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七年前、3カ月の旅の末に魔王とその配下を斃して戻った勇者一行は、王都一周のパレードの後、王宮のホールに集った王侯貴族と出身村人等の関係各位の前でその功績を称えられた。
3年じゃなく3カ月って、早過ぎない?魔王軍、弱過ぎない?という疑問は置いておく。多分、物語が始まる前なのでサクッと流されたのだろう。
討伐軍のメンバー(当時)は、
平民ゼノ18歳。ポッサロ村出身。
聖女セリーヌ18歳。中央神殿所属。
魔剣士ユリア20歳。女性騎士団所属。
風魔法の使い手ヨナ17歳。伯爵令嬢。
土魔法の使い手セナ17歳。伯爵令嬢。
平民ココ19歳。ポッサロ村出身。
このキャスト、勇者ハーレムか?
加えて、王家は勇者を見出して魔王討伐を依頼するにあたり、褒賞は何でも与えられ「望めば王女だって娶れる」と約束したらしい。お嫁さん、よりどりみどり。
人々は訪れた平和に狂喜乱舞し、戻った勇者一行を褒め称え、勇者が誰を娶るかで賭けに興じた。
一番人気は聖女。だが、平民男子が武功の末に王女を娶る(側妃腹で第6だけど)というサクセスストーリーも捨てがたい。いやいや、そこはやはり、長年を共に過ごした幼馴染だろう。或いは、伯爵家の双子をセットでゲットも勇者ならOK?はたまた、年上のキリッと美人騎士がダークホースか?と、盛り上がる下馬評。
人々が固唾をのんで見守る中、勇者の声が朗々とホールに響き渡った。
「ミッテ伯爵家のリナリーさん!第一印象から決めていました。俺の嫁になってください!」
シーン……のち、ザワザワ、である。
それ、誰?
はい、わたくしが中庸伯爵家の次女リナリー・ミッテ。当時16歳。学院に通わず領地でひっそり暮らしていたので王都での知名度は低かろう。
勇者との面識は一応、あるにはあった。
北部のポッサロ村は風光明媚な避暑地。15歳の夏、猛暑の自領を離れ、ミッテ家に婿入りした義兄の実家が所有するコテージで過ごした。
コテージの管理を任されていたのがココの親で、ゼノは猟師の息子だった。わたくしがコテージの庭でアイスティーを飲んでいるときに、料理番のココに雉肉を届けに来たのを見たのが最初の出会い。
出会いと言っても、目が合ったので軽く首を傾げて「こんにちは」と挨拶した程度だ。ゼノは直立不動の姿勢で「ハイ!本日はお日柄も良く、こんにちはデス!」とハキハキ応じてくれた。
わたくしからゼノへの第一印象は、涼しげな色合いの青年だなというもの。村人の大半は茶色の髪と瞳だが、ゼノは青銀の髪にアイスブルーの瞳をしていたので。でもまあ、それだけだ。むしろ、受け取った雉肉を空間に出した保冷箱に入れたココの収納魔法に目が釘付けになり、ゼノのことは一瞬で忘れた。
次に会った時、ゼノはガーデンチェアに座って画集を見ているわたくしにクローバーとマーガレットの草束を差し出した。
「こ、これを!」
「まあ、ありがと……おぉ?」
受け取ろうとしたら、開いていた画集のページにパラパラと何かが落ちた。
「ギャーッ、お嬢様ァ!!」
草束にアブラムシが付いていたのだ。
後ろの侍女その⑦が差しかけていた日傘を放り投げ、椅子ごとわたくしを持ち上げてテーブルから遠ざけた。
「この慮外者があぁぁっ!そこへ直れゃあぁぁっ、手討ちにしてくれるわ!」
侍女その④がドスの効いた声で叱責しながら重い画集をバララララッと羽ばたかせて、ゴマ粒大のアブラムシ群を除去する。
「うあぁっ、申し訳ない!し、し、死してお詫びををぅ」
なんて力持ちで有能なわたくしの専属侍女(総勢7人当番制)たち。でも、そこまで怒らなくていいし、青年も簡単に死を受け入れないでほしいわ。
見れば、クローバーはすべて四つ葉のようだ。時間をかけて集めてくれたのだと思えば、気持ちは嬉しい。
「せっかくなので受け取りたいのですが、そのままではちょっと……虫をきれいに洗い流してきてくださらないかしら?」
「は、はいっ!直ちに!あっ、そうだ!」
首を落としてくれとばかりに芝生の上にひれ伏していたゼノは、散らばった草をかき集めて川の方へ走り去って行き、暫く後にクローバーや野の花が閉じ込められた氷柱を抱えて戻ってきた。
「涼しげでとても素敵。ありがとう」
それから避暑地での三週間、コテージの庭には野の花の氷柱が毎日届けられ、ミッテ家は凉を得て、快適な夏休みを過ごすことができた。
次の年の春先、昼餐の場で義兄が「夏に行ったポッサロ村の話だけれど、あそこの猟師の息子が勇者だったらしいよ。コテージの管理人の娘と一緒に魔王討伐の旅に出たそうだ」と言った。
すぐに顔と名前を思い出せたのはココだけで、猟師の息子って?と首を傾げたら、姉が「あなたは本当に他人に興味がないのねえ。彼、毎日コテージに来ていたじゃないの。ほら、氷柱の人よ」と苦笑した。
氷柱?ああ、アブラムシの人か。
そのアブラムシの人が嫁になれと言う。
ポッサロ村関係者枠でココに招待され、姉夫婦と一緒に会場の隅のテーブルで雉のローストを食べていたわたくしは、カトラリーを置いて立ち上がり、ホースラディッシュの辛みでツンとくる鼻を押さえつつ微笑んだ。
感極まって涙ぐんでいるように見えたかもしれない。ホースラディッシュ、いい仕事をする。あらいやだ、鼻水が。
「ハイ、ヨロコンデー」
何がなんだかサッパリわからんが、承諾一択である。
当時のわたくしは、気が進まないがこちらからは断れない縁談を二つ抱えていた。
王弟の第二妃になって『侍女殺しメリー』の異名を持つ正妃にしばき回されるのも地獄。筆頭公爵家嫡男(バツ2)に嫁いで姑&出戻り小姑の姉三人にいびり倒されるのも地獄。そこへ来た勇者の求婚は、まさしく渡りに船。これは乗るでしょ。
万歳三唱。さようなら地獄。こんにちは美食天国。夫が猟師なら、わたくしのこれからの人生は好物の雉のロースト食べ放題だわね。ハチミツ味がすると噂の熊の右手も食べてみたかったの。よろしく、アブラムシの人。
斯くして、勇者は莫大な褒賞金と『勝利者』を意味するヴァンクール姓と一代限りの勇者爵(王位に次ぐ身分)と王都一等地の屋敷、そして望むままの褒賞嫁リナリー・ミッテを手に入れたのである。




