第2章 第24話「次は蜂蜜」
第2章 第24話「次は蜂蜜」
翌朝、庭へ出て、荷馬車の車輪に残った土を落とした。
山道で付いた泥が、木の縁で乾いている。布で拭ってもすぐには取れず、水を少し使って、こびりついたところを柔らかくした。荷台も掃除し、縄が擦れた場所へ指を当てる。
帰ってきた日に大きな傷みは見なかったが、次に荷を載せる前に、もう一度見ておきたかった。
母が洗濯物を抱えて庭へ出てきて、俺の手元を見た。
「昨日まで、荷物を運んでいたのに、今日は掃除なのね」
「次もこれを使うからな。土が付いたまま、また走るのも嫌だし」
「自分のものだと、よく手入れするのね」
「前から、部屋だって片づけてただろ」
母は何も言わず、少し笑って洗濯物を広げ始めた。言い返そうとしたが、納屋から持ってきた道具が庭に散らばっているのを見て、先にそれをまとめた。
掃除を終え、乾かしている荷馬車を眺める。
あの荷台へ、次は何を載せよう。
ハッセでもう一度商売をするなら、暗い色の布を探したい。薬草や茸は、町の店が欲しい量を聞いてから買いに行く。帳面に残した話があるので、何も分からずに出かけるのとは違う。
けれど、最初に村の資料を見たときから、もう一つ気になっている名前があった。
俺は道具をしまい、ルーネのことも聞いてみようと、商業ギルドへ向かった。
*
ヒルデは相談机へ、二つの村の資料を並べてくれた。
ハッセの紙には、昨日話した品と、次に確かめる店が書き込まれている。その隣に置かれたルーネの資料を、俺は引き寄せた。
「蜂蜜と蜜蝋だったな」
「ええ。ちょうど、追加の買い手を探している案内が来ているの」
ヒルデは村から届いた買い付けの情報を開いた。普段から来る商人はいるが、今回まとめて出したい品は、いつもの便だけでは運び切れないという。
「行ったら、その分を買えるのか?」
「今のところは、買い付けに応じられるという案内ね。ほかの商人も見られる情報だから、残っている量は現地で確かめることになるわ」
俺は品目と、案内が届いた日を控えた。ハッセでも、先に来た商人が同じ茸を見ていた。ここで紙を受け取っただけでは、俺の荷にならない。
ヒルデは次に道の資料を広げ、スイーズからルーネへ向かう経路を示した。
「片道一日半か」
「荷車なら、それくらいね。ハッセとは別の谷で、大河の支流沿いにある村よ」
俺は指で道をたどった。行きに一晩使い、帰りにも途中で泊まることになる。村で売って買う時間を入れれば、ハッセと同じ三日間では足りない。
「ハッセより、馬も護衛も長く頼むことになるな」
「ええ。途中で泊まる場所も含めて、計画を立てたいわね」
ヒルデが宿泊について分かる情報を寄せてくれた。俺は名前と場所を控え、ロイたちと道を確かめるときに持っていくことにした。
まだ出発する日は決めない。売る先と、買って運べる品の条件を見てから、必要な日数を考えよう。
*
「蜂蜜なら、買い取ってくれそうな店に、まず話を聞きたい」
俺が言うと、ヒルデは取扱店の案内を出した。
蜂蜜を買い取る店が二軒と、蜜蝋を仕入れる店の案内だった。同じ村から出る品でも、町で使われるところまで同じとは限らない。
「蜜蝋も、まとめて買えるんだな」
「そうね。ただ、どんな状態で渡してもらえるかを確かめてね。町の店でも、使い方によって欲しい品が違うはずだから」
俺は三軒の場所を紙へ書き、往路に持っていく生活物資の情報も見せてもらった。布、針、糸は候補になるが、ハッセで売れたからと同じ量を持っていくつもりはない。
残りの商品で使えるものを考え、買い足す分はまだ空欄にした。
「蜂蜜を買うなら、袋では帰ってこられないよな」
「壺や容器が要るわね。品の値段に容器まで入っているかも、聞いておいた方がいいと思う」
納屋には、昨日返してもらった袋がある。薬草ならまた使えるが、蜂蜜を詰めて持っていくわけにはいかない。
俺は『容器』と書き足した。茸の箱を山道で気にしていた自分が、今度は壺を積もうとしている。
「帰りの荷は、重さも変わるな」
「ええ。馬を頼むときにも、帰りに何を積むか伝えてね」
ヒルデは俺の紙を見て、少し口元を緩めた。
「今度は、荷車を探すところからではないものね」
「買う前は、荷車があればすぐ商売に出られるような気がしてたんだけどな」
「出られたでしょう?」
「出るまでに、ずいぶんやることがあったよ」
そう返すと、彼女も笑った。
机の上には、前より何枚も紙が増えている。それを見て気が重くなるより、次はどこを確かめればいいか分かることが、少し嬉しかった。
*
蜂蜜の店では、奥から出てきた店主へ、ルーネへの買い付けを考えていると伝えた。
