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大商人の軌跡  作者: なるみくん
第2章「独立」
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第2章 第9話「三人の護衛」

第2章 第9話「三人の護衛」


 冒険者ギルドへ入ると、掲示板の前で話していた男が、脇に置いた荷物を足で寄せた。隣の女が紙を一枚指し、二人で受付へ向かっていく。


 三日間の訓練を受けている間にも見た光景だ。けれど今日は、その人たちがどんな仕事を選んでいるのか、前より気になった。


 受付へ並び、順番が来たところで、行商の護衛について相談したいと伝えた。職員に行き先を尋ねられ、近場で街道を中心に動くつもりだが、まだ場所と日程を決めていないと話す。


「その前に、どんな護衛を頼めるのか聞いておきたいんです。荷馬車は一頭立てで、自分の行商は初めてです」


「訓練を受けていた方ですね」


「はい。ゴードンさんに三日間、教わりました」


 職員は帳面を確かめ、それから広間の端へ目を向けた。


「近距離の仕事なら、今こちらにいる三人にも話を聞けます。まだ経験の浅い方たちですから、経路によってはお受けできませんが」


「まず、話をさせてもらえますか」


 俺が頷くと、職員は卓を囲む三人へ声を掛けた。腰に剣を下げた青年と、椅子の脇に弓を置いた少女、それに小さな鞄を膝へ載せた少女が、揃ってこちらを見る。


 青年はすぐ立ち上がり、


「護衛の相談ですか」


「ああ。アッシュといいます。これから行商を始めるので、話を聞かせてもらいたくて」


「ロイです。俺たちは三人で組んでいます。こっちがニーナで、こちらがメアリです」


 紹介されたニーナが軽く手を上げ、メアリは鞄を抱え直して会釈した。俺も挨拶を返し、空いた椅子へ座る。


 ロイは座りかけてから、また背筋を伸ばして、


「今日は、よろしくお願いします」


「こちらこそ。でも、そのままでいいよ。俺も、こういう相談は初めてだから」


「何歳?」


 ニーナに聞かれ、十八だと答えた。彼女はロイの方へ顎を向けて、


「同じじゃない。そんなに固くならなくても」


「固くなってない」


「今、椅子に座り直したでしょう」


 ロイが返す言葉を探している間に、メアリが自分の鞄を卓の下へ置いた。俺は笑いながら紙を広げ、まず、自分が今どこまで準備できているかを話した。


     *


「荷馬車は買った。馬は借りるつもりで、昨日、店を回ってきたんだ。最初は近くからと思ってるけど、どこへ何を売りに行くかは、これから決める」


 ロイは俺の紙へ目を向け、


「泊まりはありますか」


「できれば、最初は日帰りにしたい。無理なく戻れるところを選ぶつもりだよ」


「それなら、街道の近いところで……ただ、俺たちも行ったことのない道はあります。場所が決まったら、ギルドで様子を確かめたいです」


「ああ。道のことは、商業ギルドでも相談してる」


 ロイは少し頷いた。それから、剣を持つ自分が前衛を務め、ニーナが周囲を確かめる役と弓、メアリが治癒を担当すると説明した。


 ニーナは卓へ両肘を置きかけ、俺の紙があることに気づいて手を引っ込めて、


「街道の周りの仕事はやってるけど、森の奥とか、危ない峠の護衛は無理よ。三人いるからどこへでも行ける、とは思わないでほしい」


「そこは、俺も行くつもりはないよ。訓練を受けて、余計に一人じゃ無理だと思った」


「何を教わったの?」


「剣の持ち方と、退き方。護衛が戦ってる間にどう動くかとか、荷物を置いて逃げる練習もした」


 荷袋を拾おうとして止められた話をすると、ロイは真面目な顔で聞いていた。ニーナも、今度は笑わずに、


「退くときに、拾いに戻られるのは困るわね」


「ああ。俺が戻ると、守ってる人も退けなくなるって言われた」


「それ、覚えていてくれると助かります」


 ロイの返事を聞きながら、俺は訓練場の荷袋を思い出した。あのときは、まだ顔も知らない護衛のことを考えていた。今は、拾いに戻った俺を追うのが、この三人かもしれない。


 メアリが俺の左手に目を留め、少し身を寄せて、


「その手は、訓練で?」


「荷車から降りるときに転んだんだ。擦り傷で、少しずつよくなってる」


「そうですか。荷物を持つときは、気をつけてくださいね」


 俺が頷くと、彼女も頷き、それから控えめな声で続けた。


「治癒は使えます。でも、どんな怪我でもすぐ治せるわけではないので……それも、知っておいていただきたいです」


「分かった。怪我をしたら頼ればいい、とは考えないよ」


