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大商人の軌跡  作者: なるみくん
第2章「独立」
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第2章 第27話「ルーネの蜂蜜」

第2章 第27話「ルーネの蜂蜜」


 朝、荷を預けた部屋へ行くと、窓の高いところに薄い光が入っていた。


 俺は箱と縄を見て、庭へ運ぶ順に寄せた。鞄の中には、昨夜買い取った魔石と牙の包みもある。口が開いていないことを確かめてから、帳面の脇へ収め直した。


 外へ出ると、ロイが宿の男と馬のいる方から戻ってきた。


「荷はどうだ?」


「変わってない。すぐ運び出せるようにしてあるよ」


「なら、先に飯だな。ニーナたちも起きている」


 四人で朝食を取り、頼んでおいた道の食べ物を受け取る。水を足し、荷を載せて馬具を付けると、昨日より早く出発の支度が済んだ。


 宿の人に礼を言い、庭を出る。


 道の木立へ朝日が差していた。木々の間には薄い朝靄が残り、車輪が通ると、湿った土の匂いが上がる。俺は手綱を持ち直し、ルーネへ続く道へ馬を向けた。


     *


 道は、支流が見えるところを通ったり、木の茂った斜面へ寄ったりしながら続いていた。


 水の流れる音が近くなっても、荷車の通る道はまだ曲がっている。俺は轍へ車輪を落とさないように進み、緩い上りでは馬を急がせず、休めるところで水を飲ませた。


 ロイたちも交代で休み、残りの道を紙で確かめる。宿を出たばかりのころは木々の間から射していた日が、今は頭の上へ近づいていた。


「半日だけでいいと思えるって、昨日言ってたけど」


 俺が御者台から声を掛けると、ニーナがこちらを見た。


「長い?」


「もう村が見えてもいいころかなって、何度か思ってる」


「私も。だから、先に見つけたら教えてね」


 ニーナも待ち遠しいのだと分かって、俺は笑った。三人がいつも前を見ているからといって、道の先まで知っているわけではない。


 ほどなく、木立の切れたところから、家々の屋根が見えた。


 水辺へ近い家と、少し高いところに並ぶ家がある。荷車の音を聞いた人が戸口から顔を上げ、籠を持ったまま道の端へ寄ってくれた。


 俺はルーネで間違いないかを尋ね、教えてもらった宿の場所を聞いた。指された方へ進むと、荷車を入れられる庭と、その奥の厩が見える。


 昼の食事を作っているのだろう。宿の戸口から、煮炊きの匂いが流れてきた。


     *


 四人で二晩泊まりたいと話し、部屋と荷の置き場を見せてもらった。


 馬も預けられ、食事と飼料を含めた費用を聞いてから泊まる話を決める。部屋は、途中の宿と同じように二人ずつに分けた。


 馬具を外し、荷を下ろし終えると、ようやく村の方へ目を向けられた。


 宿の人に、生活物資を売る場所と、蜂蜜を買いたいことを伝える。買い付けの案内を見て来たと言うと、宿の女の人が頷いた。


「昨日も買っていった人はいるよ。まだ見せられる分がある家を、あとで教えようか」


「お願いします。蜜蝋も見たいんです」


「なら、そちらも聞いておこう。まず、お腹を空かせたまま出ていかないでね」


 その言葉で、昼の包みをまだ開いていないことに気づいた。四人で席を借り、持ってきた食べ物を分ける。足を休めている間にも、庭を通る人の声が聞こえていた。


 ハッセから出した品の行き先を、町の店で見た。今度はこの村の品が、俺の納屋を通って同じように町へ入るかもしれない。


 食べ終えるころには、早く蓋を開けて見せてもらいたい気持ちが、疲れより大きくなっていた。


     *


 売る場所の手続きを済ませ、持ってきた布と針と糸を並べた。


 午後の日が台へ差すと、布の色が、宿の部屋で見たときより明るく見える。通りを行く女の人が足を止め、端を手に取った。


「この布、袋の破れたところを当てるのにも使える?」


「はい。少し厚い方なら、こちらです。どのくらい要りますか?」


 必要な幅と長さを聞き、布を広げる。女の人は袋の口を両手で示してから、縫い針の包みへ目を向けた。


「もっと太い針はないかい?」


 俺は一本出して見てもらったが、家で使っているものより細いと言われた。普通の縫い物には使えても、彼女の欲しいものには合わない。


「今回は、これだけです。太いものは、町で探してみます」


 女の人は頷き、布だけを買ってくれた。俺は代金を受け取り、太い針が欲しいという話を帳面へ残す。


 そのあと、糸を買う人や、普段着を繕う針を選ぶ人が来た。布を見て帰る人もいる。全部を売り切るほど客が続いたわけではないが、町から運んだ品を、村で使う人へ渡せた。


 客の途切れたところで台を片づけ、残りを宿へ戻した。


「明日も並べる?」


