④ 沈黙した港
「男達が殺したと言いたいのか」
帰り道、相棒が尋ねた。
「ううん。三人は、本当に見ていただけだったのかもしれない」
「なら、事故だったのだろう」
「三人が見た場面では、ね」
「では、あの証言を疑う理由は何だ」
「三人の話だけで、あの夜の全部が決まったから」
「目撃者だから当然だ」
「声をかけようとした。近づいた。扉を開けようとした。少女達が慌てた。魔導車が後退した。水へ落ちた。怖くなって逃げた」
ノラは一つずつ並べる。
「これが全部、本当だったとしても、その前に何があったのかは分からない」
「古塔へ向かった二人が港へ戻るまでのことか」
「うん」
「三人は、それを知らなかった」
「知っていたかもしれない」
「どちらだ」
「分からない。でも、三人が怖がっていたのは、転落の責任だけだったのかな」
「ほかに誰かいたと?」
「三人が二十年以上、見たことを話せなくなる相手が」
相棒が足を止めた。
「お前は、何を疑っている」
ノラも止まった。
「三人が話さなかった人」
海鳥が二人の頭上を横切った。
「一晩なら怖かったで分かる。一週間なら、言い出せなかったのかもしれない。一年なら、今さら言えなくなったのかもしれない」
ノラは港を振り返る。
「でも二十年以上は、怖かっただけで守れる沈黙なのかな」
「時間が経つほど、言い出しにくくなる」
「時間が経つほど、車も遺体も証拠を失う」
事故だったとしても。
男達が何もしていなかったとしても。
最初の夜に知らせていれば、少女達はもっと早く家族のもとへ帰れた。
魔導車の状態も、遺体に残ったものも、今より多く確かめられた。
沈黙が、答えを失わせた。
「三人は、何を見たんだ」
相棒が尋ねる。
「水へ落ちる魔導車」
「それだけか?」
「三人が話したのは、そこまで」
ノラは歩き始めた。
「でも、『見ていただけ』の人が何十年も黙っていられるほど、『見ていただけ』のことなんて、そうそうないと思う」
「では、何を隠していた」
「何を、じゃなくて。誰を、かもしれない」
「何も知らないではないか」
「うん。でも、迂闊だったのは向こうも同じだと思う」
「向こう?」
「三人が見たところだけ話せば、それで終わると思った人」
「何が迂闊なんだ」
ノラは振り返った。
「三人が本当に見ていただけなら、二十年以上も黙る理由は、三人の中にはない」
「転落の責任を恐れた」
「それだけなら、家族が別の場所を捜している間も黙っていられた理由には足りないよ」
「では、外に理由があったと?」
「話したら困る人がいた。三人が、その人を怖がっていた」
相棒は、すぐには答えなかった。
「もし、そんな人物がいたなら」
相棒は言葉を選んだ。
「捜索の動きを知る立場にいた可能性がある」
「港が調べられていないと、確かめられるね」
「議会か、警備局へ口を利ける」
「そういう人なら、届いた目撃情報を五年も止められたかもしれない」
相棒の声が低くなった。
「待て。今、お前は誰を敵に回そうとしている」
「誰か分からないよ?」
「なら、なぜ怖がらない」
ノラは不思議そうに相棒を見た。
「知らない人を、どうやって怖がるの?」
相棒は額を押さえた。
「お前は時々、子供より始末が悪い」
「時々?」
「そこへ食いつくな」
「……時効を待ったと?」
「違う」
ノラは首を振る。
「時間が消したのは、罪を問える期限だけじゃない。魔導車に残った跡も、二人の体に残ったものも、あの夜を覚えていた人の記憶も消した」
「証拠がなくなるのを待ったというのか」
「それは私の想像。でも、沈黙は同じ働きをした」
「ならば、なぜ証言した」
「三人が話したことで、魔導車は見つかった。そして二人が自分で後退して落ちたという筋書きも、一緒に見つかった」
「嘘ではないから、場所が当たった」
「うん。だから、話していない部分まで本当だったように見える」
「証言を疑う証拠はない」
「証言を確かめる証拠も、もう残っていない」
潮風に混じって、荷を下ろす掛け声が聞こえた。
港は何事もなかったように動いている。
「誰かが、三人の話を事故として受け取った」
ノラの声から、いつもの軽さが消えた。
「誰が伝言を送ったのかも、誰が魔導車を動かしたのかも、男達のほかに誰がいたのかも、分からないまま」
「警備局は、事件性は見当たらないと判断した」
「現時点で、でしょ?」
「同じことだ」
「違うよ。見つからなかったのか、調べられなかったのか、もう残っていなかったのか。それを何も説明しないで、結論だけ置いてある」
「お前は、捜査した側まで疑うのか」
「疑っちゃ駄目なの?」
「腐っているとでも?」
ノラは港を見た。
「分からない。でも、蓋を開けられなかったものは、底で腐るよ」
「事件だったと言いたいのか」
「違うよ」
ノラはゆっくり首を振った。
「時効になったんじゃない。事件にすら、されなかっただけかもしれない」
「お前は何を調べに来たんだ」
「港の場所」
「それだけか?」
「一人で来たら、古塔へ行ってた」
相棒は立ち止まった。
「なぜだ」
「地図、逆さまに見てたから」
「お前が先に神隠しになるところだったな」
ノラは笑い、港とは逆の道へ曲がった。
相棒が外套の襟を掴む。
「今度は何?」
「町はこっちだ」
「……港は合ってたでしょ?」
「俺が連れてきたからだ!」
二人の声が、潮風の中へ遠ざかっていく。
港は何も語らない。
少女達の帰りを待ち続けた家族の声も、長すぎた男達の沈黙も、すべて飲み込んだまま、静かな水を湛えていた。




