第2章 第28話「蜂蜜と蜜蝋」
第2章 第28話「蜂蜜と蜜蝋」
朝食のあと、宿の荷物置き場で、俺は昨日の帳面を開いた。
蜂蜜は四壺、二十キロ。買い付けに払ったのは銀六枚だ。その横には、まだ使っていない五十二個の壺が、十三箱に分かれて並んでいた。
今日は残りの蜂蜜と、蜜蝋を見る。けれど、ルーネへ運んできた商品も、まだ箱の中にある。
俺は布と針と糸を出し、昨日の売り場へ向かった。ロイに箱を運んでもらい、メアリと台へ品を並べる。ニーナは宿に残り、馬と買った荷を見てくれることになった。
朝の通りには、家から出てきた人が行き交っていた。昨日、針を見た女の人が、こちらへ寄ってくる。
「今日も売るんだね」
「はい。明日の朝には出るので、今日は見てもらいたいと思って」
「太い針を見つけたら、次に持ってきておくれよ。袋を縫う人は、ほかにもいるから」
俺は頷き、聞いていたことを紙で確かめた。太い針と、それに使える糸。途中で泊まった村でも、袋の口を縫う糸が欲しいと言われた。
同じ品を、この道沿いの別の場所でも見てもらえるかもしれない。
今日の客には、普段着を繕う分を探している人もいた。針を選んでもらい、糸の巻を見せる。布は欲しい長さを聞いて切り、代金を受け取るたびに数と長さを控えた。
日が高くなるころ、客足が途切れたところで品を畳んだ。
売れ残りはまだある。それでも、昨日は声を掛けずに通った人が、今日は品を手に取ってくれた。買い付けに出る前に箱を開けてよかったと思いながら、残ったものを数える。
宿へ戻ると、ニーナが馬のいる方から来た。
「今度は買いに行く?」
「ああ。昨日の家で蜜蝋を見せてもらって、蜂蜜も残っている分を聞きたい」
俺は箱をしまい、買い付けの紙と、蜜蝋を入れる袋を持って出た。
*
昨日の男は、俺たちを見ると、軒下の容器を指した。
「蜜の方は、普段の品がまだある。蝋はこちらへ出しておいたよ」
台には、いくつもの塊が並んでいた。
形を整えたものと、表面が粗く、細かなものの混じったものがある。俺は町の店で見せてもらった品を思い出し、ひとつずつ比べていった。
「こちらは、余計なものを除いてある分ですか?」
「そうだ。こっちは、まだ手を掛けなきゃならん。そこまで済ませたものより安く出せるがね」
男は粗い方を前へ寄せた。こちらは百グラムで銅三枚、選別を済ませた方は銅四枚だという。
俺はそれぞれの値段を書き、塊の重さと、混じっているものを見た。
粗い方を買えば、同じ金で重い荷を引き取れる。けれど、町の店が欲しいのは、余計なものを除いたあとの品だった。取り除く分まで、売れる蜜蝋として量るわけにはいかない。
町で聞いた未選別品の条件と見比べたが、俺には、この塊からどれだけ使えるものが残るかを、まだ確かに見積もれなかった。
「今回は、手入れの済んだ方を買いたいです。ほかの塊も見せていただけますか」
男は頷き、奥の分も出してくれた。俺は上にある一つだけで決めず、まとめて買う分を見せてもらう。
色には少し違いがあるが、町で教わった状態から外れるものを混ぜないよう、品を選んだ。男にも選んだ分を示し、重さを合わせてもらう。
「これで二十キロ。銅四枚の方でいいんだな」
「はい。その条件でお願いします」
代金は銀八枚になった。
男が硬貨を数える間に、俺は持ってきた袋を広げた。選んだ塊を二キロずつ、十袋へ分ける。袋の重さは引き、口を結ぶ前に中身と量を見直した。
ロイがひとつを持ち上げ、手の上で重さを感じるようにして、
