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幕間 白い竜を捜す姫

 アメリア王女が白飛竜ブランシュを授かったのは、十歳の誕生日である。


 手のひらに載る卵を、ひと月抱いて温めた。殻を破って出てきた雪色の仔竜は、最初に見たものを親と思う習いのとおり、幼い王女を親と決めた。以来七年、二人は一緒に育った。行儀作法の教師から逃げるときも、母を亡くして泣いた夜も、隣にはいつも、あの白い翼があった。

 だから——「ブランシュが厩舎を破って逃げた」と聞かされた朝、王女は一度だけ、はっきりと言った。


「あの仔は、理由もなく逃げたりしません」


 誰も、取り合わなかった。管理不行き届きの世話係は処分された、後任には名高いギデオン卿が、と宮廷は口を揃え、父王は「済んだことだ」と首を振り、話はそれきり閉じられた。

 閉じられなかったのは、王女の中だけである。


 彼女は、処分されたという世話係を覚えていた。

 お忍びで飼育舎に通う王女を、あの若い世話係は、告げ口ひとつせず迎えてくれた。ブランシュの好物は霜の降りた朝の川魚であること。翼の付け根を掻いてやるときは、左から。雷の晩は、厩舎の灯りをひとつ多く。……竜の一挙一動を、我がことのように語る目をした人だった。

 あの人が、竜を逃がす。あり得ない。あり得ないことがまかり通ったのなら、通した誰かがいる。


 十七歳の王女に、できることは少なかった。それでも、少ないなりに、あった。

 書庫の管理官に頼み込み、「王家の記録の勉強」と称して当直簿の写しをあらためた。問題の夜の頁だけ、紙の白さが違った。綴じ直された跡があった。

 魔道具に興味があると言えば、魔導具師組合は喜んで台帳を見せてくれた。頸環式従属強制具・試作一号。納品先、王宮魔獣院。納品日は、ブランシュが逃げる十九日前だった。

 厩舎の掃除係の老人は、上等の葡萄酒を一瓶進呈すると、ようやく口を開いた。あの冬、白竜の房から、焼けた毛の臭いが何度もした、と。


 証拠となる紙切れが、一枚ずつ積み上がっていく。けれど、それを載せる秤が、宮廷のどこにもなかった。相手は院長の甥。こちらは後ろ盾のない第三王女。生半可に騒げば、紙切れごと握り潰されて終わる。

 王女は、待った。歯噛みしながら、二年——秤が現れる日を。


 その間も、ブランシュの行方だけを追い続けた。北の山で白い影を見た、という猟師の話に侍女を走らせ、西の湖に竜が降りた、という噂に振り回され、そのたびに外れて、枕を濡らした。

 南東の噂を拾ってきたのは、出入りの香料商だった。曰く、死の荒野だったダールが花畑になっている。曰く、その空を、白い飛竜が飛んでいる。曰く、領主は流刑者上がりの、若いのに妙に年寄りくさい、蜂飼いの男爵——。

 その夜、王女は手紙を書いた。署名は入れなかった。入れられなかった。王女の名は、まだ、誰かを守れるほど重くない。

 返事は、ひと月後に来た。飾りけのない、無骨な字だった。


 【あんたの仔は、いい仔に育ってる】


 王女は、その一行を、三十回読んだ。それから侍女が寝静まるのを待って、七年ぶんだけ、泣いた。

 窓の外、南東の空に向かって、彼女は小さく頭を下げた。顔も知らない蜂飼いと、その空の下の白い翼へ。


「……もう少しだけ、待っていて。秤は、わたくしが持って行きますから」


 その証拠を載せる「秤」が観兵式の惨劇という最悪の形で現れようとは、王女とて思ってもいなかった。だが、来てしまったからには載せるだけだ。二年分の紙切れを胸に抱え、末席から立ち上がったあの日の王女の背筋を、居合わせた諸侯は長く語り草にすることになる。

 ——強いて言えば、それだけの話である。白い竜を捜していた姫が、竜と一緒に、正直者をひとり見つけた。それだけの、話である。

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