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大商人の軌跡  作者: なるみくん
第2章「独立」
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第2章 第21話「買う商人」

第2章 第21話「買う商人」


 朝、窓の外から聞こえてきた話し声で目が覚めた。


 隣の寝台では、ロイがもう起きていた。腰掛けて靴の紐を結んでいるところへ、俺も足を下ろす。昨日歩いた坂のせいか、立ち上がるとふくらはぎが少し張った。


「足、どうですか?」


「村が平らで助かったと思ってる」


 ロイは笑い、結び終えた紐を軽く引いた。俺も身支度をして外へ出ると、宿の脇で、馬が飼料を食べていた。預けた荷車と馬の様子を見てから食堂へ向かう。


 ニーナとメアリは先に席についていた。温かい汁物の湯気を見た途端、腹が鳴る。


「今日は売り場の方が疲れるんだっけ?」


 ニーナが昨日の話を持ち出したので、俺は椅子を引きながら、


「まだ朝だから、答えは夕方まで待ってくれ」


「じゃあ、夕方に聞くね」


 忘れてくれそうにない返事だった。


 食事のあと、宿の男に教わった場所へ商品を運んだ。必要な手続きを済ませ、布を広げる台を借りる。荷車は宿へ置き、売る分だけ箱で持ってきた。


 家の間から射す朝日が、並べた糸の巻を照らしている。港では大きな市場の一角だったが、ここでは通りを歩く人の顔が、すぐ近くに見えた。


     *


 最初に足を止めたのは、籠を腕に掛けた女の人だった。


 布を手に取り、端を指で揉んでから、俺へ目を向ける。


「これは丈夫そうだね。膝のところを繕うのに使いたいんだけど、少しでも切ってくれるかい?」


「はい。必要な長さを言ってもらえれば」


 俺は布を広げ、どのくらい欲しいかを聞いた。糸も見たいと言われたので、色を並べて見せる。女の人は二つの巻を比べ、布の上へ置いてから一つを選んだ。


「糸は、これが銅五枚?」


「はい。針は一本、銅二枚です」


「針なら、向こうの人も持ってきていたよ」


 指された先には、別の商人の荷があった。昨日、宿で場所を聞いたときにも、ほかに来ている商人がいるとは聞いていた。ここへ着けば俺の品だけが売れるわけではない。


 女の人は針を一本手に取り、穴のところを日にかざした。


「この穴なら、家の糸も通せそうだ。一本もらおうか」


 代金を受け取り、布と糸をまとめる。そのあとも、糸だけ買う人、布の値段を聞いて帰る人が続いた。次に来るときは、もっと暗い色の布が欲しいと言う人もいる。


 俺は帳面の余白へ書き留めた。今日持っていない品を欲しがられても、今から箱の中へ増やすことはできない。それでも、次の仕入れには使える話だった。


 昼が近づくころ、年配の商人が俺の台へ寄ってきた。


 向こうで品を売っていた男だった。並んだ布を見てから、俺へ顔を向ける。


「スイーズからか?」


「はい。アッシュといいます。こちらへ来るのは初めてです」


「そうか。針と糸は、俺も売っている」


 男は俺の台の端へ目をやった。そこには、値段を書いた紙が置いてある。


 一瞬、何と返そうか迷った。けれど、隠すような値段ではない。俺は男を見て、


「売り場が近くなりましたね」


「狭い村だからな。帰りには何を積む?」


「薬草と茸を、見せてもらおうと思っています」


「なら、品は早めに見た方がいい。俺も午後には買い付ける」


 男はそれだけ言い、自分の荷へ戻っていった。


 嫌な言い方ではなかったが、遠慮して俺に残しておいてくれる様子でもなかった。買い付けの案内を受け取ったのは、俺一人ではないのだ。


 客足が途切れたところで、残った商品を箱へ戻した。布も針もまだある。売れなかった分を数えてから、ロイと宿へ運ぶ。ニーナたちと昼の食事を取りながら、午後は村の品を見て回ると話した。


