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大商人の軌跡  作者: なるみくん
第2章「独立」
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第2章 第30話「五日目の帰還」

第2章 第30話「五日目の帰還」


 朝、荷物置き場の扉を開けると、十四箱が昨日しまった場所に並んでいた。


 俺は一つ目の蓋を開け、壺を数えた。四つ。その次も四つ。割れた一個を抜いた箱だけは、三つになっている。


 空いたところへ詰めた布が寄っていないかを見て、残った壺の胴と底を確かめた。ほかの箱も、漏れた跡はない。蜜蝋は十袋、そのまま揃っていた。


 五十五個を積んで、家へ帰る。


 俺は帳面の数と照らし合わせ、朝食へ向かった。


 食堂には、三人が揃っていた。ロイが椅子を引き、ニーナは俺の鞄へ目を向ける。


「荷は?」


「昨夜と同じ。ここから、また一日揺られるんだな」


「休むところで見よう。ずっと荷台ばかり見てたら、前の道が分からなくなるよ」


 言われて、思わず笑った。昨日は箱の音がするたびに、振り返りたくなった。今日は、そのつもりで三人にも声を掛けておこう。


 朝食を取り、道で食べるものを受け取った。水と馬の飼料を用意し、宿の支払いを済ませる。荷を載せて縄を掛け終えるころには、庭へ朝日が差していた。


 宿の男へ礼を言うと、彼は荷台を見てから、


「残りが無事に着くといいな」


「はい。次にこちらへ寄るとき、また品も見てもらいたいです」


 俺は一礼し、御者台へ上がった。


     *


 村を離れ、来た道を戻った。


 朝のうちは、木立の陰が道を横切っていた。昨日の石とは違って、影を踏んでも荷車は揺れない。それでも濃いところへ入る前には、車輪の通る場所をよく見た。


 馬の歩みを落とすと、ロイも前で待ってくれる。ニーナは箱の外側と縄へ目を配り、メアリは後ろから、曲がり角を抜けたことを知らせた。


 俺は三人の声を聞いて、手綱を持ち直す。


 布を増やし、積む位置も見直した。けれど、昨日の一度の揺れで、五キロの蜂蜜を失ったことは消えない。休憩に入るたび、箱の縁へ手を当てて、蜜がにじんでいないかを確かめた。


 昼には、馬を休ませて四人で食べ物を分けた。


 メアリが水を飲み、道の先へ目を向ける。


「今日の夕食は、家で食べられそうですね」


「ああ。途中で泊まった分も入れると、随分長く外にいた気がする」


「五日だもんね。私たちも、今日は荷物を置いて寝たいな」


 ニーナの言葉に、ロイも頷いた。宿で休めても、夜には馬や荷を見る仕事がある。朝になればまた歩く。三人にも、出発した日から続いている五日間があるのだった。


「家まで着いたら、荷下ろしを急いで終わらせよう」


 俺が言うと、ロイは空の包みを畳みながら、


「急いで箱を落とすなよ。最後まで、ゆっくりでいい」


「……そうだな。それは言い直す」


 メアリが笑い、俺も釣られた。


 午後、畑の見える道まで戻ると、遠くの景色が見慣れたものへ変わっていった。出発した朝にも見た木と、道端の曲がり。城壁が見えたときには、荷台へ向けていた意識が、ようやく門の方へ戻った。


     *


 門では、俺たちと荷の確認を受けた。


 人の入市税は、商人と三人の冒険者にはかからない。荷馬車にかかる入市税を払い、その分を控える。蜂蜜と蜜蝋、売れ残った布や縫い物の道具を積んでいることも伝えた。


 通りへ入ると、車輪の音が石畳へ変わる。


 今朝の村とは違う店先の声や、荷車を避けて歩く人の姿があった。俺は家へ続く角で歩みを落とし、後ろの車輪が通るまで待ってから向きを変えた。


 庭へ着くと、母が戸口から出てきた。


「おかえり。五日目に戻れたのね」


「ただいま。四人とも、怪我はないよ」


 俺が御者台から下りると、母は三人にも声を掛け、それから箱の並んだ荷台へ目を向ける。


「それが、蜂蜜?」


「うん。蜜蝋もある。壺を一つ割ってしまったけど、残りは運んでこられた」


「そう。まずは下ろさないとね」


 母は庭に置いてあったものを寄せ、納屋までの通り道を空けてくれた。


 俺は鍵を出し、納屋の扉を開ける。


     *


 上に積んだ六箱から、ロイと順に下ろした。


 ひと箱は、空だったときよりずっと重い。朝から荷車の後ろに載っていたものを、今は自分の腕で支える。納屋の乾いた板の上へ置くと、ロイが持ち手を離し、大きく息を吐いた。


「あと何箱だ?」


「まだ下の八箱がある」


 言うと、彼は荷台を見上げ、もう一度袖を直した。


 ニーナとメアリは、下ろした箱の印を控えと合わせてくれる。蜜蝋の袋は別に寄せ、残った生活物資も分けた。今日までに売れた分を戻したことにしないよう、商品の箱は数を確かめてから棚へ置く。


