第2章 第23話「往復の商売」
第2章 第23話「往復の商売」
朝食を済ませ、納屋の扉を開けた。
昨日下ろした荷が、棚と壁際に並んでいる。薬草が十袋、茸が十袋。俺は持ち込む店ごとに控えを分け、まず一袋ずつを鞄と箱へ収めた。
全部を自分で抱えて運ぶつもりはない。見せる品を先に持っていき、引き取ってもらえる量が決まってから、残りの荷を運ぼう。
庭には、馬のいない荷馬車があった。町の中へ品を届けるために、また一日分の馬を借りるのももったいない。店の話が済んだら、通りで荷運びをしているところへ寄ることにした。
薬草の袋を鞄に入れ、茸の箱を腕に抱える。納屋の鍵を掛けたとき、箱の中で袋が少し動いた。
俺は抱え方を直した。山道を越えてきたからといって、店へ着く前に雑に扱っていいわけではなかった。
*
薬草の店へ入ると、前に話を聞いた店主が、棚から小さな包みを出していた。
俺に気づくと手を止め、鞄の方へ目を向ける。
「ハッセへ行ってきたのか?」
「はい。昨日戻りました。こちらで見せてもらった草を買ってきたので、見ていただけますか」
案内された台へ袋を置き、口を開けた。店主は中から少し取り、葉と茎を広げて見る。俺はその手元を見ながら、どこの家で買ったか、種類を分けてもらったことを話した。
「別の草は混ぜていないんだな」
「はい。この袋と同じ種類だけです。買った家ごとにも分けてあります」
店主は葉を指先で触り、袋の奥も見た。村の軒下で同じように品を見たときより、返事を待つ時間が長く感じられる。
こちらで聞いた条件に合わせて選んだ。それでも、実際に売るまでは、俺が良いと思っただけの荷だった。
「乾きはいい。余計なものも、そう多くは入っていないな。全部で、どのくらいある?」
「これと同じ量の袋が十です。合わせて二十キロあります」
店主は奥の棚へ目をやり、帳面を開いた。残っている在庫を見てから、こちらへ顔を戻す。
「その量なら引き取れる。ほかの袋も見せてもらって、同じ状態なら、百グラムで銅七枚だ」
一袋なら銀一枚と銅四十枚。十袋で銀十四枚になる。
俺は控えへ値段を書き、残りを今日運んでもよいか尋ねた。店主は頷き、袋は中身を移したあとに返すと言ってくれる。
「次に来るときも、先に量を知らせてくれ。今回買えた分を、毎回同じだけ買うとは限らんからな」
「はい。次の買い付けへ行く前に、伺います」
見せた袋は検品が済むまで店に置き、俺は茸の箱を持って次の店へ向かった。
*
茸を扱う店では、台へ袋の中身を少し広げてもらった。
店主が傘の形を見ている間、俺の目も、割れたところがないか追ってしまう。村で選んだものと同じ形が並ぶと、ようやく息を吐けた。
「山道で、ずいぶん揺れたか?」
「はい。箱を動かさないようにはしたんですが、下りで何度か気になりました」
「この分は、きれいに残っているよ。押し込まずに詰めてあるのもいい」
店主は袋を傾け、底の方まで見た。細かい欠片は少しあったが、大きく崩れたものは見当たらない。
俺はほかの袋も同じように分けて運んだことと、全体の量を伝えた。店主は店の奥にある荷を数えてから、残りも確認したうえで十袋を引き取ると言った。
「この状態なら、前に話した銅九枚でいい。百グラムでな」
「ありがとうございます。ほかの袋も、今日お持ちします」
こちらは十袋で銀十八枚になる。俺は薬草の控えとは別に値段を書き、もう一つ、村で聞いてきたことを尋ねた。
「ハッセでは、割れた茸を別にしている家がありました。そちらも、こちらで扱うことはありますか?」
「料理に使うから、割れていても買う。ただ、粉ばかりのものや、別の種類が混ざったものまで、同じようには買えない」
店主は棚から見本を出し、どのくらいの欠けなら扱えるかを見せてくれた。俺は村で見た籠を思い出し、値段と、引き取れる量を確かめるには実物も必要だと聞いて、紙へ残した。
茸の袋と箱は、残りを運ぶまで店へ預かってもらうことにした。
あの商人が、俺の買わなかった茸を見ていた理由が、少し分かった気がした。
安い品を買うかどうかも、売れる相手と条件が分かっていてこその判断になる。今度村へ行くまでに、相談できることが一つ増えた。
*
店を出てから、町の荷運び屋へ寄った。
手押し車を使って二軒の店へ届けたいと話し、品の量と場所を伝える。半日、人と車を頼む代金は銅二十五枚だった。
俺はその額も控え、男を家へ案内した。薬草から先に載せ、茸は次に運ぶ。帰ってきた袋を置く場所まで空けてから、最初の荷を出した。
