↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大商人の軌跡  作者: なるみくん
第1章 帝都修行編
20/67

第20話「商人仲間」

第20話「商人仲間」


「ふざけるな、先に来たのは俺だ!」

「いや、順番は、こっちが先だったはずだ」


河港の問屋の前で、同じ年頃の若い男と、にらみ合っていた。


きっかけは、荷車だった。


今日は、ダグに頼まれて、河港で荷を受け取りに来ていた。急ぎの品で、荷車引きの牛車に乗せてもらう約束をしていた。ところが、そこに、もう一人、牛車を待っている者がいたのだ。


「あんた、さっき来たばかりだろう」

「そっちこそ。俺は朝からここで待ってた」


相手は、栗色の髪をした、俺と同じくらいの青年だった。上等な上着を着ているが、袖口には、荷運びで付いたらしい擦れがある。


「あのなあ、坊主ども」


困り果てた顔で、荷車引きが、間に割って入った。


「牛車は一台しかねえ。荷は、どっちも帝都行きだ。喧嘩するなら、別の車を探してくれ」


牛車は、確かに一台だった。


荷を数えてみる。俺の荷は、木箱が三つ。相手の荷は、布包みが四つ。


「全部は、載りませんか」

「載らねえこたねえが、重さが、ぎりぎりだな。どっちかが折れてくれりゃ、助かる」


俺は、相手を見た。相手も、俺を見ていた。


(このまま争っても、どっちも損をする)


先輩に教わった言葉が、浮かんだ。


――利害が、同じ方向を向いていないか、考えてみて。


「……荷車賃を、折半にしませんか」

「え?」

「二人の荷を、一緒に載せる。荷車賃は、半分ずつ。一人で借りるより、安く済みます」


相手は、きょとんとして、それから、にやりと笑った。


「悪くねえな。重さは?」

「荷車引きさんに、確認してもらいましょう」

「いいぜ、載せてやる。ただし、道中で何か割れたら、お前らの責任だ」


話が、まとまった。


荷を積み込む作業は、意外にも、息が合った。


「そっちの箱、湿ってないか?」

「あ、本当だ。ちょっと待って」


指先から、乾燥の魔法を送る。じんわりと、水気が抜けていく。


「へえ、器用だな」

「このくらいは、普通だろう」

「いや、俺はそこまで、うまくできねえ。羨ましいぜ」


相手は、笑って、自分の荷の紐を結び直した。


牛車が、ゆっくりと動き出す。


荷台の端に並んで座ると、青年が、ふいに手を差し出した。


「ラウルだ。ハーゲン商会の見習い」

「アッシュ。ロンバルド商会の、第二倉庫店にいる」

「ああ、噂は聞いてる。あそこの倉庫番は、口が悪いって」

「間違ってない」


二人で、笑った。


荷車が、ごとごとと揺れる。河港を離れて、帝都への道に入ると、周りの景色が、少しずつ緑に変わっていった。


「ラウルは、いつから見習いなんだ?」

「去年の春から。お前は?」

「同じだな。俺も、去年の春だ」

「同い年か。道理で、話しやすいと思った」


ラウルは、荷台の縁に頬杖をついた。


「実はな、さっきは悪かった。急いでたから、ちょっと、カッとなってな」

「俺も、似たようなもんだ」

「お前、荷車賃を折半にしようって言ったろう。あれ、よく思いついたな」

「争っても、何も得しないと思っただけだ」

「いや、それが、なかなか言えねえんだよ」


ラウルは、感心したように、俺を見た。


「うちの先輩たちは、取り合いになったら、とにかく、相手を押しのけるんだ。『商人は、強気でなんぼだ』ってな」

「へえ」

「でも、お前のやり方のほうが、お互い、得したよな」


荷車賃は、一人あたり、普段の半分以下で済んだ。


「商売って、競争だけじゃないんだな」


ラウルが、ぽつりと言った。


「同じ荷を取り合う時もあれば、一緒に運ぶ時もある。相手が、敵か味方かなんて、その時次第だ」

「俺も、そう思う」


(そういえば、先輩も、似たことを言ってたな)


同じ業界で働く者は、競争相手であると同時に、情報や手段を分け合える仲間でもある。


ラウルとの会話は、驚くほど自然に続いた。


「そっちは、何を扱ってるんだ?」

「うちは、布が中心だ。染物と、織物。お前のところは?」

「雑貨と、乾物と、あと、外国の品が少しだけ」

「外国の? 珍しいな。うちは、そこまで手が回ってない」

「少しだけ、入るんだ。会頭が、慎重に、仕入れてる」

「いいなあ。見てみたい」


目を輝かせるラウルに、俺は、思わず笑ってしまった。


「いつか、見せるよ」

「本当か。約束だぞ」


帝都の城門が、遠くに見えてきた頃、ラウルが、声を落とした。


「なあ、アッシュ。一つ、教えてくれないか」

「何だ」

「お前の商会は、見習いに、どのくらい仕事を任せる?」


質問の意図が、すぐに分かった。


「俺は、最近、小さな買い付けなら、一人でやらせてもらってる。でも、判断が必要な時は、必ず先輩に確認する」

「そうか。うちは、まだ、荷運びと雑用ばかりでな。正直、焦ってる」

「焦る、か」

「同い年の奴が、もう買い付けをやってるって聞くと、置いていかれてる気がするんだ」


ラウルの横顔は、強気な言葉と裏腹に、少し、寂しそうだった。


(同じなんだな)


俺も、最初の頃は、焦っていた。先輩に追いつきたくて、早く何かをしたくて。


「焦っても、仕方ないと思う。俺も、先輩に言われた。商人は、自分の歩幅で育つって」

「歩幅、か」

「ああ。それに、お前のところは、荷運びをやってる分、荷の扱いを、一番よく知れる。それは、後で、必ず役に立つ」


ラウルは、しばらく黙ってから、ふっと息を吐いた。


「……そうか。そうだな」


その顔は、少しだけ、晴れていた。


城門の前で、牛車が止まった。


荷を降ろして、荷車引きに礼を言う。


「世話になりました」

「おう。次は、喧嘩せずに、最初から折半にしてくれよ」


荷車引きは、そう言って、からからと笑った。


別れ際、ラウルが、手を差し出した。


「また、会おうぜ。情報、交換しよう」

「ああ。ここなら、河港か、市場か。どっちかで、会えるだろう」

「次は、お前の外国品、見せてもらうからな」

「分かった。お前の布も、見せてくれ」


固く、握手を交わした。


ラウルは、荷を担いで、人混みの中に、消えていった。


その背中を見送りながら、俺は、思った。


(同じ年頃の、商人仲間か)


倉庫と、先輩と、ダグさんと、会頭。今まで、俺の周りにいたのは、全部、年上の人たちだった。


初めて、同じ高さの目線で、話せる相手ができた。


それは、思っていたよりも、ずっと、心強いことだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。