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大商人の軌跡  作者: なるみくん
第2章「独立」
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第2章 第26話「道中の一泊」

第2章 第26話「道中の一泊」


 明け方の庭で、俺は荷台の縄を引き、最後に食料と水を載せた。


 家を出るたびに同じところへ手を伸ばしているのに、今回は十四箱に五十六個の壺がある。下段八箱、上段六箱の位置と縄を見直す。布や糸を運ぶときとは、荷台を覗く気持ちが少し違った。


 腰へ剣を差し、帳面の入った鞄を置く。貸し馬屋の男が馬を連れてきたころには、ロイたちも庭へ揃っていた。


 馬具を取り付けて見てもらい、借りる条件を確認してから、四人で朝食を取る。道で食べる包みを分けると、ロイは自分の鞄へ入れ、メアリも水の容器を持ち直した。


「今日は、途中の宿までだな」


「ああ。ルーネへ着くのは、明日の昼ごろになると思う」


 俺が答えると、ニーナが荷台へ目を向けて、


「じゃあ、空の壺も、今日は一日揺られるわけね」


「帰りまで五十六個揃っていてほしいよ」


 朝の片づけを済ませ、家族へ挨拶して出発した。母は庭の門から、道へ出る荷馬車を見送ってくれる。


 貸し馬屋の男にも動きを見てもらい、通りで別れた。町の門を抜けると、畑の向こうから朝日が差し、馬の影が道へ長く伸びていた。


     *


 午前中は、畑と低い木立の間を進んだ。


 ハッセへ向かったときのように、すぐ山の裾が近づいてくる道ではない。緩い上り下りの先へ道が続き、何度か曲がると、後ろの畑も見えなくなった。


 ロイが先を歩き、ニーナは俺の横から道端を見ている。メアリは荷台の後ろへ回り、箱を留めた縄の様子を伝えてくれた。


 俺も、前より箱の音を聞き分けようとしていた。車輪が小石を踏むと御者台へ振動が伝わるが、そのたびに止まっていては先へ進めない。休める場所で蓋を開け、布の間に収まった壺が動いていないことを見て、また馬へ声を掛けた。


 昼の休憩では、木陰へ寄せて馬を休ませた。


 パンと持ってきた食べ物を分けながら、ロイが日程の紙を出す。今いる場所と、今夜泊まるところを見比べた。


「今日は、あとどのくらいだ?」


 俺が聞くと、ニーナは来た道へ一度目を向けて、


「午前と同じくらい進めば、見えてくると思う。途中で止まる分もあるから、昼飯が済んだら支度しよう」


「明日も半日あると思うと、ハッセより長いな」


「明日の朝は、その半日だけでいいと思えるよ」


 ニーナが笑い、メアリも頷いた。俺は紙を畳み、空いた包みをしまう。今日中に村へ着こうとしなければ、日が沈んだあとの道を心配せずに進めるはずだった。


     *


 午後、道の脇に木が増えたところで、ロイが足を止めた。


 こちらへ手を上げ、剣の柄へ手を掛ける。ニーナもすぐに弓を取った。


「前の右側、木の陰。アッシュ、馬を止めて」


 俺は声を掛けて歩みを落とし、荷車を止めた。


 灰色の背が草の間から出てくる。犬に似ているが、肩が盛り上がり、牙が唇の外へのぞいていた。港への道で出会ったものと同じ姿を見て、喉の奥が少し固くなる。


 ロイは馬の斜め前へ出て、魔物との間を空けて立った。ニーナは左へ寄り、ロイを越えて狙えるところで弓を上げる。メアリが反対側と後ろを見ているのを、俺も目の端で捉えた。


