表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/24

天敵の三人

 そして大会にバッドコンディションで臨んだ。

 その結果はまあ、俺たちの圧勝だった。というか2日目に限らず、決勝まで俺たちは破竹の勢いで進んでいき、ちょっとした有名人になりつつある。正確には大暴れしていた大地とほむらが、であるが。


「よーし、次は決勝だ。俺の人気はさらに滝登りだぜ!」

「大地、それを言うならうなぎ上りよ」


 2人は決勝前だというのに気の抜けるコントをしている。ほむらは初日の緊張はどこへ行ったんだと思うほどに、大地の馬鹿すぎるボケにツッコんでいる。こんな光景を見ていると、俺たちが勝ち残ってよかったんだろうかと思う。

 勝負が終われば俺は即家に帰りアイと一緒の時間を過ごし、ほむらと大地は会場周辺で遊びほうけていた。他の出場者は各校の選手の試合を見て作戦などを考えていたというのに、俺たちはそんなことはまるでしていない。

 ただ単純に、元々の実力のみで勝ち上がってきたのだ。

 強い者が勝つ、それは当然のことなのだが、あまり真剣に勝負に打ち込まなかった俺たちが勝ち残ると、ちょっと申し訳ない。


「ところでさ、次の対戦相手って誰だっけ?」

「知らね」

「さあ?」


 これだ。

 俺も人のことを言えないが、決勝戦の対戦相手すら把握していない俺たちが優勝しても、誰も納得する奴なんかいないだろうな。それでも、勝てるなら勝っちゃうんだけどね。

 申し訳ないとも思うが、アイに褒められたらうれしいという気持ちを凌駕することなどできないのだ。


「さ、そろそろ時間だ」


 時刻は夜7時、夏とはいえもう太陽は沈んで完全な夜だ。

 どうして夜の方が観客は盛り上がるんだろうかなどと、全く緊張感のないことを考えながら会場に向かう。

 こういう時によくあるのが、廊下を歩くあのカツカツ音が妙に緊張するといったものだが、あいにくとそれは静寂の中でしか通用しない。


「決勝だぜ決勝! 月野ちゃん見てっかな?」

「そりゃあ担任なんだから見てるでしょうね。ママ、ちゃんと録画しててくれてるかな? 大地のカッコいいところ、今日はエンドレスでオールナイトする予定なんだから」

「なあアキト、優勝した時のポーズはこんなんでどうかな?」

「負けたとき滑稽だぞ。そんな考えは」

「大丈夫だ。負けた時のポーズもちゃんと考えてある。勝者よりも目立つダイナミックなポーズをな!」


 などと、緊張感がまるでない会話を繰り返している。しかも約1名、負けた時用のポーズまで考えているとのことだ、

 この光景を俺らが負かした奴らが見たら、悔しくて涙ながすね。俺だったら殺意抱くよ、真面目にやってきてこんな奴らに負けたら。


「でもま、緊張するよりかは百倍マシだろう」


 こいつらは決勝戦だというのにいつも通りの自然体、勝負に対する誠意が欠けているのがやや問題だが、自然体でいることにより常に90%の力を発揮できる。

 手が縮こまる、なんて自体は早々に起きない。これは大きな強みでもある。

 そしてこの状態のまま、試合会場に入る。

 会場は熱気に包まれている。学生たちの本気の勝負は民衆にとって最もエキサイティングな娯楽、プロレスやボクシングなどとは比べ物にならないほどの派手さを誇っている。

 そんな大会の決勝戦だ。盛り上がりも一際ということだ。


「ん? おいあいつら、予選の時に俺らを退場にさせた奴じゃないか?」


 大地が対戦相手を指さして言った。どうやら俺たちの対戦相手はすでに会場に入っていたようだ。

 あれは……確か水を使うやつと、分子振動を引き起こす能力者だったな。最後の最後で前情報のある敵とは、少しありがたい。

 あと、俺は退場させられてない。


「やったわ、リベンジできるわね!」

「ああ、この大会で唯一負けっぱなしのやつだからな」


 これは、かなりいい方向に事が運んでいる。緊張なんて微塵もなかったこの2人、それゆえに闘争心すら欠けていたこの2人に、気合が入った。

 今のこいつらに勝つのは俺でも容易では……。


「俺は俺の氷を溶かしやがったあの男とやるぜ」

「私はあの水使いの女とやるわ」


 ……聞き間違いだろうか?


「3人で、あいつらを倒すんだよな?」

「ああもちろんだ。俺があのでかい男を。ほむらがあの女を。アキトは余った奴を倒す」

「アホか! なんでわざわざあいつらに有利な1対1の状況を作りだすんだよ!」

「そうしなきゃリベンジにならない!」


 そう言い張る大地の顔を、俺は殴りたくてしょうがない。


「はっきり言うぞ。確かに戦い方次第では勝ち目があるかもしれない。だけどな、一歩間違えば即敗北、それぐらいの相性差があるんだ。ここは3人であいつらをまとめて相手にするか、もしくは1対1の状況を作りだすにしても担当する相手を変えてだな」

「そんな勝利に意味はない!」


 俺の講釈を遮り、大地はすでに臨戦態勢を整えている。

 これもうだめだ。俺の話なんか聞いちゃいない。

 さっき言った通り勝ちの目は多少はあるし、この2人ならその小さな勝利をもぎ取ることも可能かもしれない。

 だが、わざわざ勝率の低い方に行くなど、愚の骨頂と言う他ない。


「ほむら、お前ならわかるよな? どうするかが最善かは」


 俺とほむらがうまく立ち回れば、大地があの剛力とかいう男と1対1の状況にしないで済む。ほむらは大地と違って馬鹿ではない。何が最善かは分かっているはず……。


「ええ、もちろんよ。ここで逃げたら女が廃るわ!」

「ばかああああああああああ!」


 俺の叫びもむなしく、2人はわざわざ自分の天敵とでもいうべき相手と戦う気満々でいる。手をポキポキと鳴らし、炎と氷を手の平に出したりなどを繰り返している。


『おおっと、赤坂選手に青峰選手、すでに気合十分か!? まるで獲物を狙う獅子のごとき鋭い表情だー!』


 うるせえアナウンス! こいつらは獅子なんかじゃねえ、脳みそチンパンジーだ!


