第2章 第10話「最初の行商先」
第2章 第10話「最初の行商先」
商業ギルドへ着くと、相談机に置かれた資料が目に入った。
受付にいたヒルデへ声を掛け、三人の冒険者と話せたことを伝える。彼女は仕事を片づけてからこちらへ来て、俺が広げた紙を覗き込んだ。
「ロイ、ニーナ、メアリ……この三人ね」
「ロイが剣で前に出て、ニーナが周りを見るのと弓。メアリが治癒を使う。まだ新人だから、危ない峠や森の奥は引き受けられないって」
「できる範囲を、先に話してくれたのね」
「ああ。俺も、剣では戦力になれないって伝えた。風のことも話してきたよ」
報酬と食事の条件、行き先が決まったら改めて依頼することを話すと、ヒルデは頷き、昨日渡してくれた資料へ手を伸ばして、
「それなら、今度はどこへ行くか考えましょう」
俺は三人の名前を書いた紙を横へ寄せた。空欄だった行き先へ、今日こそ何かを書きたい。まだどの候補も、自分で商品を運んだことのある場所ではなかった。
*
資料には、近場の商売先と、村へ向かう道についての情報が並んでいた。
ハッセでは薬草や干し茸、ルーネでは蜂蜜や蜜蝋が扱われている。生活に要る品を持っていき、村の産物を買って帰るなら、往復に荷を作れるかもしれない。
品の名前を見ているだけなら、どちらも気になった。帝都の商会で扱うものを見ていても、産地でどう集められるのかまでは、知らないことが多い。
けれど、次に道と日数を見ると、すぐに荷を積んで出かける気にはなれなかった。
「ハッセは、行くだけで丸一日か。後半が山道なんだな」
「ええ。近く見えても、平らな道だけではないわ。馬も荷車も、町の中とは違う扱いになるから」
「ルーネは一日半。どちらも泊まる準備が要るな」
ヒルデは村の情報を隠すことなく見せてくれたが、俺が指で道を追うと、途中で確かめるべき場所も教えてくれた。今の俺には、馬を借りて一日動くこと自体、まだ経験がない。三人にも経路を見てもらわなければ、頼めるかどうか分からなかった。
「いつか行ってみたいけど、最初に行くなら、もう少し近いところがいい」
「だったら、こちらも見て」
ヒルデが示した紙には、スイーネ港の名があった。大河を下った先、海の船と川船の荷が行き来する港町だ。
「港なら、荷車でも移動の往復は半日ほどでできるわ。もちろん、荷を積んだ量や道の様子で変わるけれど」
「朝に出れば、売る時間も取って、その日のうちに戻れそうだな」
「ええ。買い付けもするなら、帰りに使える時間を先に決めておくこと。品を見ているうちに、夕方になってしまうかもしれないでしょう」
それには、返す言葉がなかった。荷車を見に行っただけでも、御者台へ座っている時間が長くなった。港に並ぶ品を見たら、同じことになりそうだった。
ヒルデは俺の顔を見て、小さく笑ってから、市場で商売できる場所と、市の開かれる日が書かれた部分を指した。
「売る場所も先に確かめられるわ。スイーズから持っていく品なら、仕入れ先を比べてから選べるし」
「問屋へ持ち込むより、市場で売る方がよさそうか?」
「品と量によるわね。問屋に売るなら、何をどれだけ買ってもらえるか、先に話を付けておきたいでしょう。今回は、まだそこまで決まっていないから」
俺は市場の欄へ目を戻した。自分で客と話し、品を見せ、代金を受け取る。それなら、持っていったものにどんな反応があるかも、自分で確かめられる。
「市場に出すつもりで考えたい。仕入れる前に、売れそうな値段と、掛かる費用を合わせて見ておく」
「そうね。港にはほかの商人もいるし、近いから売れるというわけではないわ。品の相場も見てから決めましょう」
ヒルデが出してくれた資料には、港で扱われる品と相場の情報もあった。ただ、そこにある値段で、俺の荷が必ず売れるわけではない。現地の品揃えや、その日に来る客でも違うだろう。
それでも、何も分からず遠くへ出るより、調べてから近くで試せる方がいい。売れ残った荷をどうするかも、スイーズへ戻して考えられる。
*
