええ。中身を移しますから、壺と箱は返せます」
届ける時間を相談し、窓口を離れた。
ヒルデが俺の横へ並ぶ。
「今回は、ここへ売るのね」
「ああ。少し儲けは減るけど、残しておくより、片づけて次の品を運びたい」
「分かった。買い取りが済んだら、実際の量と代金を帳面へ残してね」
俺は頷いた。
帰りに布の店へ寄り、揃えてもらった品を見た。幅を揃えた厚手の布が八十メートル分、一メートルで銅六十枚。銀四十八枚をその場で払い、運ぶ日を伝えて店を出る。
蜂蜜の売却を待たなくても、こちらは予定どおり買えた。明日の仕事が決まった分、帰ってからすることも、はっきりしていた。
*
翌朝、荷運び屋に人と車を頼み、蜂蜜をギルドへ届けた。
四十個の壺を一度に載せるのではなく、箱ごとに分けて何度か往復する。買った家の印が見える向きへ置き、担当の男へ控えを渡した。
蓋を開けると、甘い匂いが広がった。
品を見てもらい、重さを確かめてから、ギルドの容器へ中身を移す。空いた壺を箱へ戻し、次の荷を取りに行った。
専門店へ届けたときと同じように、売る前に確かめてもらう仕事はある。違うのは、今日の二百キロを、ここが引き取ってくれることだった。
最後の箱を届けるころには、庭に置いた空壺の数が、ずいぶん増えていた。
すべての検品と計量を終え、銀九十枚を受け取った。今回はギルド自身が品を買う取引なので、ここから売却の仲介料を引かれるものではない。俺も代金を数え、売却の控えを受け取る。
空壺と箱を家へ戻し、荷運びの代金を払うと、男が納屋の戸口を見て、
「次の荷を置けるようになったな」
「はい。しばらく蜂蜜の箱をよけて歩くつもりだったんですが」
「それは面倒だ。重いものを何度も動かすと、また腰にくる」
俺は笑い、車を押していく背中を見送った。
*
机へ戻り、今回の売却を揃えた。
蜂蜜は二百七十五キロ全部を売り、銀百二十七枚と銅五十枚。蜜蝋の銀十四枚を合わせると、売上は銀百四十一枚と銅五十枚になった。
商品の仕入れに払ったのは、銀九十枚と銅五十枚だった。その差から旅費や荷運びなどの費用を引いて、今回残った分を確かめる。
残った二百キロを専門店へいつもの値で売れた場合より、銀十枚少ない。それでも、買った品をすべて売り終え、次の仕入れに使える金へ戻せた。
俺は蜂蜜の在庫を零に直し、納屋へ戻った壺を数えた。
五十五個。洗って乾かせば、また使える。
蓋を分けていると、母が庭へ出てきた。
「今日は、ずいぶん壺が並んでいるのね」
「蜂蜜を全部売れたんだ。残っていた分は、ギルドに買ってもらった」
「それなら、よかった。夕方までには、こっちの通り道を空けておいてね」
「うん。乾かす場所を、もう少し寄せるよ」
俺は壺を端から移し、庭を通れる幅を空けた。
明日は布を運んでもらい、村へ持っていくものと合わせる。ロイたちと話した日には、予定どおり出発できるだろう。
最後の箱を納屋へ戻すと、蜂蜜で埋まっていた場所が空いていた。そこへ、次に積む袋と道具を寄せていく。
今回の買い付けは、これで終わった。
俺は箱の印を見える向きへ直し、次の行商の控えを開いた。