「同じ袋でも、薬草のときとは違うな」
「ああ。今度は、中に固いものが入ってる」
俺は包み方を見て、塊が袋の中で擦れないように収めた。蜂蜜の箱とは分けて運び、宿へ戻ってから置き場所を決めるつもりだった。
*
蜂蜜は、昨日買った通常品の残りを、もう一度見せてもらった。
容器ごとに状態と量を確かめ、同じ条件で買える六十キロを選ぶ。残った壺を十二個洗って乾かし、一つ五キロずつ詰めてもらった。
こちらへの支払いは銀十八枚。昨日の四個と合わせて、この家で買った蜂蜜は十六壺、八十キロになった。
箱の数が増えるので、宿から荷運び用の手押し車を借りた。今日の使用料は銅十枚で、荷を運ぶ費用として控える。二箱ずつ載せ、ロイと俺で動かした。メアリが受け渡しのときに手を貸し、ニーナは宿へ届いた分を見てくれる。
そのあと、男に教わった別の家でも品を見せてもらった。
色だけで昨日の蜂蜜と同じだと決めず、香りと状態、混じりものがないかを確かめる。こちらも通常品として町の店へ見せられそうだったが、持ってきた容器のどれもが同じ品ではなかった。
「買いたいのは、こちらの分です。ほかのものと混ぜずに、量っていただけますか」
俺が頼むと、その家の女の人は容器を寄せ、分けて詰めると言ってくれた。
値段は五百グラムで銅十五枚。同じ量で話を揃えてから、六十キロを十二個の壺へ入れてもらう。銀十八枚を払い、どの家で買った品か分かるよう、印と控えを残した。
この二軒で買った分は、合わせて百四十キロになった。町の最初の蜂蜜店へ見せる荷として、買った家は分けたまま、控えをひとまとめにする。
午後には、ほかの二軒の家でも、通常品を七十キロずつ選んだ。同じ買い値で、それぞれ銀二十一枚。十四個ずつの壺へ詰めてもらい、どの家の分かを分けて運ぶ。この百四十キロは、町のもう一軒の蜂蜜店へ見せるつもりで記録した。
最後の壺を箱へ下ろすと、持ってきた空の容器が、全部なくなった。
五十六個に、それぞれ五キロ。蜂蜜は二百八十キロ、蜜蝋は二十キロ。商品の合計は三百キロで、町の店と相談した買い付けの枠に達している。
最後に品を見せてくれた女の人が、まだ残っている容器へ目を向けて、
「ほかの分もあるけど、どうするかい?」
「今回は、ここまでにします。次に来るとき、町の店が欲しい量を聞いてから、また見せてください」
「そうかい。なら、あんたが買った分を先に運んでおくれ。箱はここへ置いておいていいよ」
俺は礼を言い、ロイと箱の持ち手へ手を掛けた。手押し車へ載せる分だけを先に出し、残りは受け取りの済んだ荷として、その家で見てもらっておく。宿へ運び終えるたびに戻り、買った家の控えと箱の数を合わせた。
*
宿へ荷を運び終えたときには、午後の日が傾き始めていた。
途中で食事と休憩を取ったが、箱を持つたびに、腕へ重さが戻ってくる。行きには片手で抱えられた空壺の箱が、今は二人で動かす荷になっていた。
最後の箱を壁際へ置くと、メアリが水を差し出してくれた。
「少し座ってください。こちらの袋は、私たちで数えておきます」
「ありがとう。袋は十、壺は五十六。十四箱ある。家ごとの印も、控えと合わせて見たい」
メアリは頷き、ニーナと品を見てくれた。俺も水を飲んでから帳面を広げ、受け取った控えを揃える。
蜂蜜は、昨日の銀六枚と、今日の銀十八枚が二つ、銀二十一枚が二つ。合わせて銀八十四枚。蜜蝋は銀八枚なので、村の特産品の仕入れは銀九十二枚になった。
