第21話「初めての大仕事」
第21話「初めての大仕事」
「アッシュ。次の市の日に向けて、一つ、仕入れから売りまで、お前に任せたい」
会頭の部屋に呼ばれて、最初に言われたのが、それだった。
「……自分に、ですか」
「そうだ。品も、仕入れ先も、売り先も、お前が決めろ。私は、予算と荷馬車を貸すだけだ」
会頭は、落ち着いた声で、続けた。
「失敗しても構わん。ただし、失敗の理由は、必ず説明してもらう」
予算は、銀貨百枚。
見習いの俺には、途方もない額に聞こえた。けれど、商会にとっては、小さな商いの一つに過ぎない。
「やります」
そう答えるのに、迷いはなかった。
部屋を出ると、廊下で、先輩が待っていた。
「聞いたよ。おめでとう」
「ありがとうございます。でも、正直、怖いです」
「怖くていいの。怖くない人のほうが、危ないから」
先輩は、そう言って、ふっと表情を引き締めた。
「ただ、一つだけ言っておくね。今回、私は、手を出さない。相談にも乗らない」
「え」
「会頭が、アッシュくん一人にって言ったから。全部、自分で決めて」
(突き放された、わけじゃない)
分かっていた。先輩が、最後に付け加えた言葉で。
「でも、帰ってきたら、一番に報告してね。待ってるから」
その夜、俺は、帳面と地図を机に広げて、頭を抱えた。
(まず、何を売るか)
帝都の市の日は、五日後だ。時期は、秋の終わり。冬を前に、人々が、保存の利く食べ物を買い込む季節だった。
保存食。干した果物、蜂蜜、乾燥させた豆。
ふと、昼間の倉庫で聞いた、ダグの雑談を思い出した。
――隣村の干し柿は、味がいいのに、橋を渡る道が面倒でな。誰も、まともに仕入れちゃいねえ。
(これだ)
地図で、探す。帝都から、馬車で数時間。川から外れた丘の村で、道は細いが、橋を一つ渡れば、街道に出られる。
運びにくい分、仕入れ値は安いはずだ。味がいいなら、帝都の市で、必ず売れる。
(でも、本当に売れるか)
翌朝から、市場を歩き回った。
干し柿の、今の売値を調べる。品質の違いも、比べる。「味がいい」と言われるものが、実際に、他と、どれほど違うのか。
三日目の夜には、計算が、できあがった。
仕入れ値、荷馬車の借り賃、御者への賃金、帝都の市の場所代、売れ残りの見込み。
すべてを引いても、うまくいけば、予算の三割ほどの利益が出る。
(いける)
そして、四日目の朝、俺は、荷馬車で、隣村へ向かった。
荷馬車は、会頭が用意してくれた。御者は、雇いの中年男で、腰に、使い込んだ短剣を差している。
「街道にも、魔物は出るからな。小物だが、念のためだ」
「お願いします」
道中は、穏やかだった。
丘に入ると、空気が、ひんやりと澄んでくる。紅く色づいた木々の間を、荷馬車が、ゆっくり進んでいった。
昼前、村が見えた。
小さな村だった。家は、数えるほど。畑と、果樹園が、斜面に張り付くように広がっている。
村長の家で、俺は、背筋を伸ばして、頭を下げた。
「ロンバルド商会の、アッシュと申します。こちらの干し柿を、買い付けに参りました」
「ほう、商会の。まだ、お若いな」
村長は、六十がらみの、日焼けした老人だった。
「見習いです。ただ、今回は、自分一人で任されています」
「ほう」
老人は、興味深そうに、目を細めた。
干し柿の味見をさせてもらう。
噛んだ瞬間、思わず、声が出た。
「……うまい」
甘みと酸味が、ちょうどよく混じり合っている。市場で買ったどれとも、違った。
(これなら、確実に売れる)
問題は、値段だった。
「一袋、いかほどで」
「銀貨二枚だ」
市場で比べた相場よりも、少し高い。
けれど、考えた。この村は、橋を渡って、街道まで出なければ、品を売れない。仲買人は、足元を見て、買い叩くのだろう。
(そういえば、村長は、少し高めの値を、わざと言ってるな)
交渉の余地があることは、分かっていた。
でも、ふと、思った。
冬が、近い。
村の人々は、冬を越すために、金を必要としているはずだ。ここで、あまり値切れば、その分、彼らの冬が苦しくなる。
「銀貨一枚と半、ではどうでしょう。そのかわり、大きな袋で、まとめて買います」
「まとめて、か」
「はい。三十袋。市の日までに、帝都へ運びます」
老人の目が、わずかに動いた。
三十袋は、村にとって、大きな取引だ。
「……よかろう。ただし、運ぶのは、そちらで頼む」
「承知しました」
握手を交わした。
三十袋で、銀四十五枚。預かり金は百枚だから、残りは五十五枚。使い道のない金は、使わずに返す。それが、預かった者の筋だと思った。
荷を積み込む作業は、午後いっぱい続いた。
三十袋の干し柿は、荷馬車に、ぎっしりと積まれた。
(買い付けは、終わった)
胸の奥で、ほっと、息をつく。
けれど、すぐに、気を引き締めた。
(これは、まだ、半分だ)
帝都で、市の日までに、売り切らなければならない。
帰路の途中で、荷が傷んだり、遅れたりすれば、全部が、無駄になる。
御者が、手綱を握って、振り返った。
「出発しますか」
「お願いします」
荷馬車が、ゆっくり動き出す。
窓の外では、夕焼けが、丘の稜線を、赤く染めていた。
(会頭に、先輩に、胸を張って報告できるように)
そう思って、帰路の地図を、膝の上に広げた。
橋を、一つ、渡る道だった。
それが、どんな意味を持つのかを、この時の俺は、まだ、知らなかった。




