第2章 第22話「帰り荷」
第2章 第22話「帰り荷」
宿の庭へ出ると、山の上だけが朝日に照らされていた。
俺はロイと荷を運び、昨日決めた順に荷台へ載せていった。薬草が十袋、干し茸が十袋。買った家ごとの印を見ながら数え、残った布と針と糸の箱を隣へ置く。
行きには空いていたところが、今は埋まっている。最後の箱を持ち上げると、ロイが荷台の上から手を伸ばした。
「こっちへ渡してくれ。袋にぶつけないように置くから」
「頼む。茸の箱は、蓋を閉めても中に余裕があるんだ」
ロイは受け取った箱をゆっくり下ろした。ニーナが反対側で位置を見てくれ、メアリは寝具と食料を、途中で取り出せるところへまとめている。
村で用意してもらった昼の食べ物を受け取り、宿の支払いを済ませた。二晩の泊まりと食事、馬の飼料に払った分を控えへ残す。馬具を付け、縄を締め終えるころには、庭にも日が射し始めていた。
宿の男が荷車の脇へ来て、雨よけの端を見た。
「今日は帰るんだな。山の道は、下りも気をつけてな」
「はい。お世話になりました」
「また来るなら、声を掛けてくれ」
俺は礼を言い、御者台へ上がった。
村を出る途中、昨日、布と糸を買ってくれた女の人に会った。向こうも俺を覚えていて、荷台の方へ目を向ける。
「茸も買っていくんだね」
「はい。町の店へ持っていきます」
「そうかい。今度来るときも、布を見せておくれよ」
いつ来られるかは、まだ決めていない。けれど、もう一度ここで荷を広げる場面は、昨日よりずっとはっきり思い浮かんだ。
「また来るときは、持ってきます」
手を振って別れ、家々の並ぶ道を抜けた。朝の煙が屋根の間から上がり、干し棚のそばでは、もう籠を運ぶ人が働いている。
荷台から漂う草の匂いを感じながら、俺は山へ続く道へ馬を向けた。
*
村を離れると、間もなく道が斜面に沿って曲がり始めた。
来るときに見上げていた坂を、今度は下っていく。俺は傾きが強くなる前に荷車を止め、御者台から下りた。馬の横へ回ると、後ろの車輪が、思ったより高いところに見える。
荷を積んだ車が馬の後ろへ続く様子を見て、下りだから楽に帰れるとは思えなくなった。
手綱を持ち直し、馬の歩みに合わせて進む。ロイは先で道を見て、ニーナは荷車の通るところへ目を配っていた。メアリの声が、後ろから届く。
「後ろの縄も、動いていません」
「ありがとう。曲がるところは、もう少しゆっくり行くよ」
車輪が石を踏むと、木の箱が小さく鳴った。
振り返りたくなるが、今、目を離せる道ではない。俺は前を見たまま、どの箱が動いたか聞いた。ニーナは荷台の縁から中を見て、箱同士が触れただけだと教えてくれる。
それでも、箱の中の茸まで見えたわけではなかった。
昨日は、乾き具合と形を選んで代金を払った。今日の揺れで崩してしまったら、町で袋を開けるときには、違う品になっている。
少し先の広いところまで進み、荷を見直した。
蓋を開けると、袋は元の場所に収まっていた。ひとつの箱が隣へ触れていたので、位置をずらし、縄を掛け直す。朝には庭の平らな地面で眺めていたものを、今度は坂を下りてきたあとの状態で見ることになった。
「少し、時間を使ったな」
俺が蓋を戻すと、ロイは道の先へ目を向けて、
「ここで直せてよかったよ。もう少し下ってからだと、しばらく止めにくい」
「そうだな。次の休憩まで持たせようとして、ずっと気にするよりいいか」
縄を引き、ロイたちの位置を見てから、もう一度進み始めた。
来るときには、帰りに積める量を考えていた。今は、その荷をどう運べば、買ったときの値段を無駄にしないで済むかが気になっている。
馬の横を歩きながら、曲がり角の向こうへ目を向けた。
*
昼の休憩は、行きにも止まった場所で取った。
山の傾きが少し緩くなり、木々の向こうへ空が広がっている。馬を休ませ、四人で食べ物を分けると、ようやく肩の力が抜けた。
俺は腰を下ろし、鞄から昨日の控えを出した。薬草を買った家の印と、袋に付けた印が合っているか、頭の中でもう一度たどる。
「帰ったら、すぐ店へ行くの?」
ニーナがパンを手に聞いた。
「今日は荷を下ろして、馬を返すところまでかな。店に見せるのは、明日にしたい」
「じゃあ、今夜も品を持ってるんだね」
「ああ。納屋へ置いて、朝に持ち込む。どこへ下ろすかも、決めておかないとな」
いつもの棚へ、いつもの商品を戻すだけでは済まない。袋の口を開けずに置ける場所と、茸の箱を重ねずに置ける場所が要る。
メアリが控えへ目を向けて、
「買った家の印も、店の人に見せるんですか?」
「品を見てもらうときは、分けたままにするよ。同じ村で買っても、全部がぴったり同じとは限らないから」
「それなら、どの袋の話か分かりますね」
俺は頷き、紙を鞄へ戻した。
