第17話「中間にいる者」
第17話「中間にいる者」
「港から倉庫まで、誰がどうやって繋いでいるのか」
先輩の宿題は、頭の片隅に、ずっと居座っていた。
とはいえ、先輩は今日も本店の会議だ。聞くわけにはいかない。それに、答えを渡さずに宿題だけ置いていく人だ。自分で調べなければ、きっと意味がない。
(どうやって調べるか)
その日の朝、倉庫の前に、見覚えのある牛車が停まった。
「よう、坊主。荷を持ってきたぜ」
河港と帝都を、毎日往復している荷車引きだった。日に焼けた腕で、樽を一つ、軽々と降ろしている。
(この人なら)
「あの、荷車引きさん。少し、聞いてもいいですか」
「なんだ、改まって。仕事の合間なら構わねえぞ」
「この荷は、河港で積んだんですよね。その前は、どこから来たんですか」
荷車引きは、手を止めて、ぽかんとした。
「そりゃ、船だろ」
「その船は」
「川船だ。そのまた前は、俺は知らねえ」
彼は、がしがしと頭をかいた。
「俺の仕事は、河港から、ここまでだ。その前も、その先も、見ちゃいねえ」
「そうなんですか」
「ああ。分かりたきゃ、送り状を見ろ。荷が通った所に、判が押してあるはずだ」
(送り状)
そうだ。荷には、必ず、送り状が付いている。ふだんは数量を確かめるだけで、裏までは見ていなかった。
荷下ろしを手伝いながら、樽に付いた送り状を受け取る。
一枚の紙に、判が五つ、押してあった。
昼の休憩に、倉庫の隅で、送り状を広げた。
ちょうど、ダグが通りかかった。
「何やってんだ」
「荷の通り道を、調べてるんです。この判が、荷の通った順に押されてるんですよね」
「ほう。気づいたか」
ダグは、隣にどっかりと腰を下ろした。
「読んでみろ。分からねえところは、教えてやる」
一つ目の判は、海の向こうの、遠い国の商人のものだった。読めない文字だ。
二つ目は、河口の港の、積み替えを請け負う問屋。
三つ目は、川船の業者。四つ目は、河港の問屋。五つ目が、さっきの荷車引きだった。
「河口の港、ですか」
「海の大きな船が着く港だ。外洋船は、あそこまでしか来られねえ。川に入ると、浅くて座礁する」
「じゃあ、そこで荷を降ろして」
「川船に積み替える。川を遡るのに、二、三日かかる。着いた先が、河港だ」
俺は、頭の中で、道筋を並べてみた。
海の船で、河口の港まで。そこで積み替えて、川船で河港まで。河港から、荷車で、この倉庫まで。
(五人。いや、五つの手)
「長いですね。もっと近道は、ないんですか」
ダグは、鼻で笑った。
「例えば、どこを省く」
「河口の積み替えを、なくすとか。海の船が、そのまま川を上れば」
「浅くて入れねえと、言ったろう」
「じゃあ、川船が、そのまま帝都まで」
「帝都の橋は、低い。大きな川船は、くぐれねえ。だから河港で止まる」
ダグは、指で、送り状の判を一つずつ叩いた。
「この五つはな、無駄じゃねえんだ。それぞれの区間に、それぞれの船と人が、要る。海を渡る船は、川では動けねえ。川の船は、海に出たら沈む。荷車は、そのどっちにもなれねえ」
(区間ごとに、違う手が必要)
「それに」
ダグが、続けた。
「手を渡るたびに、誰かが、荷の責任を負う。積み替えの問屋は、荷を預かって、数を数えて、傷を見る。川船の業者は、天気と水の高さを読んで、船を出す。河港の問屋は、荷が届くまで、倉庫で寝かせる。荷車引きは、道で荷を落とさねえようにする」
「責任を、引き受けてるんですね」
「そうだ。引き受けてもらう代わりに、その分の取り分を、渡す」
俺は、先輩の言葉を思い出した。
――危険を引き受ける人には、その分の報酬が要る。
距離だけではなかった。手と手の間にも、それぞれ、小さな危険と、手間と、信用が詰まっている。
「ちょっと待ってろ」
ダグが、立ち上がって、奥の棚から、薄い帳面を持ってきた。
「去年の、この荷の流れの記録だ。各業者への支払いが、書いてある」
開いてみる。
どの区間にも、取り分があった。大きい区間と、小さい区間。多い手と、少ない手。
(積み替えが、意外と大きい)
傷や数え間違いが起きやすいからだろう。逆に、荷車引きの取り分は、小さい。ただし、毎日、休まず往復している。
「一つひとつは、小さくてもな」
ダグが、俺の肩を叩いた。
「五つ重なると、あの値段になる。商人は、その全部を、ちゃんと見なきゃならねえんだ」
夕方。
片づけを終えた頃、先輩が、倉庫に戻ってきた。
「ただいま。あ、アッシュくん、何を書いてるの」
俺は、紙を差し出した。
荷の通り道を、端から端まで、線で結んだ図だ。海の船、河口の港、川船、河港、荷車、倉庫。それぞれの間に、判の持ち主と、引き受けているものを、書き込んである。
先輩は、黙って、じっくりと眺めた。
「……これ、自分で調べたの?」
「送り状と、ダグさんと、荷車引きさんに聞きました」
「うん、よくできてる」
先輩は、図の真ん中あたりを、指で押さえた。
「ここ、河口の港と、川船の間。ここの取り分が大きいのは、どうしてだと思う?」
「荷が、一番傷みやすいから。それと、積み替えを間違えると、荷主の損が、一番大きいからです」
「そう」
先輩は、ふっと笑った。
「じゃあ、もう一つ。この全部を、一人でやろうとしたら、どうなる?」
答えは、すぐに出なかった。
海の船を持ち、河口の港に拠点を構え、川船を雇い、河港に倉庫を借り、荷車を走らせる。全部を、一人で。
(……途方もない)
けれど、同時に、胸の奥が、小さくざわついた。
誰かが、全部を繋げられたら。
その人は、遠い国の品を、ここまで、安く、確実に運べる。
「すぐには、無理です。でも」
俺は、図の端から端を、もう一度、目でたどった。
「最初は、一つの手からでも、始められるのかもしれません」
先輩は、何も言わなかった。
ただ、優しく、けれどどこか、少し遠くを見るような目で、俺を見ていた。




