⑤ 存在しない強盗
ノラは事件簿から四枚の紙を抜き、机へ並べた。
一枚目。
壊された裏口。
二枚目。
血の付いた革手袋。
三枚目。
水路へ続く木底履きの跡。
四枚目。
盗まれた青い魚の小袋。
「これを順番に見たら、どう思う?」
警備隊長は不機嫌そうに腕を組んだ。
「水路から来た者が裏口を破り、二人を殺し、品を奪って逃げた」
「誰だと思う?」
「祭りに紛れた水路強盗だ」
「ちゃんと、そう見えるよね」
ノラは紙を裏返した。
「だから、おかしいんだよ」
「何がだ」
「分かりやすすぎる」
相棒が裏返された紙を見た。
どの裏面にも、犯人の名はない。
「壊された裏口は、侵入口に見える。でも、破片は外に落ちていた」
ノラは一本指を立てた。
「革手袋は、荷役人に見える。でも、この町なら倉庫にも船にも、普通の家にもある」
二本目。
「木底履きは、犯人の足跡に見える。でも、大きさが合わない履物を使えば、別の人を作れる」
三本目。
「青い袋は盗品に見える。でも、町中に同じ袋があった。中の印も鍵も、一度も使われていない」
四本目を立てる。
「銀貨は?」
隊長は答えなかった。
「残っていた」
相棒が代わりに言った。
「祭りの日を狙って、見つかりにくい新しい倉庫まで来た強盗が、銀貨を見落とす。でも、すぐには使えない組合印と鍵は持っていく」
ノラは首を傾げる。
「変だよね」
「犯人が慌てた可能性はある」
「慌てた人が、裏口を内側から壊して、手袋を置いて、木底履きで水路まで歩く?」
記録庫が静まった。
窓の外から、運河を行く船の鐘が聞こえる。
「この犯人、失敗したんじゃない」
ノラは裏返した紙を重ねた。
「見せたいものを、全部きちんと見せてる」
隊長の腕が、ゆっくり下りた。
「では、誰がやった」
「分からないよ」
ノラは即答した。
「分からない?」
「十七年前だよ。物も証言も足りないのに、誰かを選んだら、それは推理じゃなくて決めつけでしょ」
隊長は何も言わない。
「でも、強盗じゃない。それだけは調べ直せる」
相棒が組合員名簿を開いた。
親族。
使用人。
組合員。
辞めた者。
仕事で対立した者。
事件当日、早朝から町を動いていた者。
一度は調べられながら、「外から来た強盗ではない」という理由で捜査の中心から外れた名前が並んでいる。
「知らない者を見なかったかではなく、知っている者を見なかったか」
相棒が言った。
「争う音を聞かなかったかではなく、いつもの魔道車や足音を聞かなかったか」
「それを、もう一度聞いて」
ノラは青い袋の絵が描かれた紙を隊長へ返した。
「盗まれた物を探すんじゃない。二人が警戒せず、家へ入れた人を調べて」
隊長は紙を受け取らなかった。
しばらく絵を見つめ、それから事件簿ごと抱え上げた。
「何も出ないかもしれん」
「うん」
「犯人へ届かないかもしれん」
「それでも、いない人を探すよりはいいよ」




