② 入れたことになっている穴
翌朝、二人は村役場の記録室にいた。
壁際には古い帳面が並び、湿った紙と埃の匂いが籠もっている。
同じ革表紙の帳面が、年ごとに揃えて置かれていた。
一冊だけ抜けている。
ノラは空いた隙間へ指を入れた。
隣の帳面には埃が積もっているのに、その場所の棚板だけは色が違った。
何かが、長く置かれていた跡。
そして、少し前に持ち出された跡。
「そこは事件と関係ない」
役人が言った。
ノラはまだ、何も尋ねていなかった。
「何があった場所ですか?」
「関係ないと言っている」
「そうですか」
ノラはそれ以上聞かず、差し出された椅子へ座った。
相棒だけが、空いた棚と役人の顔を交互に見た。
「調査は終わっている」
役人は最初にそう言った。
「青年は屋外の汲み取り口から、自ら浄化槽へ入った。奥へ進み、身動きが取れなくなった。寒さと身体の圧迫による事故死だ」
「汲み取り口の寸法は?」
役人が図面を出す。
ノラは卓上へ広げた。
上下が逆さまだった。
相棒が無言で回す。
「分かってたよ」
「続けろ」
屋外の汲み取り口は、成人男性が楽に通れる大きさではない。
だが、身体を斜めにし、片方の肩から入れば、絶対に不可能とまでは言い切れなかった。
「生きていたのなら、身体を捻ることができる」
役人が説明する。
「うん」
「搬出時には死後硬直していた。だから入口から出せず、周囲を掘って槽を壊した」
「それも分かります」
ノラは図面の奥を指した。
「入ったあと、この中で向きを変えられますか?」
役人は黙った。
「服を脱いだのは、狭い場所を進むため?」
「そう考えられている」
青年は上半身裸で見つかった。
脱いだ服は捨てず、胸元へ抱えていた。
「服を脱がないと進めないほど狭い。でも、脱いだ服を抱えたまま奥まで進んだ」
「失いたくなかったのだろう」
「そうかもしれません」
「またか」
相棒が呟いた。
ノラは別の記録を開く。
青年の片方の履物は、遺体の近くから見つかった。
もう片方は、住居から離れた川辺にあった。
「自分でここへ来たなら、履物はどこで片方だけ脱げたんでしょう」
「途中で落とした」
「浄化槽へ入る前に?」
「そうだ」
「離れた川辺から、片方だけ履いて歩いてきた?」
「誰かが後から動かした可能性もある」
「誰が?」
「それは分からない」
ノラが顔を上げた。
役人は苛立った様子で口を結ぶ。
「分からないこともありますよね」
「何が言いたい」
「何も」
「お前は最初から、事故ではないと言いたいのだろう」
「言ってませんよ」
「では、他殺か」
「それも言ってません」
役人の手が、卓を叩いた。
「なら、何を調べている!」
ノラは瓦版の一文を指差した。
「覗き目的だった証拠です」
室内が静まった。
「若い女性の住居にある浄化槽から、男の遺体が見つかった」
「それは、その場所で見つかった証拠です」
「自ら入った」
「入るところを見た人は?」
「いない」
「覗くと話していた?」
「いや」
「撮影具や覗きに使う道具は?」
「見つかっていない」
「住人の女性は?」
「村にいなかった」
ノラは記録を閉じた。
「では、何を根拠に覗き目的と決めたんですか?」
役人は答えなかった。