村の人が量るところを一緒に見て、袋を分け、代金を払った。その順番を思い返すと、帳面に書いた数字の横に、昨日会った人の顔が浮かぶ。
ロイは食べ終えた包みを畳みながら、
「茸を見てるとき、ずいぶん聞いていたな」
「町の店で、売れる方だけ見ていたら駄目だって思ったから。買うときにも、同じところを見ておかないと」
「俺には、最初の籠も、あとから見せてもらった籠も同じに見えたよ」
「俺も、店で見せてもらわなかったら迷ったと思う。村で初めて見る薬草は、今回は買ってないし」
ロイは納得したように頷いた。
俺の知らないことを三人が知っていて、三人が知らない品のことは、俺が店で聞いてきた。こうして同じ荷車のそばで食事をしていると、それぞれに仕事があるのだと、朝に荷を載せたときとは違う形で感じた。
水を飲み終え、残りの食べ物をしまう。ニーナが道の方へ先に立ち、俺も馬のそばへ戻った。
*
午後、山を離れてからは、御者台へ戻れる道が増えた。
馬の歩みが落ち着き、荷台の音も、来るときに覚えた調子へ近づいていく。畑の向こうにスイーズの城壁が見えたときには、思わず背筋が伸びた。
「見えた」
俺が言うより先に、ニーナが前を指していた。ロイも顔を上げ、メアリは荷車の後ろから、少し横へ寄って門の方を見る。
まだ、下ろすまでが残っている。
そう思いながらも、見慣れた壁が近づいてくると、三日間ずっと気に掛けていた時間を、ようやく町の暮らしへ戻せる気がした。
門では書類と荷の確認を受け、入市税を払った。村から持ち帰った薬草と茸のことを伝え、通してもらう。石畳へ入ると、それまでとは違う音が御者台まで響いた。
家へ着いたのは、窓に灯りがともる前だった。
母は庭へ出てきて、俺たちの顔を見てから、荷台へ目を向けた。
「おかえり。今日は、荷物が多いのね」
「ただいま。村で買ってきたんだ。薬草と茸」
「あら。無事に買えたのね」
母の言葉を聞いて、ようやく、ここまで運べたのだという気持ちになった。
俺は納屋の扉を開け、乾いた棚へ薬草の袋を置いた。茸を入れた箱は重ねずに並べ、残った布や縫い物の道具は、前の場所へ戻す。
最後に二十袋分の印を控えと見比べる。荷台の奥に置いた道具も下ろし終えると、ロイが箱を押さえていた手を離した。
「今度は、棚にちゃんと荷が並んだな」
「ああ。帰ってきてから下ろす荷があると、こんなに違うんだな」
港から戻ったときには、空いた棚が目についた。今日は、箱を置くために、俺の方が一歩下がって場所を空けている。
袋から乾いた草の匂いがして、家の納屋へハッセの軒先を運んできたように感じられた。
*
馬を返し、冒険者ギルドで三日間の依頼の完了を確認した。
貸し馬屋には、山道で何度か休ませ、帰りの荷も途中で締め直したことを話した。馬と馬具を見てもらい、返却を済ませる。冒険者ギルドでは、ロイたちと道中の様子を伝え、預けておいた護衛料の受け取りも済ませてもらった。
外へ出ると、三人の手にも、それぞれ自分の荷物だけが残っていた。
「三日間、ありがとう。朝から荷を下ろすところまで、助かったよ」
俺が言うと、ロイは鞄を肩へ掛け直して、
「こっちも、無事に戻れてよかった。品が売れるといいな」
「それは、明日ちゃんとやってくる」
「じゃあ、その話も今度聞かせてね」
ニーナに返事をし、メアリにも礼を言って別れた。村で買ったものを運んできた仕事は、三人とここで終わる。俺には、もう一つ売る仕事が残っていた。
商業ギルドへ寄ると、ヒルデは受付の書類を片づけているところだった。
戻ったことを伝えると、彼女の手が止まり、すぐにこちらへ顔を向ける。
「予定どおりね。四人とも、怪我はない?」
「ああ。馬も返して、仕事の完了も済ませた。薬草と茸は、納屋まで運べたよ」
ヒルデは頷き、それから少し笑った。
「今度は、帰りの荷を買えたのね」
「うん。町で聞いた条件に合うものを選んできた。明日、店へ持っていく」
「分かった。実際に引き取ってもらえた値段も、残しておいてね。村で聞いた話は、そのあとで聞かせて」
「暗い色の布が欲しいって言われたのも、書いてある」
「なら、次に持っていく品も考えられそうね」
受付を閉める支度の途中だったので、今日はそこまでにした。ヒルデへ手を上げて通りへ出ると、家々の窓には、さっきより明かりが増えている。
帰宅して鞄を置き、納屋の戸締まりを見た。
明日、店へ持っていく順に置いた箱と袋が、夕方に下ろした場所で待っている。買った家の印も、どの袋を先に見せるかも、今はよく覚えていた。
控えを帳面の間へ挟み、机の上に置く。
袋を開けた店の人が、どんな顔をするだろう。値段を決めて代金を受け取れたら、あの納屋の荷が、また次の商売へ使える金になる。
俺は鞄へ明日の用意をまとめ、食卓から呼ぶ母の声に返事をした。




