第20話「商人仲間」
第20話「商人仲間」
「ふざけるな、先に来たのは俺だ!」
「いや、順番は、こっちが先だったはずだ」
河港の問屋の前で、同じ年頃の若い男と、にらみ合っていた。
きっかけは、荷車だった。
今日は、ダグに頼まれて、河港で荷を受け取りに来ていた。急ぎの品で、荷車引きの牛車に乗せてもらう約束をしていた。ところが、そこに、もう一人、牛車を待っている者がいたのだ。
「あんた、さっき来たばかりだろう」
「そっちこそ。俺は朝からここで待ってた」
相手は、栗色の髪をした、俺と同じくらいの青年だった。上等な上着を着ているが、袖口には、荷運びで付いたらしい擦れがある。
「あのなあ、坊主ども」
困り果てた顔で、荷車引きが、間に割って入った。
「牛車は一台しかねえ。荷は、どっちも帝都行きだ。喧嘩するなら、別の車を探してくれ」
牛車は、確かに一台だった。
荷を数えてみる。俺の荷は、木箱が三つ。相手の荷は、布包みが四つ。
「全部は、載りませんか」
「載らねえこたねえが、重さが、ぎりぎりだな。どっちかが折れてくれりゃ、助かる」
俺は、相手を見た。相手も、俺を見ていた。
(このまま争っても、どっちも損をする)
先輩に教わった言葉が、浮かんだ。
――利害が、同じ方向を向いていないか、考えてみて。
「……荷車賃を、折半にしませんか」
「え?」
「二人の荷を、一緒に載せる。荷車賃は、半分ずつ。一人で借りるより、安く済みます」
相手は、きょとんとして、それから、にやりと笑った。
「悪くねえな。重さは?」
「荷車引きさんに、確認してもらいましょう」
「いいぜ、載せてやる。ただし、道中で何か割れたら、お前らの責任だ」
話が、まとまった。
荷を積み込む作業は、意外にも、息が合った。
「そっちの箱、湿ってないか?」
「あ、本当だ。ちょっと待って」
指先から、乾燥の魔法を送る。じんわりと、水気が抜けていく。
「へえ、器用だな」
「このくらいは、普通だろう」
「いや、俺はそこまで、うまくできねえ。羨ましいぜ」
相手は、笑って、自分の荷の紐を結び直した。
牛車が、ゆっくりと動き出す。
荷台の端に並んで座ると、青年が、ふいに手を差し出した。
「ラウルだ。ハーゲン商会の見習い」
「アッシュ。ロンバルド商会の、第二倉庫店にいる」
「ああ、噂は聞いてる。あそこの倉庫番は、口が悪いって」
「間違ってない」
二人で、笑った。
荷車が、ごとごとと揺れる。河港を離れて、帝都への道に入ると、周りの景色が、少しずつ緑に変わっていった。
「ラウルは、いつから見習いなんだ?」
「去年の春から。お前は?」
「同じだな。俺も、去年の春だ」
「同い年か。道理で、話しやすいと思った」
ラウルは、荷台の縁に頬杖をついた。
「実はな、さっきは悪かった。急いでたから、ちょっと、カッとなってな」
「俺も、似たようなもんだ」
「お前、荷車賃を折半にしようって言ったろう。あれ、よく思いついたな」
「争っても、何も得しないと思っただけだ」
「いや、それが、なかなか言えねえんだよ」
ラウルは、感心したように、俺を見た。
「うちの先輩たちは、取り合いになったら、とにかく、相手を押しのけるんだ。『商人は、強気でなんぼだ』ってな」
「へえ」
「でも、お前のやり方のほうが、お互い、得したよな」
荷車賃は、一人あたり、普段の半分以下で済んだ。
「商売って、競争だけじゃないんだな」
ラウルが、ぽつりと言った。
「同じ荷を取り合う時もあれば、一緒に運ぶ時もある。相手が、敵か味方かなんて、その時次第だ」
「俺も、そう思う」
(そういえば、先輩も、似たことを言ってたな)
同じ業界で働く者は、競争相手であると同時に、情報や手段を分け合える仲間でもある。
ラウルとの会話は、驚くほど自然に続いた。
「そっちは、何を扱ってるんだ?」
「うちは、布が中心だ。染物と、織物。お前のところは?」
「雑貨と、乾物と、あと、外国の品が少しだけ」
「外国の? 珍しいな。うちは、そこまで手が回ってない」
「少しだけ、入るんだ。会頭が、慎重に、仕入れてる」
「いいなあ。見てみたい」
目を輝かせるラウルに、俺は、思わず笑ってしまった。
「いつか、見せるよ」
「本当か。約束だぞ」
帝都の城門が、遠くに見えてきた頃、ラウルが、声を落とした。
「なあ、アッシュ。一つ、教えてくれないか」
「何だ」
「お前の商会は、見習いに、どのくらい仕事を任せる?」
質問の意図が、すぐに分かった。
「俺は、最近、小さな買い付けなら、一人でやらせてもらってる。でも、判断が必要な時は、必ず先輩に確認する」
「そうか。うちは、まだ、荷運びと雑用ばかりでな。正直、焦ってる」
「焦る、か」
「同い年の奴が、もう買い付けをやってるって聞くと、置いていかれてる気がするんだ」
ラウルの横顔は、強気な言葉と裏腹に、少し、寂しそうだった。
(同じなんだな)
俺も、最初の頃は、焦っていた。先輩に追いつきたくて、早く何かをしたくて。
「焦っても、仕方ないと思う。俺も、先輩に言われた。商人は、自分の歩幅で育つって」
「歩幅、か」
「ああ。それに、お前のところは、荷運びをやってる分、荷の扱いを、一番よく知れる。それは、後で、必ず役に立つ」
ラウルは、しばらく黙ってから、ふっと息を吐いた。
「……そうか。そうだな」
その顔は、少しだけ、晴れていた。
城門の前で、牛車が止まった。
荷を降ろして、荷車引きに礼を言う。
「世話になりました」
「おう。次は、喧嘩せずに、最初から折半にしてくれよ」
荷車引きは、そう言って、からからと笑った。
別れ際、ラウルが、手を差し出した。
「また、会おうぜ。情報、交換しよう」
「ああ。ここなら、河港か、市場か。どっちかで、会えるだろう」
「次は、お前の外国品、見せてもらうからな」
「分かった。お前の布も、見せてくれ」
固く、握手を交わした。
ラウルは、荷を担いで、人混みの中に、消えていった。
その背中を見送りながら、俺は、思った。
(同じ年頃の、商人仲間か)
倉庫と、先輩と、ダグさんと、会頭。今まで、俺の周りにいたのは、全部、年上の人たちだった。
初めて、同じ高さの目線で、話せる相手ができた。
それは、思っていたよりも、ずっと、心強いことだった。




