① 残された汚名
村へ入る街道の脇に、古びた立札があった。
日没後の採掘を禁ず。
違反した荷車と積荷は没収する。
墨は薄れ、板の端は割れている。
その前を、泥にまみれた荷車が通り過ぎた。
荷台には厚い布が掛けられ、中身は見えない。車輪の跡から、山の方角から下りてきたことだけは分かった。
「日没後だけど」
ノラが立札を見る。
「見れば分かる」
「あの荷車、没収されるのかな」
「許可を得ているんだろう」
「夜は全部禁止って書いてあるよ」
「古い決まりだ。今は使われていない」
「だったら、立札を外せばいいのに」
「村へ着く前から首を突っ込むな」
相棒に背を押され、ノラは何度も振り返りながら歩き出した。
その青年は、村で頼られていた。
壊れた柵があれば直し、雪で道が埋まれば誰より先に鍬を持った。祭りでは子供達の面倒を見て、揉め事が起きれば間へ入った。
正義感が強い。
世話好き。
少しお節介。
青年を知る者が語る人柄は、どれも似ていた。
けれど、死後に残された記録は違う。
若い女性の住居へ忍び込み、便所の下から覗こうとして、狭い浄化槽から出られなくなった。
真冬の事故死。
役人はそう結論づけた。
「覗き魔だったんだよ」
村の酒場で、男が声を潜める。
「まさか、あの人がな」
別の男が酒を飲み、首を振った。
「人は見かけによらん」
ノラは黙って聞いていた。
向かいに座る相棒は、麦酒の器を置く。
「見るな」
「何を?」
「考えている顔をするな」
「顔は勝手に考えないよ」
「お前が考えると、俺が巻き込まれる」
ノラは卓上の古い瓦版へ目を落とした。
青年の名は小さく書かれている。
覗き目的。
侵入。
事故死。
三つの言葉だけが、何度も繰り返されていた。
「ねえ」
「嫌だ」
「まだ何も頼んでない」
「浄化槽を見に行くつもりだろう」
「どうして分かったの?」
「分からないと思ったのか?」
ノラは少し考え、酒場の主人を見る。
「その浄化槽、まだありますか?」
主人の顔から笑いが消えた。
「ないよ」
「埋めた?」
「壊したんだ。遺体を出すためにな」
ノラの手が、瓦版の上で止まる。
「入った場所から、出せなかったんですか?」
酒場の主人は眉を寄せた。
「死後硬直した身体と、生きた身体は違う。生きていれば、肩をすぼめて入れたんだろう」
何度も繰り返された説明なのだろう。
言葉に迷いがなかった。
「そうかもしれませんね」
ノラは素直に頷く。
主人の顔に安堵が浮かんだ。
「では、何が見えたんですか?」
安堵が消えた。
「何?」
「便所の下から。覗くために入ったんですよね?」
酒場が静かになった。
ノラは瓦版を裏返し、余白へ何かを書き始める。
「入口を通れたとして、その先を移動できたのか。便器の下まで行けば、何が、どの角度で見えたのか」
「若い女の家だぞ。見るものなど決まっている」
「その人、村にいなかったそうですけど」
誰も答えなかった。
事件の数日前から、住人の女性は村を離れていた。
実家へ帰り、家は空だった。
「知らなかったんだろう」
酒場の客が言う。
「そうかもしれません」
「なら、何もおかしくない」
「そうかもしれません」
ノラはまた頷いた。
相棒が額を押さえる。
「その言い方をやめろ」
「何で?」
「話が終わったように見えて、絶対に終わっていない」