 箱を抱えたロイが聞いた。


「ああ。買い付けの話と合わせて、時間を見て出したい。まず今日は、蜂蜜を見せてもらおう」


 俺は宿の人に教わった家の場所を確かめ、三人とそちらへ向かった。


     *


 蜂蜜のある家では、軒下にいくつもの容器が並んでいた。


 俺が買い付けに来たことを伝えると、男は二つの容器を前へ出した。蓋を開けた途端、甘い香りがした。


 町の店で見たように、色も香りも同じではない。俺はどちらも見せてもらい、村でどう分けている品なのかを聞いた。


「こっちは普段よく出すものだ。こっちは、香りのよい分を分けておいた。値段も少し違う」


 男は清潔な匙で見本を取り、味を確かめさせてくれた。


 普段の品でも、舌へ乗せると甘さがゆっくり広がる。もう一方は、そのあとに残る香りがはっきりしていた。口に入れた量は同じくらいなのに、二つ目の方をもう一度食べてみたくなる。


「こちらは、いくらになりますか?」


「五百グラムで銅十八枚。普段の方は銅十五枚だ」


 俺は二つの値段を記した。


 町の店で、通常品を買い取る目安は聞いている。けれど、この香りの品を、その店がいくらで欲しがるかまでは確かめていなかった。


 高い方も売れるかもしれない。とはいえ、自分の口に合ったというだけで、持ってきた壺を全部こちらへ回すわけにはいかない。


「普段の方を、もう少し見せてください」


 男は容器を寄せ、どれとどれが同じ分かを示してくれた。俺は町で教わった状態と比べ、混じりものがないかも見た。前に味見した見本の感じを思い出しながら、買う方を選ぶ。


「まず、こちらを二十キロ買いたいです。自分の壺へ入れていただけますか」


「空の壺を持ってきたのか?」


「はい。一つに五キロずつ入れるつもりで、用意しています」


 男は引き受けてくれた。俺は今見た分の量と値段を確かめてから、いったん宿へ壺を取りに戻った。


     *


 四つの壺を出し、水場で内側を洗った。


 残った水気を拭い、乾燥の生活魔法で小さな滴を飛ばす。中まで乾いたことを見て、蓋の印を合わせた。


 ロイと空箱を運び、男に壺を見てもらってから詰め始める。空の壺の重さを先に量り、中身だけで五キロになるように秤を合わせてもらった。


 蜂蜜が容器へ落ちていく。空だった内側が、少しずつ琥珀色に埋まった。


 俺は秤と壺の口を交互に見た。四つが揃ったところで、男と量を確かめ、銀六枚を支払う。


 代金を受け取った男は、残りの容器へ目を向けて、


「ほかの分も見たいなら、明日声を掛けてくれ。別の家にもあるから、比べてみるといい」


「ありがとうございます。蜜蝋の話も、明日伺えますか?」


「ああ。そちらも見せよう」


 俺は礼を言い、買った品の控えを受け取った。今日は、今量った二十キロだけを自分の荷として記す。明日の分まで買えたつもりにはしなかった。


 壺を箱へ戻そうと持ち上げると、腕へ重さが掛かった。


 町の店で手に取った空の容器とは、全く違う。底を両手で支え直し、敷いた布の上へ下ろす。隣へもう一つ置くと、ロイも箱の端を押さえてくれた。


「ずいぶん重くなったな」


「ああ。この中身も、俺が買ったものになった」


 蓋を留め、壺が互いに当たらないように布を挟む。四人で宿まで運ぶと、空の壺を持ってきた道が、帰りには少し長く感じられた。


     *


 夕方、宿の荷物置き場で、残っている五十二個の空壺と、蜂蜜の入った四個を分けた。今日は一箱分が満ち、残りの十三箱はまだ空の容器を運んでいる。


 蓋と胴の印の横へ、買った家と中身の量を控える。蜜蝋用の袋は、まだ畳んだままだった。


 ニーナが今日受け取った食料の残りをまとめ、こちらの壺へ目を向けた。


「今度こそ、商品の蜂蜜だね」


「途中の昼飯には、回さないよ」


「味見も、ちょっとだけにしておいた?」


「……見てたのか」


「ロイもメアリも、その場にいたでしょ」


 俺が二人を見ると、ロイは笑い、メアリまで小さく頷いた。買い付けの話へ気を取られていたが、俺がもう一方の匙を気にしていたのも、見られていたらしい。


 俺は帳面を開き、村で売った品と、残った品を分けて記した。蜂蜜の仕入れは銀六枚。壺は町で買って持ってきたものなので、その代金を今日の仕入れへ重ねて入れることはしない。


 明日は、残りの蜂蜜と蜜蝋を見る。町で売れる条件、馬に載せる量、残しておく旅費を合わせて、どこまで買うか決めよう。


 部屋へ戻る前に、四つの蓋がきちんと留まっているか、もう一度見た。


 出発するときには、何も入っていなかった壺だ。今は、その中に、ルーネで選んだ蜂蜜がある。


 俺は指先に残った甘い香りを感じながら、夕食へ向かう三人のあとを追った。


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