③ 秋の混濁
「次は?」
ノラが尋ねた。
相棒は七月の薄い記録を脇へ寄せ、一番上にあった分厚い束を引き寄せた。
「秋だ。九月から十一月にかけて、国中で同じような事件が続いている」
相棒が麻紐を解く。
中から現れたのは、各地の治安隊から送られてきた報告書と、回収された瓶や現場を描いたスケッチだった。
「九月初旬、西部の宿場町。滋養薬の瓶が自販機の取り出し口に残されていた。飲んだ男は三日後に死亡」
一枚めくる。
「その翌日、南部の町。これも滋養薬だ。自販機の上に置かれていた」
さらにめくったところで、相棒の手が止まった。
「これは炭酸水だな」
「違う飲み物?」
「ああ。次は果実水。その次は缶入りの炭酸水だ」
相棒は報告書を日付順に並べた。
ノラは机の上に頬杖をつき、瓶のスケッチを順番に眺めた。
「蓋は?」
「最初の頃に見つかった滋養薬は、蓋を壊さないように外して戻してある。だが、こっちは違うな」
相棒は一枚のスケッチを指差した。
「金属の縁がひしゃげている。無理やり押し戻したらしい。こっちは蓋が緩く、瓶の上に被せてあっただけだ」
「缶は?」
「小さな穴を開け、そこから毒を入れたと考えられている」
「置いてあった場所は?」
「取り出し口、自販機の上、足元、硬貨返却口の脇……全部違う」
ノラは机に並べられた記録を端から見渡した。
「同じ人?」
「治安隊は、同一犯による連続投毒事件として公表している」
「どうして?」
「使われた毒が同じで、自販機の近くに飲み物が置かれていた。発生した時期も近いからだ」
「でも、飲み物も蓋も置き場所も違うよ?」
「警戒を避けるために手口を変えたと考えたんだろう。滋養薬が危険だと知られたから、炭酸水や果実水へ変えた。治安隊の見張りが増えたため、蓋を戻す作業も雑になった」
「そうかもしれないね」
あまりにも簡単に頷かれ、相棒がノラを見た。
「納得したのか?」
「ううん」
「今、そうかもしれないと言っただろ」
「その人が本当にいたかもしれないってこと」
ノラは、種類の違う瓶が描かれた二枚の紙を指差した。
「でも、別の人かもしれないよね?」
「模倣犯か?」
「真似できる?」
相棒は少し考えた。
「毒薬は農具店や薬種店で買える。自販機の近くに毒入りの飲み物を置くという手口も、瓦版で国中に知られていた。難しくはないな」
「じゃあ、真似した人がいたかもしれないね」
「ああ。その可能性はある」
「大騒ぎになるのを見たかっただけの人とか」
「愉快犯だな」
「誰かを殺したかった人とか」
相棒の眉が動いた。
「特定の人間を狙ったということか?」
「毎日、同じ自販機を使う人がいたら、そこに置けばいいよね?」
「確実に本人が飲むとは限らないぞ」
「うん。でも、その人が飲んだら?」
相棒は机の上の記録へ目を落とした。
「無差別の毒薬魔による犯行だと思われる。狙われる理由があったとしても、一連の事件に紛れるかもしれない」
「調べたの?」
「公開された記録を見る限り、被害者同士の繋がりや、一人の犯人が各地を移動した証拠は見つかっていない」
「狙われた人がいたかも調べた?」
相棒は別の報告書を開いた。
「被害者の身辺調査はしている。ただし、どこまで調べたかは事件によって違うな。内部で何を検討したのかも、この記録だけでは分からない」
「じゃあ、本当に一人だったのかもしれないし、真似した人がいっぱいいたのかもしれない?」
「そうなるな」
「誰かを殺した人が混ざってたかもしれない?」
「否定はできない」
ノラは少し考え、取り出し口に置かれた二本の瓶のスケッチを見た。
「飲まれなかったのもあるよね?」
「警告が出たあとは、飲まずに治安隊へ届けられた瓶もある」
「届けなかった人は?」
「どういう意味だ?」
「気持ち悪いから捨てた人」
相棒は答えず、ノラを見た。
「自販機の上に知らない瓶があったら、掃除の人がゴミだと思って捨てるかもしれないよね?」
「中身を調べずにな」
「そういう瓶は、記録にないの?」
「届けられていないものは、記録しようがない」
「何本あったの?」
「分からない」
「毒が入ってた?」
「それも分からない」
ノラは頷いた。
「誰にも飲まれなかった毒の瓶が、もっとあったかもしれないね」
「ただの飲み残しや、本当の忘れ物だったかもしれないぞ」
「うん。どっちもあるかもしれない」
相棒は机いっぱいに並んだ記録を見下ろした。
「一人の犯人が、警戒を避けながら手口を変えた。瓦版を見た愉快犯が真似をした。騒ぎに紛れて、特定の相手を狙った者がいた。何も知らずに捨てられた瓶の中にも、毒入りがあったかもしれない」
ノラは指を一本立てた。
「全部、一人」
二本目を立てる。
「何人もいた」
三本目。
「誰かを狙った人も混ざった」
最後に手を開いた。
「全部ごちゃ混ぜ」
「どれも可能性はある。だが、今から確かめるのは無理だ」
「うん」
「当時の治安隊も、内部では模倣犯や個別の殺人を疑っていたかもしれない」
「うん」
「国中が騒ぎになっていた以上、関連する事件としてまとめて警告する必要もあった」
「それも分かるよ」
ノラは、表紙に書かれた『路傍連続投毒事件』の文字を指差した。
「でも、みんなが覚えてるのは、一人の毒薬魔なんだよね?」
「ああ。そういう事件として残っている」
「本当にいたの?」
相棒は答えようとして、机に散らばった記録を見回した。
飲み物も違う。
蓋の戻し方も違う。
置かれた場所も違う。
同じなのは、毒薬と自販機だけだった。
「……分からないな」
「うん」
ノラは満足そうに頷いた。
「分からないことが、分かったね」




