➂ 見ていただけ
岸壁には、転落防止の低い石柵が続いていた。
事件当時は一部が壊れ、魔導車が通れる隙間があったという。
ノラは水際まで近づいた。
相棒が外套の襟を掴む。
「落ちるぞ」
「見てるだけ」
「昔、同じ言葉を残した者達がいる」
ノラは素直に一歩下がった。
男達の証言では、広場に停まっていた魔導車へ声をかけようと近づいた。
少女達は慌てた。
魔導車が後退した。
そのまま水路へ落ちた。
「声をかけようとしただけ」
ノラが記録を読む。
「そうだ」
「でも、扉を開けようとしたとも話していた」
相棒は黙った。
「声をかけるのと、扉を開けるのは同じ?」
「返事がなかったから、様子を見ようとしたのかもしれない」
「夜中に、複数の男が、若い女の人が二人で乗っている車の扉を?」
「助けが必要に見えた」
「そうかもしれない」
ノラは記録から顔を上げる。
「少女達が怖がって後退したなら、男達が近づいたことと転落は無関係ではないよね」
「直接、車を押したわけではない」
「でも、怖くなって逃げた」
「責任を問われると思ったのだろう」
「だったら、次の日は?」
風が吹いた。
「一週間後は?」
水路の水が、石壁へ当たる。
「一年後は?」
相棒は答えなかった。
「二人の家族は、ずっと捜していた。古塔も、山も、何度も。男達は、違う場所を捜していると知っていたかもしれない」
「知らなかった可能性もある」
「少女二人が消えた話は、町中に広まっていたんでしょ?」
「……ああ」
「自分達が見た車だと、分からなかった?」
「暗かった」
「少女達の車だと分かったから、二十年以上も経ってから証言したんじゃないの?」
相棒は口を閉じた。
ノラは記録をめくった。
「運転していたのは、どちら?」
「記録にはない」
「男達は、魔導車の中を見たの?」
「少女が二人いたと話している」
「誰が操縦席にいたかは?」
「分からない」
「最後の伝言を送った人も分からない。魔導車を動かした人も分からない。確かなのは、男達がそこにいたことだけ」
「だからといって、男達が動かしたことにはならん」
「ならないよ」
ノラは紙面の一箇所を指で押さえた。
「でも不思議だね。少女達がしたことだけ、本人に聞いていないのに、全部本人がしたことになってる」
男達は近づいた。
扉を開けようとした。
少女達は怯えた。
後退した。
水へ落ちた。
その筋書きを語れるのは、生きて戻った側だけだった。
「三人の話は、嘘じゃないのかもしれない」
「なら、証言どおりの事故ではないか」
「違うよ。三人が見たところだけ、本当だったのかもしれない」
「ほかに誰かいたと?」
「聞きたいのは人数じゃなくて、三人が見たことを話せなかった相手」
「根拠は?」
「ない」
「では、増やすな」
「減らす根拠もないよ」
ノラは水路を見た。
泥の底。
声の届かない場所。
そこに少女達は、長い間取り残されていた。
「見ていただけの人が」
ノラは静かに言う。
「二人の家族が別の場所を捜し続けているのを知りながら、何十年も黙っていられるものなのかな」
「家族は、三人の証言を信じていない」
相棒が古い記録を閉じた。
「遺族だから、受け入れられないこともある」
「遠くから記録を読んだだけの私にも、おかしく見えるよ」
ノラは水路を見た。
「ずっと近くで二人を捜していた人には、もっと見えていたはず」
「それでも、悲しみが判断を曇らせることはある」
「警備局の判断は、曇らないの?」
「車が、証言どおりの場所から見つかった」
「場所が合っていたから、ほかの話まで全部正しいことになった?」
相棒は答えなかった。
「それに、この場所の話は、三人を見つける五年前から警備局へ届いていた」
「誰が話したのかも分からない、不確かな情報だったのだろう」
「だったら、どうして五年後には三人へ辿り着けたの?」
「調べたからだ」
「いつから?」
相棒は記録を開き直した。
そこには、情報を得た日がある。
三人を特定した日も、聴取した日も記されている。
その間に何をしたのかは、どこにもなかった。
「空白だね」
「記録に残っていないだけだ」
「うん。だから、その空白に何があったのか分からない」