 最後の箱を下ろし、壺の蓋を順に見た。


 四個入りが十三箱、三個入りが一箱。五十五壺、二百七十五キロの蜂蜜。蜜蝋は十袋、二十キロだった。


 印の残った胴に手を添え、漏れも割れも増えていないことを見たとき、ようやく声が出た。


「……着いたな」


 ロイがこちらを見て、頷いた。


 荷馬車は空になり、納屋には買ったものが並んでいる。町で売るところまでが俺の仕事でも、三人と運んできた荷は、ここまで辿り着いた。


 メアリから旅の道具を受け取り、ニーナに礼を言って、俺は馬を返す支度へ移った。


     *


 貸し馬屋では、道中の様子と、壺を一つ割ったことを話した。


 男は馬と馬具を見て、足を止めたときや、荷を積み直したときのことを尋ねた。馬に怪我はなく、無理に急がせたこともないと答え、返却を済ませる。


 厩へ入っていく背中を見て、俺は空いた手を下ろした。五日間、手綱を持つたびにそばにいた馬も、今日はここで休む。


 そのあと、先に向かっていた三人と冒険者ギルドで合流した。


 依頼の控えを出し、予定どおり戻ったことを伝える。道で出会った魔物は場所と様子を報告し、五日間の仕事の完了を確認した。預けておいた報酬の受け取りも、ギルドを通して済ませてもらう。


 魔石と牙は、最初の宿で買い取り済みだ。その控えも、護衛料とは分けて残してある。


 手続きが終わり、三人と受付から離れた。


「五日間、ありがとう。荷も、馬も、俺も守ってもらえた」


 俺が言うと、ロイは少し照れたように鞄を持ち直した。


「蜂蜜の箱、家へ着いてからも重かったな」


「明日も、また店へ運ぶんだけどな」


「それは、町の荷運びの人に頼んでね」


 ニーナに先に言われ、俺も笑った。


「ああ。今度は、その人にも運び方を聞いてみる」


 メアリはほっとしたように頷き、


「残った蜂蜜、買ってもらえるといいですね」


「うん。店で話してきた条件に合うか、明日見てもらうよ」


 次に出かけるときには、行き先と日を相談すると伝えて別れた。三人も、今日は自分の荷を置いて休める。


     *


 商業ギルドへ着くと、ヒルデは相談机の紙を揃えていた。


 俺を見つけると手を止め、こちらへ来る。


「戻ったのね。怪我はない?」


「ああ。馬を返して、三人の仕事も終えた。荷は納屋へ下ろしてある」


 ヒルデは一度頷いた。そのあとで、俺が出した控えへ目を向ける。


「蜂蜜と蜜蝋は、買えた?」


「予定の量を買えた。けど、帰りに蜂蜜の壺を一つ割った」


 壺を失った場所と、蜜に欠片が混じったことを話した。ヒルデは途中で口を挟まず、俺が残りを点検して戻ってきたところまで聞いてくれる。


「残った品は、無事なのね」


「うん。蜂蜜は二百七十五キロ、蜜蝋は二十キロ。買った家ごとに分けてあって、納屋でも見直した」


 彼女は控えの数を確かめ、破損した一個の印へ目を落とした。


「悔しかったでしょう」


「割れたのを見たときは、何をすればいいか、少し止まった。買うときには、あんなに一つずつ見てたんだけどな」


「次は、容器だけでなく、箱の作りや敷いたものも含めて相談したいわね」


「明日、店へ運ぶときに、荷運びの人にも聞きたい。壺を買った店でも、箱の積み方を相談してみる」


 ヒルデは頷き、控えを俺へ戻した。


「そのときには、この記録も見せましょう。何を積んで、どこで、どんなふうに揺れたのかが分かれば、相談しやすくなるわ」


「ああ。売る方も、先に話した二軒へ見せたい」


「品と量を見てもらって、実際に引き取ってもらえた分を残してね。相手の条件が変わっていたら、こちらでも持ち込める先を一緒に考えましょう」


 俺は返事をし、書き留めた村の需要も渡した。太い針、袋に使う糸。ルーネでも途中の村でも、同じように欲しいと言う人がいたことを話す。


 ヒルデは紙を見て、次の仕入れで探せる品を確かめておくと言った。


 全部を売れてから相談へ来ようかとも思ったが、今日、ここへ寄れてよかった。帰ってきたことだけでなく、まだ終わっていない仕事も話せた。


 帰り際、ヒルデは控えをしまう俺の手を見て、


「今日の分を揃えたら、ちゃんと休んでね」


「うん。明日も箱を運ぶしな」


「だから、今日は休むの」


 少し強い言い方に、俺は笑って頷いた。


     *


 夕食のあと、納屋へもう一度寄った。


 家の窓から落ちる明かりの中で、箱の位置と戸締まりを見る。魔石と牙も鞄から出し、食品とは別のところへ置いた。


 蜂蜜は、町の二軒へ見せる分を控えと照らし合わせて分け直す。どの家で買った品かの印は、そのまま残した。蜜蝋の袋と一緒に、明日運ぶ順を紙へ書く。


 部屋へ戻ると、机の上には、五日分の控えが広がった。


 村で売った品、買った品、宿と馬に払った分、護衛の契約、壺を一つ失った記録。明日はその先へ、町で売った記録を書けるかもしれない。


 俺はまだ空いている売却の欄を見てから、紙を揃えた。


 五十五個を家まで運べた。


 次は、その中身を買ってくれる人のところへ届けよう。


 鞄へ控えを収め、いつもの寝台へ横になる。背中に触れた布の感触が懐かしくて、灯りを消す前に、思っていたより長く息を吐いた。


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