⑥ 手配書の裏
翌朝、広場の手配書は剥がされていなかった。
十七年前の聞き取り記録を調べ直すことになっただけで、犯人が見つかったわけではない。
それでも、動かなかった事件簿は初めて別の棚へ移された。
「結局、犯人は分かったの?」
ノラが手配書を見上げながら聞いた。
「分からない」
相棒は慎重に答えた。
「相棒なのに?」
「探偵のお前が分からないものを、俺に聞くな」
「私はいいの。ポンコツだから」
「自覚があるなら直せ」
ノラは青い魚の小袋を指差した。
「警備隊は、ずっとこの人を探してたんだよね」
「袋だ」
「革手袋をして、木底履きで水路へ逃げた、知らない強盗」
「そう見られていた」
「でも、そんな人はいなかった」
広場には祭りの旗が揺れている。
青い布。
銀色の魚。
十七年前、町中に同じ小袋が溢れていた。
事件後、誰も使わなくなった。
「犯人が見つからなかったんじゃない」
ノラが言った。
「存在しない犯人を探してたから、見つかるはずがなかったんだよ」
相棒は返事をしなかった。
掲示板から一枚の紙を剥がす。
裏返し、余白に何かを書き始めた。
「何してるの?」
「警備隊への追加報告だ」
「まだあるの?」
「ある」
相棒は筆を止めずに答えた。
「事件当日の魔道車を見た者が、他にもいるかもしれない。不審者ではなく、知っている人物を見なかったか。異常な音ではなく、いつもの音を聞かなかったか。質問を変えて、もう一度聞く」
ノラは頷いた。
「最初から、そう聞けばよかったのに」
相棒の筆が止まった。
広場の向こうで、魚籠を売る老婆が吹き出した。
「それを十七年前の警備隊に言ってこい」
「どうやって?」
「知らん」
「相棒なのに?」
「相棒も時を遡らない」
「じゃあ、行こう」
ノラは報告書を抱えた相棒を追い越し、自信満々に歩き出した。
「どこへ行く」
「警備隊の詰所」
「そちらは現場へ続く坂道だ」
「詰所も橋の向こうでしょう?」
「橋を渡ったら右だ。お前は正面へ進んでいる」
ノラは立ち止まった。
青い旗を見上げる。
運河を見る。
広場を見る。
何事もなかったように振り返った。
「知ってた」
「今、三方向を確認しただろう」
「現場検証」
「昨日も同じ場所で迷った」
相棒は笑いながら、反対側を指差した。
青い旗の下を、二人は歩き出す。
今度は、同じ広場へ戻らなかった。