俺は鞄から新しい紙を出した。
港へ行くなら、馬は一日の利用を考えればいい。護衛も、食事を用意する条件なら三人で銅百五十枚、それに三人分の食費が掛かる。まだ契約はしていないので、日程と道を伝え、受けてもらえるか確かめる必要はある。
ヒルデと話しながら、馬、護衛、食事、門で払うもの、市場の場所代と、費用の項目を書いていった。
村へ行くなら、移動に掛かる日数が増える。宿や馬を置く場所を探し、その間の食料も用意する。その費用を掛けても商売になるだけの品を、今の俺が選べるかと考えると、まだ自信はなかった。
「今回は一日で戻るつもりで、品を選ぼうと思う。仕入れたものを売って、掛かった費用まで見て、いくら残ったか確かめたい」
「ええ。荷馬車を一台埋めなくてもいいのよ。あなたが扱えて、売る時間も取れる量を考えて」
俺は頷いた。空いている場所を見ると何か載せたくなるが、売り切れないほど積んでも、馬に引かせる荷が増えるだけだ。
「それと、港で買えるものも見たいんだ。川船だけじゃなく、海の船で来る品もあるだろ?」
「あるわ。スイーズに入ってくる前の荷も、港には集まるから」
帝都の河港で見た、船から下ろされる荷を思い出した。箱の中には、それまで店先でしか知らなかった品が入っている。海から来たものなら、どこで作られ、誰が使うのかも、俺が知らないことがありそうだった。
「こちらで買いたい人がいれば、持って帰れるかもしれない。値段だけじゃなくて、どんな量で買えるのかも聞いてみたいな」
「帰りの買い付けに使うお金を残すなら、行きの仕入れと分けておきましょう。それに、買った品を誰へ持っていくかも考えてね」
「ああ。売り先まで見て、条件が合うものを探すよ」
ヒルデは紙を見ていたが、俺が港の資料へ手を伸ばすと、顔を上げて、
「今日は、そちらの話をしている方が楽しそうね」
「そう見えるか?」
「ええ。まだ行ってもいないのに」
「どんな品があるかと思うと、気になるからさ」
口に出してから、相談へ来たときよりずっと港へ行きたくなっていると分かった。近くて、日帰りにできて、市場の情報もある。三人に相談する道も、まずは街道を中心に考えられる。
それに、俺自身が見たい。
誰かに行けと言われた場所ではなく、自分で選んだところへ、自分の商品を運ぶ。そう考えると、荷車を買ったときとはまた違う期待が湧いてきた。
俺は筆を取り、新しい紙の上へ、スイーネ港、と書いた。
「最初は、ここにする」
ヒルデは文字を見てから、俺へ目を向け、
「分かった。それなら、市の日と三人の予定、馬を借りられる日を合わせましょう。道の最近の状況も、冒険者ギルドで確かめてきて」
「ああ。その日が決まったら、仕入れを進める」
資料の中で、次に商売できる日を確かめ、出発の候補として紙へ書き添えた。三人も馬も、まだ予約できたわけではない。けれど、何に合わせて相談すればいいのかは、もう決まった。
*
帰りには、スイーズの市場を通った。
店先へ並べられた品と、買い物をする人の手元を眺める。こちらで普通に売られているものが、港でも同じように売れるとは限らない。逆に、港へ集まる品の中には、ここへ持ってきたら喜ばれるものがあるかもしれない。
今日はまだ買わずに、気になる店の前で足を止めた。品の値段を確かめ、ヒルデにもらった相場の情報と見比べる。運ぶ費用まで引いたらどうなるかは、家で落ち着いて考えよう。
売り台の向こうでは、店の男が客に品を見せていた。客が一つ手に取り、二言三言話してから代金を渡す。
商会で何度も見てきたやり取りだった。今度は俺が、自分で仕入れた品を見せる側になる。
鞄に入れた紙の上には、行き先の名がある。家へ戻ったら、そこへ持っていくものを考えよう。選ぶ品が決まれば、納屋の棚にも、荷馬車の荷台にも、ようやく使い道ができる。
俺は店先から離れ、家へ続く通りを歩いた。門へ着いてからも、すぐには中へ入らず、大河の流れていく方を見た。
最初に向かうのは、あの先の港だ。