薬草の店では、残りの袋も一つずつ開けて見てもらった。中身を広げ、量を確かめ、店の保管用の袋へ移す。十袋分の確認が終わると、店主が帳面へ記し、銀貨を台へ並べた。
俺も枚数を数えて受け取る。村で払った銀八枚が、銀十四枚になって戻ってきた。
続いて茸を運び、そちらの店でも袋ごとに品と量を見てもらった。引き取る品の状態が揃っていることを確認して、銀十八枚を受け取る。
戻った空袋を畳んでいると、男が手押し車の縁を叩いた。
「これで、全部だな」
「はい。ありがとうございました」
代金を払うと、男は空になった車を押していった。
俺の足元には、畳んだ袋と空箱が残っている。昨日まで中にあった品は、二軒の店の奥へ入った。ここから先は、店の人が使う人へ売っていくのだ。
財布へ手を添え、受け取った二つの代金を思い返した。
薬草と茸で銀三十二枚。仕入れに払ったのは、合わせて銀十八枚だった。村で考えていた差額が、今度は実際の記録として帳面へ並んでいる。
俺は空箱を抱え直し、まず家へ戻って、今日の売却までをまとめることにした。
*
午後、商業ギルドでヒルデと向き合った。
彼女は俺が出した控えを見て、薬草と茸の売却額を帳面と照らし合わせる。二つの取引を最後まで見てから、顔を上げた。
「両方とも、引き取ってもらえたのね」
「ああ。村で選んだときの状態で持ってこられた。茸の方は、店で袋を開けるまで、少し心配だったよ」
「山道だものね。運んだあとの品を見てもらえたなら、次の買い付けでも考えやすくなるわ」
俺は下りで箱を直したことも話した。ヒルデは頷き、道中の控えの脇に、積み方についても残しておくよう勧めた。
次に、村で売った布と針と糸の記録を開いた。
売れた品の仕入れ分を引き、残った商品は在庫として分ける。帰り荷の差額へ、往路の売買で残った分を合わせ、三日間に払った費用を並べた。
護衛の基本報酬は、三人で銅四百五十枚。宿と食事、貸し馬と飼料、売り場と町の門で払った分。今日の荷運び代と納屋の使用料も入れ、袋などの荷造りに使ったものの費用も拾っていく。
どれも、控えを見れば思い出せる支払いだった。足して、引いて、もう一度見直す。最後に残った額を見て、俺は机の上へ手を置いた。
「今度は、ちゃんと残った」
港へ行ったときにも利益はあった。けれど、今回は三日間の旅費を払ったうえで、次の仕入れに回せる分を増やせている。
ヒルデも最後の欄を見て、
「行きと帰りの両方で、商売ができたわね」
「うん。同じ馬で、同じ道を帰ってきたけど、荷を下ろしてから今日売るまでがあった。帰り道にも、運んでいるものの値段がずっと頭にあったよ」
「それで、途中で箱を直したのね」
「昨日は無事に着けてほっとしたけど、今日は、店で代金をもらったときに、もう一度ほっとした」
そう言うと、ヒルデが笑った。
「今日は、顔に出ているわ」
「そんなに?」
「昨日より、よく笑っているもの」
言われてみれば、店を出てから、空箱を抱えて歩く足も軽かった。三日間の疲れが消えたわけではないが、運んできたものを買ってもらえたことが、思った以上に嬉しかった。
俺は村で聞いた話も出した。暗い色の布が欲しいという声、袋を分けて薬草を売ってくれた家、形の違う茸を買っていた商人のこと。
ヒルデは話を聞きながら、次に確かめたいところへ印を付けていく。
「ハッセへもう一度行くときは、店が欲しい量と、村で買える量を見て準備しましょう。今日と同じだけ売れると決めてしまわずにね」
「分かってる。店でも、次は先に量を知らせてくれって言われた」
「なら、次につながる話もできたのね」
俺は頷いた。
村の人は、また布を見せてほしいと言った。町の店は、次も品と量を聞かせてくれと言った。どちらも、まだ次の取引を約束したわけではない。それでも、俺がもう一度話をしに行ける相手になっていた。
*
家へ戻り、空袋を納屋へしまった。
昨日、薬草を置いた棚が空いている。茸の箱も軽くなったが、港から戻ったときとは気持ちが違った。
売れ残った布を広げ、村の人に言われた色を思い浮かべる。手元の品だけで足りるか、買い足すなら何を選ぶか。帳面を開くと、そのすぐ前には、今日受け取った代金が書いてあった。
俺は布を畳み、棚へ戻した。
次に出かけるときも、帰りに積めるものと、持ってきた品を売れる先を考えよう。今日しまった袋がまた膨らむところを想像すると、荷造りの手間まで少し楽しみになってくる。
納屋の鍵を掛け、庭の荷馬車へ目を向けた。山道の土が、まだ車輪の間に残っている。
明日は、あれを落としておこう。
俺は次の支度を帳面の端に書き足し、鞄を持って家へ入った。