「今度は、アッシュがお金を払う方だね」


「ああ。帰りの荷を買いに来たんだからな」


 財布を確かめる手に、少し力が入った。


     *


 宿の男に紹介された家へ行くと、軒の下に乾燥させた薬草の袋が並んでいた。


 籠を片づけていた女の人に声を掛け、買い付けに来たことを伝える。袋を開けてもらうと、乾いた葉の匂いが立った。


 俺はスイーズの店で教わった品と、紙に残した特徴を照らし合わせた。葉の形を見て、茎の混じり方を確かめる。触れてよいか聞いてから少し取ると、指先で乾いた音がした。


「この袋は、同じ草だけですか?」


「ああ。違うものは分けてあるよ。そっちの袋は別の草だ」


 示された方も見せてもらったが、そちらは俺が店で確かめた品ではなかった。名前は控えても、今の自分で買い値を決められるものには入れない。


 一袋に二キロずつ詰めることにして、袋自体の重さを引いて量ってもらう。町の店では百グラムごとの値段を聞いてきたので、買う量に合わせて計算した。


「この分け方で、一袋、銅八十枚なら買いたいんですが」


 女の人は袋へ目を落とし、少し考えてから、


「袋は返してもらえるのかい? それも渡すとなると、この値段では困るよ」


「自分の袋へ移します。こちらの袋は置いていきます」


「それならいいよ。量るところは、一緒に見ておくれ」


 俺は頷き、持ってきた袋を広げた。


 町で売る値段と比べるだけなら、計算は難しくない。けれど、袋を誰が用意するか、どの状態のものを何袋受け取るかまで決めて、ようやく支払う額が決まる。


 秤の釣り合うところを二人で見て、品を移した。代金を数えて渡すと、女の人も硬貨を確かめ、空いた袋を畳んでいく。


「まだ買うなら、隣でも同じ草を干しているよ。うちの分と混ぜる前に、見せてもらいな」


「ありがとうございます。別に見てから買います」


 ロイに袋を運んでもらい、俺は次の家へ向かった。


     *


 干し茸を見せてもらった家では、男が二つの籠を並べていた。


 片方には形の揃ったものがあり、もう片方には欠けたものが多い。俺は町の店で見た品を思い出し、まず形の揃った方から確かめた。


「こっちは、割れたものを分けたあとですか?」


「そうだ。運ぶ間にも欠けるからな。割れた方も食べられるが、同じ値段にはならん」


 男は籠を少し寄せ、俺に中を見せた。大きな傘だけ見て決めず、下の方も確かめる。町の店で扱う種類か、乾き具合はどうか。俺が一つずつ聞くと、男も隠さず答えてくれた。


「これなら、一袋をこの量にして、銅百枚で買いたいです」


 薬草と同じ重さに揃える条件で話すと、男は割れた茸の籠へ手を置いた。


「こちらも一緒に引き取ってくれれば助かるんだが。さっきの商人は、混ぜたままなら一袋、銅八十枚だと言っていた」


 俺は二つの籠を見比べた。


 安く仕入れられても、町で形の揃った品と同じ値段では引き取ってもらえない。店で聞いた条件を紙で確かめ、どちらをどれだけ運ぶか考える。


「今回は、こちらだけ買わせてください。分ける手間は掛かりますが、その分、この値段で引き取ります」


「割れた方は買わないんだな?」


「はい。持ち込む店で、こちらの品なら扱うと聞いています。割れた方も買えるかは、戻ってから聞いておきたいです」


 男は頷き、形の揃った茸を量り始めた。


 町の店は、実物を見て値段を決めると言っていた。まだ売買の約束ができているわけではない。それでも、何を持っていけば話ができるかは聞いてきた。


 俺は量り終えた茸を受け取り、袋へ詰めるときに押し込まないよう、ロイにも声を掛けた。


 そこへ、さっきの商人がやってきた。


 俺の袋と残った籠を見て、男が足を止める。俺は挨拶をし、こちらの品を買わせてもらったと伝えた。


「いい方を選んだか」


「はい。今回は、町で話を聞けたものを」


「なら、帰りに割るなよ。いい値で買った分まで、道で落とすことになる」


 商人は村の男へ向き直り、残った茸を見せてくれと言った。


 俺は礼を言い、袋を抱えて外へ出た。背中の方で、二人が量と値段の話をしている。あの商人には、俺とは違う売り先があるのかもしれない。


 俺が買わなかった品にも、次の話が始まっていた。


     *


 午後、ほかの家でも品を見せてもらい、宿へ戻るころには、薬草と干し茸をそれぞれ十袋買っていた。


 全部を同じ袋に混ぜず、買った家ごとに印を付ける。途中で品質に違いが見つかったとき、どこで買った品か分からなくなるのは困る。


 帳面の仕入れ欄には、薬草が銀八枚、茸が銀十枚と並んだ。


 町で聞いた値段で全部引き取ってもらえれば、売買の差額は合わせて銀十四枚になる。ただし、まだ村にある荷だ。三日間の護衛料も、宿代も馬代も、そこから出ていく。


 俺は計算の脇へ、売れ残った布と針と糸も書いた。今日受け取った代金と、今払った代金を数え直し、明日使う金を分けてしまう。


 外へ出ると、ニーナが荷台の箱を動かしていた。


「茸は、上の方でいい?」


「うん。重い箱を載せないで、袋が動かないようにしたい」


 四人で置き方を試し、空いた箱には茸の袋を余裕を残して収めた。薬草と分け、残った商品も横へ置く。積む順を決めてから、荷は夜の間しまっておく場所へ戻した。


 明日の朝に積み直せるよう、縄と雨よけも揃える。馬に目をやると、昨日と同じ焦げ茶色の背が、夕日の中にあった。


「そういえば、今日の答えは?」


 ニーナが聞くので、俺は最後の袋を持ち上げながら、


「売るだけなら、昨日の坂の方が疲れた。でも、買った荷をここまで運ぶ分も足すと、今日はなかなか手強い」


「じゃあ、明日はもっと手強いね。その荷を積んで、坂を帰るんだから」


 俺が返事に詰まると、メアリが笑いながら袋の反対側を持ってくれた。


「今日は、先に夕食を食べましょう」


「そうしよう。明日の坂を上る分まで、食べておきたい」


 ロイも頷き、空いた箱を持って立ち上がった。


 品をしまい、買い付けの控えを鞄へ入れる。宿の戸を閉める前に振り返ると、薬草と茸の袋が、壁際に並んでいた。


 港から戻ったときには、小さな見本だけだった。今度は、あの袋を自分の荷馬車で町へ運ぶ。


 店の人が袋を開けたとき、今日俺が見たものと同じ品を見せたい。俺は茸を収めた箱の蓋をもう一度確かめ、三人と夕食の席へ向かった。


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