出発前に買った五十六個の壺は、銀六枚と銅七十二枚。商品と容器の代金を合わせて、銀九十八枚と銅七十二枚だ。壺代は村での仕入れへ重ねず、箱や布、配送と今日の手押し車に使った分も、それぞれ別の支払いとして残した。
町の二軒で聞いた目安どおりに引き取ってもらえれば、蜂蜜は百四十キロずつで銀七十枚が二つ、合わせて銀百四十枚。蜜蝋は銀十四枚で、特産品の売却見込みは合わせて銀百五十四枚になる。そこから商品の仕入れと、護衛、馬、宿、食事などの費用を見ていく。返してもらう壺や繰り返し使う箱は、残った道具としての記録も分けておく。
見込んでいる売却額の欄には、まだ印だけを付けておいた。町まで運び、店に品を見てもらうまでは、受け取った代金ではない。
財布に残した旅費も数え直す。明日泊まる宿と、五日目に町へ戻るまでの分は、別の袋に残っていた。
俺は帳面を閉じ、帰りの荷を置くために、宿の庭へ出た。
*
荷台へ箱を並べ、明朝に積む位置を決めた。
蜂蜜の箱は下段八箱、上段六箱にして、片側へ重さを寄せない。上の箱は下の箱の縁と蓋で支え、壺を押さない位置へ置く。隣には蜜蝋の袋、残った商品と旅の道具を置く。出発前に見てもらった配置へ、実際に買った荷を収めていった。
ロイが箱の脇へ手を当て、俺へ目を向ける。
「帰りは、これを全部積むんだな」
「ああ。蜂蜜と蜜蝋だけで、三百キロある」
「それに壺と箱か」
俺は頷き、空壺およそ八十四キロと、木箱およそ四十二キロを加えた。布や縄は八キロ以内、残りの商品と食料、水、道具も、見込んだ四十キロの範囲に収まっている。合わせて四百七十四キロほどという計画から、重さが増えていないことを見ておく。
古い布を壺の間へ挟み直し、口と蓋の印を合わせた。箱の中で隣へ当たらないように収め、二段の箱が動かないよう縄を掛ける。
縄を掛ける場所まで見てから、荷は今夜しまっておく部屋へ戻した。庭へ積んだまま夜を越すより、朝にもう一度運び出す方を選ぶ。
馬の様子を見ていると、宿の女の人が、明日の食事について聞きに来た。
朝食のあとに出ることと、道で食べる分を用意してほしいことを話す。水と飼料の支度も確かめ、帰り道の紙を鞄へ入れた。
「明日は、途中の村でも売るの?」
ニーナが、残った商品の箱を見て尋ねた。
「うん。泊まる前に、見てもらいたい。太い糸はまだないけど、今日残った布や針を売れるかもしれない」
行きには、短い時間でも買ってくれる人がいた。同じ道を帰るなら、あそこで聞いたことも、箱に残っているものも使いたい。
俺は途中の村で売った記録へ、帰りに並べる品を書き添えた。
*
夕食までの間に、今日売れた布と針と糸を帳面へ移した。
残りは箱へ戻し、売れた分の仕入れと代金を分けておく。道で買い取った魔石一個と牙二本も、まだ鞄の中にある。こちらは町へ帰ってから、前に持ち込んだ店へ見せるつもりだった。
明日は、ここから帰り始める。
俺は荷物置き場の扉を閉める前に、並んだ箱へ目を向けた。昨日は四つだけだった蜂蜜の壺が、今日は五十六個になった。使うつもりで畳んできた袋にも、蜜蝋が入っている。
家の庭で荷台を掃除していたときには、どんな品が載るかを想像していただけだった。今は、誰から買い、いくら払ったかまで分かっている。
蓋の閉まった箱の中からは、朝に嗅いだ甘い香りはしない。それでも、男が蜂蜜を量っていた手や、蜜蝋を並べた台が、品を見ると浮かんできた。
町で箱を開けるときにも、今日選んだままのものを見せたい。
俺は最後の控えを鞄へしまい、四人分の夕食が待つ方へ歩いていった。




