第2章 第17話「売上と利益」
第2章 第17話「売上と利益」
翌朝、帳面を開くと、昨日の字が少しばかり乱れていた。
市場で客を待たせないように書いたところと、帰ってから書き足したところでは、筆の運びまで違う。読めるうちに控えと照らし合わせ、売れた品と残った品を確かめた。
三人から買い取った魔物の牙も、仕入れの欄にある。まだ売っていないので、納屋にある在庫として分けておいた。
売上から、売れた分の仕入代を引く。続いて、馬、護衛、食事、門で払ったもの、市場の場所代を合わせる。先に払っておいた分も、昨日の財布から出した分も、同じ一日の費用だった。
最後に残った数字を見て、俺は筆を止めた。
利益は出ている。けれど、市場で代金を受け取るたびに感じていた手応えと比べると、ずっと小さかった。
客の籠へ収めた布や、空きのできた糸の箱を思い出す。あれだけ買ってもらえて、この額かと思うと、もう一度足し直したくなった。
確かめても、結果は変わらなかった。
俺は控えをまとめ、納屋から干し葡萄の見本を取ってきた。紙と一緒に鞄へ収めてから、庭の荷馬車へ目を向ける。昨日は朝から馬がいた場所が、今日は空いていた。
*
商業ギルドへ着くと、ヒルデが相談机を空けてくれた。
鞄から帳面と控えを出し、昨日の商売を順に話す。客が布を何に使うと言っていたか、針の包みを置き直したあとに足を止めてもらえたこと。ヒルデは記録を見ながら聞き、売れ残った品のところへ指を置いて、
「これは、納屋へ戻してあるのね」
「ああ。傷んでいないし、次にも出せる」
「なら、残っている量と仕入れた値段は、そのまま分かるようにしておきましょう。次に売った分と混ざると、昨日の結果も見にくくなるから」
俺は残りの品を書いた紙を隣へ寄せた。港で買った見本も別にしてあると伝え、三人から牙を買い取った記録も見せる。
「素材は、ギルドの買取額と同じ値段で買った。今は納屋に置いてある」
「それなら、そちらも売り先と、買ってもらえる条件を調べましょう。売れたときに、仕入れた額との差を確かめられるようにしておいてね」
俺は頷き、売上と費用をまとめたところを開いた。
ヒルデは控えを一つずつ確かめ、俺の計算と見比べた。
「記録は揃っているわね。門で払った分も、帰りまで書いてある」
「昨日のうちにまとめてよかった。今朝、鞄から紙を出して探してたら、分からなくなりそうだった」
「港で聞いた値段まで、一緒に入っているものね」
彼女は小さく笑ってから、費用の紙を帳面の脇へ置いた。
俺は合計のところへ目を戻し、
「思ったより、残らなかった」
「売っているときには、そう感じなかった?」
「ああ。代金を数えてると、よく売れたって思ってた。布も大半がなくなったし」
商会でも、売上と利益は分けて見ていた。仕入代も費用も、引けば残るものが変わる。それを知ったうえで出かけたのに、昨日の俺は、客が渡してくれる硬貨に気持ちを持っていかれていた。
自分で選んだ商品が売れることは、思っていた以上に嬉しかったのだ。
「昨日払った分だけを見ると、もっと残って見えるな。馬も護衛も、先に払っていたから」
「そうね。次の仕入れに使えるお金を考えるときも、現金と残っている品は分けて見た方がいいわ」
ヒルデは机に広がった紙を揃え、俺へ戻してくれた。
「荷馬車や道具を揃えた支払いも、記録は残しておいて。出かけるたびの費用と分けて、これから使い続けるものとして考えましょう。納屋の使用料や、今後の修繕もあるから」
「商売の金が増えたかどうかは、そこまで見ないと分からないか」
「ええ。一度売れたあとも、続けられるかを見るために」
俺は紙を受け取り、帳面の間へ挟んだ。机の上には、昨日の客から受け取った代金も、今日まだ売っていない品も、一緒に記録として並んでいる。
その中から、自分が次に使えるものを確かめる。商会にいた頃とは、数字を見るときの重さが違っていた。
*
「もっと残すなら、何を変えるか、か」
俺が呟くと、ヒルデは港へ行く計画を書いた紙を開いた。出発前に二人で費用を並べたものだ。
馬や護衛など、出かけるための費用は、見込みと大きく違っていなかった。買った布も、考えていた値段で売れている。
「三人の護衛は、いてくれてよかった。馬も必要だったし、門と市場では、払うものを払った」
「ええ。道中の話も聞いたから、そこを減らして考えるのは難しいわね」
「同じ品をもっと積めば、売る分は増やせる。でも、昨日より多くても売れたかは分からない」
紙の上で、行きの荷を書いたところから、帰りの買い付けへ目を移した。