 馬が鼻を鳴らす。俺は手綱を握り込みすぎないように持ち直し、低く声を掛けた。


 草を蹴って、魔物が飛び出した。


 ニーナの矢が肩へ入り、灰色の体が傾く。それでも足は止まらなかった。ロイは正面で受けようとせず、一歩動いて、横から剣を振った。


 魔物が地面へ転がり、起き上がろうとして脚を動かす。


 ロイが間を詰め、もう一度剣を振り下ろした。唸りが途切れ、灰色の背が動かなくなる。


 俺は馬へ声を掛け続けた。前のときには、倒れたところで終わったと思いかけたが、今は三人の視線を追って、木の陰と後ろの道も見る。


 ニーナが次の矢を構えたまま、しばらく周囲を見ていた。それから弓を下ろし、ほかには見えないと伝える。


 ロイは剣を下げ、メアリの問いに、傷はないと答えた。俺も馬を止めたまま、三人の顔を順に見た。


「大丈夫か?」


「ああ。今度は、馬車のそばまで来させずに済んだ」


 ロイが答え、こちらの馬へ目を向ける。


「そっちは?」


「少し驚いてるけど、動かずに待ってくれた」


 返事をしたあと、握っていた指を一本ずつ緩めた。怖さがなくなったわけではない。それでも、何を持って、どこに残るかを、前より早く決められた。


 ニーナが周りを見ている間に、ロイは魔物を道の端へ寄せ、魔石と牙を回収した。石は一個、傷みのない牙は二本。それぞれ包み終えると、俺は荷台の隅に置く場所を空けた。


「その包みは、俺が預かるよ。荷車で運んで、村へ着いてから買い取りの話をしよう」


「ああ。頼む」


 ロイから包みを受け取り、食品や布とは離して、荷台の空き箱へ収めた。包みが動かないように留め、三人の預かり品として、魔石一個と牙二本を控える。


 まだ代金を払っていないので、俺が仕入れた品には数えない。今は三人のものを、預かって運ぶだけだ。今回は小さな二包みだが、回収するものが増えれば、荷台の場所と重さも見直す必要があるだろう。


 荷台の縄と箱も見直し、四人が揃ってから、再び進み始めた。


     *


 午後の道を進むと、木々の向こうから水の光が見えた。


 支流へ近づいているのだろう。水面が見えるところと、木立に隠れるところが交互に続く。スイーズで見慣れた大河とは違う景色に、俺は少し身を起こした。


 けれど、道の轍はまだ続いていた。水を眺めたあとには馬へ目を戻し、先の曲がり角を見て進む。


 やがて道の先に、家々の屋根と、荷車の入る庭が見えてきた。宿の周りにも民家が並び、畑から戻る人が道を歩いている。ここにも、暮らしている人たちがいるのだ。


 泊まる予定の宿の場所を確かめ、門口から声を掛ける。庭にはすでに一台の荷馬車があり、男たちが袋を運んでいた。腰には剣を差した者もいる。


 宿の人が出てくると、俺は四人で一晩泊まりたいことを話し、馬と商品の置き場も尋ねた。


 部屋は二つ空いていた。俺とロイ、ニーナとメアリで分ける。泊まりは一人銅二十枚で、四人合わせて銅八十枚。食事と馬の飼料は別だと聞いた。夜の戸締まりと見回りについても聞き、ほかに掛かるものを確かめてから頼んだ。


 まだ明るいうちに、馬を休ませるところまで辿り着けた。


 そのことが嬉しくて、御者台から下りたときには、思っていたより大きく息を吐いていた。


     *


 宿の男に教えてもらいながら馬具を外し、馬を預けた。


 荷車を置く場所と、荷をしまえる部屋を見せてもらう。商品と壺の箱は四人で運び、預かっている魔石と牙の包みも、ほかの荷とは分けて置いた。俺は最後に壺の箱の蓋を開け、布が寄っていないか、口や縁に欠けがないかを見る。


 十四箱を順に見て、五十六個とも揃っていることを確かめた。


「今夜は、ここで揺れずに済むね」


 ニーナが箱の脇へ腰を下ろしたので、俺も蓋を戻しながら、


「明日の朝、また全部載せるけどな」


「それは、明日のアッシュに頑張ってもらおう」


「三人にも、手伝ってもらうつもりなんだけど」


 ロイが笑い、メアリも寝具の包みを抱え直した。日が暮れるまでに宿へ着いても、荷を預けるところまで済ませなければ、俺たちは食事にも行けないのだった。


 俺は商品の箱へ手を伸ばし、宿の男へ、村で品を売れる場所があるか尋ねた。


「布と針と糸を持ってきています。まだ明るいので、少し見てもらえればと思うんですが」


「それなら、向こうで売れるよ。手続きは先に聞いておくれ。宿の人間も、糸なら見たいと言っていた」


 俺は案内された場所と必要な手続きを確かめ、売る分を取り出した。ニーナには馬と残りの荷を見てもらい、ロイとメアリに手伝ってもらって品を並べる。


 最初は、通りを帰る人が、歩きながらこちらを見ているだけだった。布を広げ、針と糸もありますと声を掛けると、籠を持った女の人が足を止めた。


「この布、一メートルでいくらだい?」


「銅四十五枚です。必要な長さで切れますよ」


 女の人は布の端へ触れ、家の縫い物に使いたいと言った。長さを測って切り、代金を受け取る。そのあと、針をなくしてしまったという男が二本を選び、宿で働く人も糸を二巻買ってくれた。


