④ 腐敗の底
村を出る前に、二人は浄化槽があった場所へ立ち寄った。
建物はすでになく、埋め戻された地面に枯れ草が揺れている。
答えは土の下にない。
浄化槽は壊され、遺体は葬られ、長い年月が過ぎた。
「真相を知っている者は、いると思うか」
相棒が尋ねる。
「いるかもしれない」
「村の者か」
「分からない」
「役人か」
「知らない」
「本当に事故だったかもしれない」
「うん」
「青年が、誰にも見せなかった一面を持っていた可能性もある」
「うん」
ノラは否定しなかった。
人柄だけで、事故を否定することはできない。
多くの者が信じた青年像が、本人のすべてだったとも証明できない。
「でも」
ノラは地面を見る。
「分からないことと、覗き魔だったことにするのは違うよ」
雪が一片、枯れ草へ落ちた。
「事故だった証拠がないなら、他殺と決めちゃいけない。他殺の証拠がないなら、事故だったことにもできない」
「何も決められないな」
「それでいいんだよ」
「遺族は、それで納得するのか」
「しないと思う」
「では、意味がない」
「あるよ」
ノラは古い瓦版を取り出した。
覗き目的。
その言葉へ、一本の線を引く。
「証明されていない汚名だけは、外せる」
青年の死は解決しない。
誰も裁かれない。
事故だったのか、事件だったのかも分からない。
それでも、本人が語っていない欲望を、死の理由として残す必要はない。
そして、事故という一言で一緒に埋められたものがある。
青年が追っていた数字。
消えた許可簿。
声を上げた者達の名前。
再調査を拒んだ理由。
誰が得をしたのか。
それらは、浄化槽より深い場所へ沈められていた。
「腐っていたのは、何だったんだろうな」
相棒が呟く。
浄化槽。
長い時間。
噂。
一度出した結論を、確かめ直さなかった仕組み。
青年の死と同時に、都合の悪い帳簿まで消えた村。
ノラは少し考えた。
「さあ?」
「最後まで分からないのか」
「でも、底に溜まっていたのは、汚泥だけじゃなかったみたいだね」
「うまいことを言ったつもりか」
「少しだけ」
ノラは歩き始めた。
数歩進んだところで、相棒が呼び止める。
「その紙束は何だ」
ノラは腕の中を見る。
嘆願書の写し。
借りたままだった。
「……返してきて」
「なぜ俺が」
「私、さっきの役人さんに嫌われたみたい」
「理由に心当たりは?」
ノラは首を傾げた。
「ない」
「腐っているのは、お前の記憶だ」
二人は、また村へ戻った。
埋められた浄化槽の跡には、誰もいない。
答えのない疑問と、青年へ着せられた汚名だけが、長い間、その底に残されていた。




