② 水門橋
事件現場へ向かうには、大水路沿いの道を北へ進み、水門橋を渡る。
そのはずだった。
「さっきも、この干物屋を見た気がする」
相棒が立ち止まった。
店先に、同じ顔をした干物が並んでいる。口を開けた魚が一斉にこちらを見ていた。
「水運町なんだから、干物屋くらい何軒もあるよ!」
ノラは自信ありげに角を曲がった。
その先にも、同じ老婆が座っていた。
広場の掲示板もある。
青い手配書もある。
「戻ってきてるが?」
「確認のためだよ」
「何を?」
「道を」
「迷ったんだな」
「町の水路が複雑なんだ!」
「橋、一つしか渡らないって聞いたぞ」
老婆が籠の向こうで笑いを堪えていた。
結局、魚籠を一つ買うことを条件に道を教えてもらい、二人はようやく水門橋へ着いた。
橋を渡った先で、細い堤道が三つに分かれている。
左は荷揚げ場。
右は河川警備隊の詰所。
正面は小型魔道車一台がぎりぎり通れる幅しかなく、途中から緩い坂になっていた。
坂の両側には古い家が並び、その奥に新築の倉庫が見える。事件後に持ち主が変わり、今は染料商が使っているらしい。
「隠れた場所じゃないね」
ノラが周囲を見回した。
「表通りからは見えない」
「でも、ここまで来る間に家がいっぱいある」
「早朝なら寝ている」
「水運祭の初日だよ?」
荷揚げ場では夜明け前から船が着く。祭りの日は、いつもより早く商売が始まる。荷役人も、魚売りも、酒場も起きている。
相棒は坂の上にある倉庫を見た。
「外から来た強盗なら、人目を避けて裏口から入った」
「外から来た人が、ここに新しい倉庫があるって知ってたの?」
「下見をしたんだろう」
「この道を何回も通って?」
相棒が黙る。
坂道は狭い。見知らぬ小型魔道車が何度も往復すれば、住民の目に留まる。
逆に、見慣れた魔道車なら誰も気にしない。
荷役人が革手袋を積んでいても、木底履きで歩いていても、町では当たり前だった。
二人が倉庫へ近づくと、向かいの家から老女が出てきた。
「また警備隊かい?」
「探偵です」
ノラが答えた。
「昨日、広場を三周してた子だろう」
「現場の周辺を確認してたんです」
「干物屋の前を?」
相棒が咳払いした。
老女の名はエダといい、事件当時から同じ家に住んでいる。発見翌日、警備隊の聞き取りも受けたという。
「何を聞かれたの?」
「怪しい旅人を見なかったか。争う音を聞かなかったか。それだけさ」
「何て答えた?」
「見ていないし、聞いていない」
「知ってる人は通らなかった?」
エダは口を閉じた。
運河から、荷を下ろす掛け声が届く。
綱の軋み。
魔道車の低い駆動音。
木底履きが石を叩く乾いた響き。
どれも、この町では朝の音だった。
「知ってる人の魔道車は?」
ノラがもう一度聞く。
「それなら、何台か通ったと思うよ」
「警備隊に言った?」
「聞かれなかったもの」
エダは悪びれずに答えた。
「怪しい人はいなかった。いつもの人が、いつもの道を通っていただけさ」




