プロローグ 青い町の入り口
「着いた! ここが水運の町、ミナトスだよ!」
ノラが両手を広げて胸を張った。
頭上には初夏の風が吹き抜け、川の匂いと、どこかの屋台から漂う香ばしいタレの匂いが混ざり合っている。
相棒は地図から目を上げ、静かに周囲を見回した。
「……ノラ」
「何? 探偵の勘に感動した?」
「あそこに見える門の看板、何て書いてある」
「え? 『ようこそ、ミナトスへ』」
「裏側だろ」
「え?」
「俺たちは今、町から出ようとしている」
ノラの笑顔がぴたりと止まった。
「……町を出ることで、外からの防犯意識を高める高度な現場検証だよ」
「駅から歩いて五分で町を出るな。引き返すぞ」
相棒がノラの首根っこを掴んで回れ右をさせる。
運河沿いの石畳には、青い布があちこちに結ばれ、魚をかたどった銀色の飾りが涼しげな音を立てていた。年に一度の水運祭を控え、町全体が浮き足立っている。
「でも、今回の依頼って何だっけ? 美味しい川魚を食べる仕事?」
「祭りの警備補助と、古い未解決事件の資料整理だ。河川警備隊から正式に来た依頼だぞ」
「資料整理かあ……文字がいっぱいあるやつだ」
「読むのは俺の仕事だ。お前は余計なものに引っかからずに歩いてくれ」
「失礼だなあ。私、怪しいものを見つけるのは得意だよ」
「お前が引っかかるのは、大抵美味そうな匂いと、同じ形の角と、干物屋の親父だ」
二人が運河に架かる小さなアーチ橋を渡ると、賑やかな広場が見えてきた。
色とりどりの屋台が並び、青い旗が翻るその中央に、人だかりのできた大きな掲示板がある。
「ほら、見て相棒! 広場があったよ。私の勘、当たってたでしょ!」
「俺が案内したからだ」
ノラは相棒の小言を聞き流し、吸い寄せられるように広場の掲示板へと駆け寄っていった。
祭りのお祝いムードで埋め尽くされたその板の真ん中に、ひときわ異質な、色褪せた青い紙が貼られているのを見上げるために。