 メアリの肩が少し下がった。できることを聞きに来たが、できないことも先に聞けるのはありがたかった。俺も紙の端へ手を添え、


「俺は剣で戦力にはなれない。風の魔法もあるけど、ごく弱いんだ。布を揺らしたり、落ち葉を動かしたりするくらいで」


「風は、狙ったところへ出せるのか?」


 ロイに聞かれ、訓練で少し練習したものの、まだ安定しないと答えた。相手の気を引く補助になるかもしれないが、勝手に使うなとも教わったと話す。


 ニーナは弓の方へ一度目を向けて、


「だったら、使う前に何をするか教えてね。私も、知らないところで草が動いたら気になるから」


「そうだな。魔物かと思われたら、余計なことになる」


「ええ。何でもできるより、何をしようとしてるか分かる方が助かるわ」


 俺はその言葉を書き留めた。風を使えると言うだけでは、話が足りない。狙いも向きも、使う場面も、そのとき一緒に動く相手と確かめておく必要があった。


     *


 報酬の話になると、ニーナが小さな帳面を出した。


「新人の護衛料は、食事を用意してもらうなら、一人一日、銅五十枚。食事をこちらで用意するなら五十五枚よ」


「三人なら、食事ありで百五十。なしなら百六十五か」


「そう。食事を頼む場合は、三人分を忘れずにね。あなたの分だけ買ってこられると困るから」


「そこまで忘れないよ」


 俺が答えると、ロイも少し笑った。ニーナは帳面を見たまま、


「食料を持っていくのか、途中で食べるのかも、行き先が決まってから話しましょう。泊まりになれば、その分の用意も必要だし」


 そのあたりは昨日も考えたばかりだった。俺一人の食事と、三人分を合わせて用意するのでは、持っていく量も違う。どちらの条件にするかは、場所と日数を決めてから比べることにした。


「報酬は、ギルドを通して払うんだな」


「ああ。依頼の条件も、受付で確認してもらう」


 ロイが答え、予定が決まったら改めて話すことになった。今日はまだ、お互いに仕事を引き受ける約束まではしない。


 けれど、紙に書く名前ができた。護衛とだけ書いていた場所へ、ロイ、ニーナ、メアリ、と並べる。ニーナはそれを横から見て、


「ロイだけ大きく書いてない?」


「最初に書いたら、あとの場所が足りなくなった」


「財布の話をするのは私よ。読めるように書いておいてね」


「ちゃんと読めるだろ」


 紙を寄せて見せると、メアリが小さく笑った。俺も余白へ三人の名前をもう一度書き、できることと報酬をその下へまとめた。


 ひととおり話し終えたところで、ロイが俺の鞄へ目を向けた。


「商売の方も、初めてなのか?」


「自分でやるのは初めて。帝都の商会では、三年間働いたよ」


「じゃあ、荷を売ることは分かるんだな」


「分かることもある。でも、行商はまだ知らないことが多い。馬を借りるのにも、昨日ずいぶん聞いてきたところだし」


 ロイは頷き、俺を見て、


「俺たちも、まだ慣れていないことがある。道で困ったら、黙って何とかしようとするより、先に言ってほしい」


「それは、こっちからも頼むよ。無理な道だと思ったら、教えてくれ。売り先へ着くために怪我をさせたくはないから」


 ニーナが帳面を閉じ、メアリも鞄を膝へ戻した。話す前には、俺が雇う相手を選ぶつもりでいたが、この三人にも、どんな商人についていくのか選ぶ理由がある。


 次に会うときは、行き先と日程を持ってこよう。そう伝えると、ロイは立ち上がり、今度は初めより自然な調子で、


「じゃあ、そのときにまた話そう」


「ああ。今日はありがとう」


     *


 帰る前に、受付で今日話した三人の名前を伝えた。行き先が決まったら改めて依頼の相談に来ると言うと、職員は、そのときの三人の予定も確認すると答えた。


 今、席にいたからといって、いつでも来てもらえるわけではない。馬も護衛も、俺が出発したい日に都合が合うかを確かめる必要がある。


 外へ出ると、通りを行く荷馬車が見えた。御者台の脇を二人の冒険者が歩き、一人が後ろへ目を向けている。


 俺の荷馬車の横にも、ああして人がつくのだろう。ロイが剣を下げ、ニーナが周囲を見て、メアリがその近くを歩く姿を思い浮かべた。


 まだ頼めると決まったわけではない。それでも、誰と話して、何を確かめればいいのかは分かった。


 鞄には、ヒルデからもらった商売先の資料が入っている。今日聞いたことも合わせて、どこへ行くか考えよう。


 俺は鞄の位置を直し、商業ギルドへ続く通りを歩き出した。


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