④ 怪人の作り方
「場所も見たい」
ノラが言った。
「いま説明しただろ」
「聞いても分からないよ。地図にして」
「誰が作るんだ?」
ノラは当然のように相棒を見た。
相棒はため息をつき、記録庫の棚から閲覧用の国土図を借りてきた。机の上へ広げると、報告書の日付と照らし合わせながら、事件の起きた町へ木炭筆で丸印をつけていく。
最初は、四月に西の地方都市。
そこから四か月以上空いて、九月初旬には西部の宿場町。翌日は南東の町、その後も北へ移ったかと思えば、再び南へ戻っている。
ノラは地図を眺めていたが、途中で口を挟んだ。
「七月は?」
相棒の手が止まった。
「対象外だぞ」
「場所は?」
「中原宿だ」
「じゃあ、そこにもつけて」
「一連の事件には含まれていない」
「でも、人は死んだんでしょう?」
相棒は何か言いかけたが、結局、中原宿にも印をつけた。ただし、ほかの事件と区別するため、丸ではなく三角にした。
ノラはそれを見た。
「どうして三角なの?」
「対象外だからだ」
「地図の上でも?」
「一緒にしたら分からなくなるだろ」
「何が?」
「治安隊が同じ事件として扱ったものと、外したものだ」
「ふうん」
ノラは納得したのかしていないのか分からない返事をして、再び地図へ目を戻した。
秋も深まる頃には東部へ飛び、中央部へ戻ったあと、今度は北の農村に印がついた。ところが、その次は再び西部だった。
さらに東部、北西部と続いている。
すべての印をつけ終えると、相棒は報告された順に丸印を線で結んだ。七月の三角だけは、線の外に残した。
国土図の上に、何度も折れ曲がる長い線が現れた。街道を辿るわけでも、近隣の町を順番に巡るわけでもない。国の端から端へ飛び、そのたびに引き返している。
ノラは地図を横から眺めた。
「旅行みたいだね」
「旅行?」
「西へ行って、南へ行って、今度は北。せっかく北まで行ったのに、また西へ戻ってる」
「旅商人や長距離の荷運びなら、国中を移動することはある」
「そういう人がいたの?」
「容疑者として浮かんだ者はいない」
「じゃあ、どうしてこの順番で歩いたの?」
「知らん。犯人が何を考えていたかまでは――」
相棒はそこで言葉を止め、地図へ目を落とした。
「どうしたの?」
「いや。この日付は、犯人が瓶を置いた日とは限らない」
「違うの?」
「被害者が瓶を見つけた日か、飲んだ日だ。置かれてから見つかるまで、どれだけ時間があったか分からない事件もある」
「じゃあ、その人がこの順番で移動したかも分からない?」
「ああ」
「この線は?」
「事件が見つかった順に結んだだけだ」
「犯人が歩いた道じゃないんだね」
「そうなるな」
ノラは地図の上を走る線を指で追った。
「でも、線があると、一人の人が歩いたみたいに見えるよ」
「俺が引いたからな」
「治安隊も引いたの?」
相棒は報告書の束を探り、当時の公表資料を取り出した。
「広域で発生した関連事案として、各地の治安隊へ情報を共有している。毒薬の販売記録や、事件の時期に複数の地域を移動した者も調べたらしい」
「見つかった?」
「少なくとも、公開された記録には載っていない」
「一人の犯人だって書いてある?」
相棒は公表資料へ目を通した。
「いや。同じ者による犯行だけでなく、模倣の可能性もあるとしている。全部を一人が行ったとまでは書いていないな」
「じゃあ、毒薬魔は?」
相棒は資料の間に挟まっていた古い瓦版を広げた。
紙面の半分を、大きな見出しが埋めている。
――国中を巡る姿なき毒薬魔。
「都市伝説の出来上がりだな」
「違うよ」
「何がだ?」
「怪人の出来上がり」
ノラは、瓦版の見出しと地図を見比べた。
「怪人がいたから、事件を一つにしたんじゃないんだね」
「というと?」
「離れたところにあった事件を集めて、線で繋いで、名前をつけた」
ノラは見出しを指差した。
「それで、一人の怪人ができたんだ」
相棒は地図へ視線を戻した。
「だが、同じ人間がやった可能性は残っている」
「うん。でも、違う人たちだった可能性も残ってる」
「ああ」
「七月も?」
「自殺だった可能性も、誰かに殺された可能性も、ほかの事件と同じ者が置いた瓶を拾った可能性もある」
「どれか分かったの?」
「分からない」
「なのに、三角なんだね」
相棒は、線の外に残された印を見た。
「治安隊が対象外としたからな」
「線、消して」
「せっかく引いたのに?」
「その人が歩いた道じゃないんでしょう?」
相棒は布を取り出し、地図に引いた線を消した。
あとに残ったのは、国中に散らばる丸印と、一つだけ形の違う七月の印だった。
ノラが中原宿を指差す。
「これも丸にして」
「対象外だぞ」
「どれか分からないんでしょう?」
相棒は黙って三角を拭き取り、ほかと同じ丸を描いた。
線の消えた地図には、離れた町に置かれた幾つもの印だけが残った。どの点とどの点が繋がり、どれが無関係なのか、見ただけでは分からない。
ノラはそれを眺めて頷いた。
「元に戻ったね」
「何がだ?」
「事件。どれが仲間か決める前の形に」




