② 除外されたノイズ
相棒は四月の記録を元の束へ戻そうとして、その端に括り付けられた薄い書類に気づいた。
主な記録から外され、細い紙紐で後から付け足されたような、数枚だけの束だった。
ノラが横から覗き込む。
「それ、何?」
「待て。今見る」
相棒は紙紐を解き、表紙を読み上げた。
「『王暦四十年七月中旬、中原宿変死事案』」
その脇には、本文とは違う筆跡で朱書きが加えられている。
『自殺の疑いあり・対象外』
「対象外?」
「ああ。一連の投毒事件には含めないという意味だ」
ノラは朱書きの下に押された小さな印へ顔を近づけた。
「これ、いつ書いたの?」
「七月だろ」
「違うよ。赤い方」
相棒が印を確かめる。
「……秋だな。一連の事件をまとめたときの整理印だ」
「じゃあ、七月に外されたんじゃないんだね」
「そうなるな」
相棒は椅子に座り、薄い記録を上から順番に読み始めた。
七月の半ば、中原宿の自販機付近に残されていた滋養薬の瓶を、一人の男が持ち帰った。瓶には農業用の毒薬が入っており、男はそれを飲んで死亡している。
「四月と同じ?」
ノラが尋ねた。
「自販機の近くにあった滋養薬を持ち帰り、中に入っていた毒で死亡した。そこまでは同じだな」
「じゃあ、どうして外したの?」
「自殺の疑いがあったからだ」
「どうして自殺なの?」
「今、読んでる」
相棒は次の紙をめくった。
「男は仕事を失ったばかりだった。暮らし向きも悪く、知人には金のことで悩んでいるように見えたらしい。治安隊は、それを理由に自ら毒を飲んだ可能性が高いと判断している」
「遺書は?」
相棒は続きを探した。
「ない」
「誰かに、死ぬって言った?」
「そういう証言もないな」
「毒薬は自分で買ったの?」
相棒はもう一枚めくった。
「購入した記録は見つかっていない」
「じゃあ、どうして自殺なの?」
「仕事を失って、金にも困っていたからだろ」
ノラは首を傾げた。
「仕事がなくて、お金に困ってたら、自分で毒を飲むの?」
「全員がそうするわけじゃない」
「じゃあ、この人がそうしたかは分からないね」
「……まあな」
ノラは『対象外』と書かれた朱色の文字を見た。
「でも、秋になったら外した」
「自殺の可能性が高いと判断したからだ」
「可能性なのに?」
「事件じゃないと判断したんだろう」
「誰が?」
「当時の治安隊が」
「どうやって?」
相棒は口を開きかけ、もう一度調書へ目を落とした。
しばらく紙をめくったが、それ以上の理由は見つからなかった。
「ここには書かれていないな」
「ほかの記録は?」
「これは時効後に公開された記録だ。捜査中に使われた報告書や、個々の捜査員が残した手控えまでは入っていない」
「じゃあ、中ではもっと調べたのかもしれないね」
「ああ。事故や他殺の可能性も検討したかもしれない」
「しなかったかもしれない?」
「それも分からない」
「分からないことばっかりだね」
ノラは机の上へ頬杖をついた。
「本人が、自分で毒を入れて飲んだのかもしれない」
「その可能性はある」
「四月と同じように、誰かの忘れ物を拾ったのかもしれない」
「それも否定できないな」
「この人を殺したい誰かが、四月の事件を真似したのかもしれない」
相棒は七月の記録へ目を落とした。
「そう考えるなら、怨恨や周囲との関係も調べる必要がある」
「調べたの?」
「公開された記録からは分からない」
「どれだったの?」
「それも分からない」
「なのに、対象外なの?」
相棒は答えず、朱書きを見下ろした。
ノラは四月の記録と、秋の事件をまとめた分厚い束を指差した。
「秋にいっぱい起きたから、同じ事件を集めたの?」
「治安隊は、そう判断したんだろうな」
「七月のは?」
「自殺の疑いがあったから外した」
「入れたら、同じに見えないから?」
相棒は少し考えた。
「一人の犯人による無差別事件なのか、本人の自殺なのか、誰かがこの男を狙ったのか。七月の一件を入れれば、説明は複雑になる」
「だから外したの?」
「そうだとまでは言えない。内部で何を検討したのか分からないからな」
「うん」
ノラは素直に頷いた。
「でも、みんなが読める記録では外れてるんだね」
「ああ」
ノラは七月の薄い束を取り上げ、四月と秋の記録の間へ置いた。
「これなら、空いてないね」
「何がだ?」
「七月」
ノラは四月、七月、秋の記録を順番に指差した。
「七月には何もなかったんじゃない。分からない一件を外したから、空いて見えただけ」
「入れたところで、同じ犯人の仕業だとは限らないぞ」
「うん。外しても、違うってことにはならないよ」
ノラは机に並んだ三つの記録を眺めた。
「違って見えるものを抜いたら、同じものだけ残るよね」




