プロローグ 街角の買い出し
「いいか、ノラ。ここで待っていろ」
市場へ続く大通りの手前で、相棒は足を止めた。
手には使い古した革の買い物袋が握られている。
「絶対に動くなよ。余計なものを見ても拾うな。変な路地に首を突っ込むな。知り合いでもない奴に話しかけられてもついていくな。特に魔術学院の生徒と路地裏の占い師には近づくな」
「注意書きが多すぎる」
ノラが平坦な声で返すと、相棒は深い溜息をついた。
「お前を一人にしておくと、十中八九ろくなことに巻き込まれないからだ」
「私は巻き込まれに行ってるわけじゃない。向こうからぶつかってくるだけ」
「それを世間では『引き寄せる』と言うんだ。いいか、私は肉屋で塩漬け肉を買い、香辛料の店へ寄って、十五分で戻ってくる。その間、お前は壁の染みでも数えていればいい」
「染みは三十二個あった」
「もう数えたのか」
相棒は額を押さえると、踵を返して人混みの中へと消えていった。
残されたノラは、石造りの建物の壁に背中を預ける。
日差しは暖かく、頭上を用心深く飛び交う鳥の羽音が心地よい。
平穏で、退屈で、平和な午後だった。
「あと五分」
独り言を呟いたノラは、ふと気まぐれに数歩だけ足を動かした。
大通りから少し外れた、静かな路地の入り口。
ただ、日陰の涼しさに惹かれただけだった。
そこに、外套の裾を翻した二つの人影が血相を変えて走ってくるのが見えた。




