第2章 第19話「泊まりの支度」
第2章 第19話「泊まりの支度」
家へ戻ると、鞄を置く前に納屋の戸を開けた。
棚には、港から持ち帰った布と針と糸が残っている。俺は布を広げ、商業ギルドで聞いた村の暮らしを思い浮かべながら、持っていくものを選んだ。針と糸は包みを確かめてから同じ箱へ戻し、買い足す分を紙へ書く。
庭の荷馬車へ箱を載せると、荷台にはまだ余裕があった。そこへ帰りに買う薬草や干し茸の袋を置くつもりで、空の箱も動かしてみる。
港へ行く前には、持っていく商品がきちんと収まれば、それでひとつ支度が済んだ気になれた。今はその横に、四人分の食べ物と、泊まりの荷物を置く場所も欲しい。
俺は箱を納屋へ戻し、道の資料を持って冒険者ギルドへ向かった。
*
受付でロイたちに相談したいと伝えると、三人は奥で依頼の報告をしているところだった。少し待っていると、先に俺を見つけたニーナが手を上げて、
「もう次の行き先が決まった?」
「候補はハッセ。三人に道を見てもらってから、決めたい」
空いた卓へ移り、紙を広げた。ロイが隣へ座り、メアリは鞄から筆記具を出す。
「丸一日かかるから、行った日に全部売って買って、そのまま戻るのは無理だと思う。村で一日使って、次の日に帰るつもりなんだ」
「三日で、村には二晩ですね」
ロイに頷き、翌々日の朝に出たいと話した。ニーナが三人の予定を確かめ、それから道の紙へ目を落とす。
「後半は山道だね。峠を越えて、もっと奥へ行く予定は?」
「ない。今回はハッセまで。村で買えるものを見て戻る」
ロイは経路を指でたどり、受付で新しい情報を聞こうと言った。三人もその道のすべてを知っているわけではない。俺たちは一緒に受付へ戻り、荷馬車でハッセまで行く予定を伝えた。
最近の通行の様子と魔物の報告を聞き、道から外れずに村へ向かう経路を確かめる。山へ採取に入るつもりはなく、荷車が通る道を使う。それでも、道の脇まで何も出ないと約束してもらえるわけではなかった。
話を聞いたあと、ロイは三人で短く相談してから俺へ向き直り、
「この経路なら、俺たちで引き受けます。ただ、遅れたときに、暗くなってから無理に進むことは避けたいです」
「ああ。馬が進みにくいところで、急がせるつもりはない。予定が変わりそうなら、そのときに相談しよう」
「山道では、馬車の後ろも気にしてね。平らな道より、すぐ横へ避けられないところがあるから」
ニーナの言葉を聞き、馬の手綱を握っていた帰り道を思い出した。前が空いているだけで進めると思わず、三人が動ける場所も見なければならない。
卓へ戻ると、泊まる場所と食事の話になった。
「食べ物は、今回も俺が用意する。村の宿で食べる分と、道で食べる分に分けたいんだけど」
「それなら、途中で食べるものは傷みにくい方がいいね。パンだけ、三日分をまとめて持つ?」
「帰る日の分は村で用意できるか、聞いてみる。まず行きの分と、少し余分に持とうと思ってる」
ニーナは頷き、メアリは紙に書きながら顔を上げて、
「水も、宿で足せるか確かめたいです。馬の分もあるので」
「ああ。人が寝られるだけで決めない方がいいな」
四人の寝床、馬を休ませる場所、飼料、それに荷車と商品の置き場。聞いておくことを並べるうちに、宿の名だけ知っていても足りないと分かった。
ニーナが自分の帳面を寄せ、護衛の報酬も確かめた。食事を俺が用意する条件は前と同じで、今度は三日分になる。宿泊に必要な費用も俺の支出へ入れ、帰りの仕入れに使う金を残せるか考える。
「村で売れた分だけを当てにすると、着いてから困りそうだな」
俺が言うと、ニーナは紙の余白を指し、
「宿へ払う分まで商品にしちゃったら、売れるまで寝床が決まらないよ」
「それは困る」
メアリも小さく笑った。俺は別に持つ金を書き分け、宿について確かめてから、翌日ここで正式な手続きをすることにした。
*
その足で商業ギルドへ寄り、ヒルデへ三人の返事を伝えた。