店主は棚の壺を二つ出し、蓋を開けて見せてくれる。片方は明るい色で、もう片方は少し濃い。匙で取った見本を比べると、香りにも違いがあった。
「こちらで普段引き取るのは、どんな品ですか?」
「このくらいの品なら扱いやすい。ごみをきちんと除いて、別のものを混ぜずに持ってきてくれ」
店主は一方の壺を指し、少量を味見させてくれた。舌の上に甘さが広がり、そのあとに、さっき蓋を開けたときの香りが残る。
帝都で売られていた蜂蜜を思い出した。同じ棚に並んでいても、値段は全部同じではなかった。今は、その違いを買い付ける側から聞くことになる。
「この品なら、五百グラムで銅二十五枚が買い取りの目安だ。実物を見て決めるから、もっと香りのよい品でも、何でもその値段というわけじゃない」
俺は量と値段を記し、今の店が欲しい量も聞いた。店主は在庫と、食堂やデザートを作る店へ出す分の帳面を見て、百四十キロまでなら引き取りを考えられると言った。今見せてもらった通常品と同じ状態であること、戻ったときに実物を確認することも条件だった。
ルーネの案内にある通常品の買い値は、同じ量で銅十五枚だった。差額は銅十枚。ただし、その分を丸ごと利益にできるわけではない。
店主へ容器のことを尋ねると、中身を量って引き取る値段であり、壺の代金は別だと返事があった。
「こちらで移し替えたら、壺を返してもらうことはできますか?」
「ああ。運んできた壺を渡してくれるなら、それも別に話をするが、今の値段は蜂蜜の分だ」
俺は頷き、紙の端へ線を引いた。中身をいくらで買い、容器にいくら使うかを分けて残す。返してもらえるなら、次の買い付けでも使えるものになる。
壺を荷台へ並べる場面を考えながら、店主が蓋を戻す手を見ていた。
もう一軒の蜂蜜店でも、買い取りの条件を聞いた。こちらも通常品なら五百グラムで銅二十五枚、量は百四十キロまでを考えてもらえる。二軒で合わせて二百八十キロになるが、どんな蜜でもその量を買ってくれるわけではない。店で示された品質と、持ち込む時期を別々に控えた。
*
蜜蝋を扱う店へ行くと、棚の上に、色の違う塊が並んでいた。
何に使う品かを尋ねると、店主は店に並んだ蝋燭を示した。俺がルーネの話をすると、仕入れるときに見るところを、二つの塊を比べながら教えてくれる。
「こちらは、余計なものを除いてある。そっちは、まだ手を掛けるところが多い。どちらでも買えることはあるが、同じ値段では取れないな」
俺は匂いと表面を見せてもらい、混じりものが多い品なら、使える分が減り、作業も増えると聞いた。
「このくらいに揃えたものなら、百グラムで銅七枚だ。量を買うときにも、上に見える一つだけで決めないようにしてくれ」
「はい。村でまとめて見せてもらうときも、分けて確かめます」
案内の買い値と比べ、こちらも店が欲しい量を聞いた。選別を済ませた通常品なら、二十キロまでを見てもらえる。安いというだけで未選別の品を買ったら、町で同じ値を付けてもらえるとは限らない。
ハッセで割れた茸の籠を見て、今回は買わなかったことを思い出した。次の村でも、目の前にあるものを全部引き取る必要はない。自分が売れるものを選んで、残す利益に合わせて買う量を決める。
店を出ると、通りの向こうで、空の壺を積んだ荷車が止まっていた。
俺は少し足を緩めた。袋を十枚重ねても薄いが、壺を十個並べるには、その形を置ける場所が要る。蜂蜜の重さに、壺そのものの重さも加わるのだった。
鞄の中の紙には、村の品名だけでなく、容器と運び方のことが増えている。
明日、ロイたちに道と日数を相談しよう。それから、村と途中の寝床、馬、持っていく品を合わせて考える。
*
帰宅すると、庭の荷馬車は乾いていた。
俺は納屋から空箱を一つ出し、荷台へ置いてみた。まだ壺を買ってはいないので、実際に何個入るかは分からない。それでも、袋を重ねていたところに硬い容器を載せるつもりで見ると、空いている場所の見え方が変わった。
箱を寄せて、隣に旅の荷物を置く余裕を考える。帰りに積む分だけを眺めず、売れ残った商品も一緒に帰ってくるつもりで見た。
出発するまでには、まだ確かめることがある。
俺は箱を納屋へ戻し、机でルーネの紙を開いた。蜂蜜、蜜蝋。その横に三軒の店の名と、聞いてきた条件を書き揃える。
薬草と茸を売った記録の次へ、新しい品のことが並んだ。
村の人が壺の蓋を開けたとき、今日、店で嗅いだのと同じ香りがするだろうか。どんな蜜蝋が出てくるだろう。計算することは増えたが、見に行きたい気持ちも、それと一緒に増えていた。
俺は翌日の相談に持っていく紙をまとめ、その一番上へ、ルーネの道順を重ねた。