そこには、見本の小包があるだけだった。
港を出てからスイーズへ戻る間も、馬を借りていて、三人は周りを見てくれていた。帰りの荷台が軽くても、その仕事が半分になるわけではない。
「帰りに運ぶ品を、ちゃんと用意しておきたかったな」
ヒルデは頷いて、
「何を買うかと、それを誰に渡すかまで、次は出かける前に考えられそう?」
「ああ。港の売値だけ調べて、こっちの店が買う値段を確かめてなかった。そこが埋まっていれば、もっと選べたと思う」
俺は干し葡萄の包みを出し、その横へ問屋で書いた紙を置いた。
ヒルデは包みを見てから、袋で買う場合の量を確かめる。相場の資料も出してくれたが、そこにある値段と、この品を引き取ってもらえる条件は、分けて聞く必要があった。
「買ってもらうなら、品の状態、量、値段、いつ届けるかも話しておくといいわね。継続して入れたい店か、今ある分で足りている店かでも違うでしょう」
「今日、見本を持っていってみるよ」
「ええ。聞いた条件を残しておいて。港の問屋にも、次に買うときの値段をもう一度確かめてね」
俺は頷き、町の中で見ておいた店の場所を話した。ヒルデはその店へ向かう通りを確かめ、別の候補にできる店があることも教えてくれた。
机へ広げた紙に、帰ってから調べる先が増えていく。
「行きと帰りの両方に荷があれば、同じ一日でも、もっと商売ができるな」
「そうね。積む量が増えたら、税や馬の負担も確かめること。帰り道に載せる品にも、運ぶ費用は掛かるから」
「そこまで含めて、残るものを選ぶ」
今度は、空いた荷台を埋めるところだけを考えずに済みそうだった。
*
ヒルデは資料を片づけながら、村についての紙も出してくれた。
「前に見た、こちらも候補に残しておけるわ。行きに生活に要る品を運び、帰りに産物を買う形なら、港とは違う組み合わせになるから」
ハッセとルーネの名が見えた。薬草と干し茸、蜂蜜と蜜蝋。最初の行き先を決めるときにも気になった品だった。
「ハッセは、後半が山道だったな」
「ええ。泊まる支度も必要になるし、道の状況と、三人が引き受けられるかは改めて確かめましょう。買い付けた品を、スイーズでどう売るかも先に」
俺は紙を受け取り、港の記録とは分けて収めた。遠くへ行けば、その分だけ費用も時間も変わる。昨日一日を動かしてみたあとでは、その欄を見るだけで、考えることが増えていた。
「まず、今日の店を回ってみる。村の方も、売り先を調べてから相談したい」
「分かった。こちらでも、今使える情報を揃えておくわ」
帰る支度をしていると、ヒルデが俺の顔を見て、
「昨日、最初のお客さんの話をしていたときは、楽しそうだったわね」
「ああ。最初に買ってもらえたときは、やっぱり嬉しかったよ」
「なら、その話も忘れずに持っておいて。何を見せたら買ってもらえたかは、次にも使えるでしょう」
俺は帳面の端へ目を落とした。売れた数だけでなく、前掛けに使うと言われたことや、薄い布を求めた客がいたことも書き足してある。
「そうだな。計算したあとでも、あの布が売れたことは変わらないか」
ヒルデは小さく笑い、
「ええ。次は、その経験も使って考えましょう」
*
ギルドを出たあと、干した果物を扱う店へ向かった。
前に売値を確かめたときには、棚の品を見て帰った。今日は包みを出し、港で見た荷を運んでくる場合、買い取りを考えてもらえるか尋ねる。
店主は品を見てから、店の奥に置いた袋へ目を向けた。
「今はまだ、こっちの荷がある。その品なら見ておけるが、持ってきた分を全部引き取れるとは言えないな」
「はい。自分も、量を決める前に条件を伺いたくて来ました」
欲しい量や、受け取るときに確かめるところを聞く。店主は小包の葡萄を手に取り、袋で届く品も同じ状態なのかと尋ねた。
俺は問屋で確かめたことを答え、入荷のたびに品を見直すつもりだと伝えた。値段についても話を聞き、次に相談するときは、量と届けられる日を合わせて知らせることにした。
店を出てから、帳面へ書き留める。
客へ売る値段の横に、俺から買う場合の条件が増えた。すぐに荷を買いに戻れるほど話が付いたわけではないが、昨日まで空いていたところへ、ようやく文字が入っている。
その紙を干し葡萄の包みと一緒にしまった。今日聞いた条件を港の記録と合わせ、運ぶ費用を入れて見てみよう。
歩き出すと、ギルドでもらった村の資料が、鞄の中で小さく鳴った。
次に荷を選ぶときには、行き先へ運んで終わりにはしない。帰ってくる荷を誰が使うのかも、先に考えよう。
俺はもう一軒、話を聞けそうな店へ向かうために、通りの角を曲がった。