彼女はハッセの資料から、商人が使う宿の案内を出してくれた。馬を預けられ、荷車を置く場所もある。飼料や食事について分かることを聞き、二晩の費用を見積もっていく。
「泊まれるところはあるんだな」
「ええ。ただ、着いた日に部屋が全部空いているとまでは分からないわ。村へ着いたら、売り場を探す前に宿の人へ相談するといいと思う」
「荷物を置く場所も、そのときに確かめるよ」
俺は宿の名前と場所を書き留めた。空き具合によっては、四人が同じように部屋を取れるとは限らない。ロイたちにも、明日この話をしておこう。
生活物資の情報ももう一度見せてもらい、買い足す商品を絞った。残っている布を使い、針と糸を少し増やす。帰りに買う品と旅の支度に使う金を分けてから、行きの仕入れへ回せる分を決めた。
ヒルデは俺が書いた日程を見て、
「帰る予定は、出発した日から三日目ね」
「ああ。村で一日使うつもりだ」
「分かった。戻ったら、今回も話を聞かせて」
「もちろん。今度は、帰りの箱も空じゃないといいんだけど」
「何を見て、どう選んだかもね」
その言葉に、港で干し葡萄の袋を前に迷ったことを思い出した。今回は買うつもりで行く。それでも、箱を埋めるために品を選ぶわけにはいかない。
俺は宿の紙を鞄へ入れ、貸し馬屋へ向かった。
*
山道を含む三日間の行き先を話すと、貸し馬屋の男は荷車と荷の量を見てから馬を決めたいと言った。翌日の午前に来てもらう約束をし、借りる期間と戻った日の扱いを確かめる。
前の一日と同じように、馬を返す時間まで考えておく必要があった。帰りが遅れた場合の連絡や支払いも聞き、帳面へ残した。
翌朝、男が庭へ来たときには、持っていく箱と旅の荷物を荷台へ並べていた。
商品の箱、食料の包み、水の容器、敷くものと掛けるもの。男はそれぞれの重さを確かめ、帰りに積むつもりの袋の量も聞いた。俺が答えると、荷台を覗き込んで、
「空いているところを全部埋めるつもりではいかんぞ。山道を帰ってくるんだからな」
「はい。買ったものを積む前にも、重さを確かめます」
「それでいい。荷は低く、片側へ寄せずに積んでくれ」
男に見てもらいながら箱を動かし、雨よけを掛ける場所を確かめた。薬草や干し茸は濡らしたくない。袋に入っているから大丈夫と考えず、上から水が入らない置き方にする。
馬は山道を含むこの行程に使えるものを選んでもらい、出発日の明け方に連れてきてもらうことになった。
そのあとで商品を買い足し、冒険者ギルドへ向かった。ロイたちへ宿の案内を見せ、四人と馬の費用を確かめたうえで、三日間の護衛を正式に頼む。報酬の手続きは前と同じようにギルドを通した。
集合は、前回と同じく俺の家の庭にした。メアリが書いていた道順をしまい、ニーナは俺へ目を向けて、
「じゃあ、明日の朝。着いたら寝る支度もあるから、毛布は出しやすいところにしてね」
「分かった。商品の下には入れないようにする」
「商品を積んで、自分の毛布だけ置いてこないでよ」
思わず鞄の中を考えると、ロイまで笑っていた。
*
夕方、納屋から商品を運び、縄を掛け終えるころには、庭へ長い影が伸びていた。
俺は馬のいない荷車を回って、箱の動かないことを確かめた。食料と水は取り出しやすいところへ置き、剣は明朝、自分で持つ。仕入れの紙と帳面を鞄へ入れ、その上に宿の案内を重ねた。
母が戸口から呼び、荷台へ載せていない小さな包みを持ち上げて、
「これは、明日の朝でいいの?」
「うん。朝に食べる分だから」
「分かった。食べずに出ていかないようにね」
俺は返事をし、荷を覆う布へ手を伸ばした。港へ出た日は、ここで四人が朝食を取った。今度も同じ庭から、同じ三人と出ていく。
けれど、帰ってくるのはその日の夕方ではない。
明日の夜はいつもの部屋にいないのだと思うと、納屋の鍵を掛ける手が少し止まった。ハッセでどんな品を見られるのかは楽しみだったが、まだ通ったことのない山道も、二晩を過ごす宿も、紙の上で知っているだけだった。
窓の明かりが庭へ落ちている。俺は鍵をしまい、明日の朝、三人と一緒に座る場所を確かめてから家へ入った。