 糸の色を見比べていた女の人が、箱の横にある包みへ目を向ける。


「もう少し丈夫な糸はないかい? 袋の口を縫うのに使いたいんだけど」


「今回は、普通の縫い糸だけです。どのくらいのものが欲しいか、聞かせてもらえますか」


 使っている袋のことを聞き、帳面へ残した。今日持っていない品は売れないが、帰りに立ち寄るときや、次にこの道を通るときの仕入れには生かせる。


 日の光が屋根に隠れ始めたところで、品を畳んだ。


 売れた布は一メートル、糸は二巻、針は二本。受け取った銅五十九枚を数え、売り場に払った分も別に控える。短い時間だったが、荷を積んで通り過ぎるだけでは聞けなかった話もあった。


 残った品を宿へ戻すと、ニーナが戸口で箱を受け取ってくれた。


「売れた?」


「少しな。それと、袋に使う糸が欲しいって」


「じゃあ、次に通るときも見てもらえそうね」


 俺は頷き、売れた数を引いた残りを箱へ収めた。


     *


 荷物をしまい終えてから、道中で預かった魔石と牙の包みを取り出した。


 三人と一緒に中身を見直し、前に買ったものと比べた。ニーナと、ギルドで受け取る場合の額を確かめる。


「魔石が銅六枚、牙二本で銅五枚。この額で、俺が買ってもいいか?」


「うん。ギルドの買取額と同じだから、それでいいよ」


 俺は銅十一枚を数え、ニーナへ渡した。彼女が確認してから、預かり品として書いていた控えへ、買い取りを済ませたことを記す。帳面にも、魔石と牙を分けて仕入れとして書き入れた。


 昼の戦いで三人が手に入れた品が、ここからは俺の仕入れになる。町へ戻って持ち込む店も分かっているが、今はまだ売っていないものだった。


 食品の荷とは離して、鞄の中へ包みを収めた。


     *


 夕食の席では、温かい汁物が出た。


 窓の外はもう暗い。さっきまで先へ続いていた道も、席からは見えなくなっていた。俺はパンをちぎり、汁へ浸して口へ運ぶ。


「明日は、ここで道の食べ物も用意してもらえるって」


 宿の人に聞いた話を伝えると、ニーナは頷き、メアリは日程の紙へ書き足した。水を足し、朝食と荷積みを済ませてから出る。昼ごろにはルーネへ着くつもりで、朝の動きを四人で確かめた。


 そのあと、ロイたちは夜の間、交代で馬と荷の様子を見る順番を相談した。宿の見回りがあっても、預けた荷がどこにあり、誰が戸を開けるかを、俺たちも知っておきたい。


「俺も、朝は先に起きて箱を見るよ」


 言うと、ロイは頷いて、


「馬をつなぐ前に、荷を出せるようにしておいてくれ。こっちも、朝は周りを見てから手伝う」


「分かった」


 隣の卓では、ほかの商人が宿の人と明日の出発について話していた。俺たちとは行き先が違うようだ。食事が済んだら外へ出て、相手の馬がどこに置かれているかも見ておこう。


 町で食べる夕食と同じように、皿は空になった。けれど、このあと向かうのは実家の部屋ではない。


     *


 寝台へ腰を下ろすと、板が少し鳴った。


 ロイは最初の見回りへ行き、部屋には俺だけが残った。鞄から帳面を出し、宿に払った分と、村で売れた品、魔石と牙の仕入れを整理する。


 ルーネの商品は、まだ一つも見ていない。それでも、今日は馬を借り、道を進み、途中の村でも品を売れた。宿へ払った金も、素材を買った金も、その一日の中にある。明日ルーネへ着いたときには、この続きとして、また品を売り、買うことになる。


 控えをしまうと、窓の向こうで馬が短く鼻を鳴らした。


 俺は顔を上げ、しばらく耳を澄ませた。庭では宿の人の声がして、やがて扉の閉まる音がした。荷と馬を預けた場所を、頭の中でもう一度たどる。


 明朝には、あの庭から荷車を出す。


 寝台へ体を横たえると、一日の疲れと、御者台の揺れが、ようやく体の奥へ落ち着いていった。ハッセの夜には、朝になれば村で商品を広げられた。今夜は寝て起きても、まず残りの道を進むのだ。


 俺は枕元へ鞄を置き、明日見るはずの蜂蜜の壺を思い浮かべた。


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