「ふふふ、やっぱりあの方たち、とても面白いわね」


 敵の1人、水を操作する能力者、水星が俺らを見て優雅に笑っている。


「あの男、佐藤アキトといったな。あいつは私の標的だ。手を出すなよ」


 分子振動の能力者、剛力が大地やほむらと同様、自分勝手な意見をする。

 それに対して、未知数の能力者、見村が呆れながら注意する。


「ダメだよ剛力。敵の、赤坂大地さんは水星には相性が悪いんだ。僕らでうまくサポートしないと。チームワークが大切だって、この大会で身に沁みたろ?」

「……分かった。私はどうすればいい?」

「私が佐藤さんを狙うから、あなたたち二人は残りをやる、それでいいでしょ?」

「水星、君もかい? 偽名使われたぐらいでそんなに根に持たなくても」

「別に根に持ってなんかいないわよぉ?」


 ふふふ、と笑いながら、明らかに不快感を醸し出している。

 あの時、名を聞いた自分に対して偽名を使ったことが相当おかんむりらしい。


「3人固まって、2人が敵の攻撃を迎え撃つ。僕がとどめを刺す。単純だけどこれが効果的だ。むこうも3人で僕らを攻撃するだろうから、水星と剛力の連携がカギになるよ」

「このゴリと私が連携?」

「誰がゴリだ! 私は剛力だ!」

「はあ、仲良くしてくれないかなあ」


 なんとも気の抜ける大戦カードが決勝戦になったものだ。

 両者共に能力が上位の部類に入り、戦闘センスもそれなりに持っていた。

 ゆえに、そこまでの誠意もなく勝ち上がってきたもの同士だ。

 だが両チームには戦う理由がある。

 ほむらと大地、そして剛力はリベンジ。水星は自分を馬鹿にした相手への報復。

 気合は十分だ。チームワークは別として。


「もうお前らの好きにやれ! 俺はもう知らん!」

「おお! 愛してるぜアキト!」

「愛してるわよ大地!」


 ここまで来たんだ。ポイントはもう十分だ。あとはもう、存分に楽しめばいいさ。

 俺は残りの、あの見村とかいうやつと全力で戦い、できるだけカッコいいところをアイに見せつける。それだけを考え、特攻する。

 作戦も何もない、完全な出たとこ勝負だ。


『それでは両者! レディ…………ファイッ!』


 アナウンスの試合開始と同時に、ほむらと大地は左右に分かれて走り出した。

 そして会場の3分の1は自分の領土であるかのように陣取り、敵に対してこう言い放つ。


「勝負だデカ男! 予選の時の雪辱、晴らさせてもらうぜ!」

「来なさい水女! あたしの炎で燃やし尽くしてあげるわ!」


 2人の奇行に、場内は唖然となった。敵も観客も含めて、全く予想してなかったことだ。

 シーンと静まり返った場内で、観客がひそひそと話し出した。


「なあおい、あいつらの能力って確か……」

「ああ、かなり相性が悪いはずだ。今まで見てきたから間違いない」

「なのにわざわざ勝負って…………燃えるな!」

「おお! まさにオトコだ! 漢字の漢と書いて漢だ! あっちは女だけど、それでも漢だ! 熱いぜ!」


 観客は2人の無謀な行動に感極まったのか、立ち上がって歓声を上げた。

 そりゃあ、見ている分には面白いだろうさ。無茶で無謀な戦いはさ。しかも自分からそれをしに行っているんだ、俺も傍観者なら盛り上がっていたかもしれない。

 しかし仲間の立場からすれば迷惑行為ってことを、観客の皆さんには分かってもらいたい物ではありますがね。


「フ……フフ、ハッハッハ! 面白い、面白いぞ赤坂大地! その挑戦、この剛力マサルが受けて立つぞ!」


 剛力は高らかに笑いながら、大地の方へと駆けて行く。


「うふふふ、勝利よりも意地を取る。その姿勢、大好きよ。この水星ウルハ、全力をもってあなたの炎を消してごらんにしてあげるわ!」


 水星はその場で水を湧き出させ、波に乗るかのように移動を開始した。

 2人とも、それぞれが大地とほむらの挑戦を受けて立った。その時点でこちらの圧倒的な劣勢、敗色濃厚だ。

 それでも、あの2人がやるだけやって満足するのなら、それもまたよし、それでいい。


「……あの2人以上のおバカもいるんだね」


 一人残された見村が、そうつぶやいた。

 あいつらがバカか、全くの同感だ。俺に迷惑ばかりかける、というか迷惑しかかけないどうしようもない奴らだ。だけど、それでも俺はあいつらの仲間なんだ。あいつらが好き勝手出来るよう、俺が頑張ってやるのさ。


「お前の相手は結果的に余り物の俺がやる」

「うん、こちらとしては好都合だ。この状況、僕らからすれば理想的すぎるからね」


 見村はうっすらと笑みを浮かべながら、右の手のひらをこちらに向ける。

 こいつの能力は未知数、何があるか分からない。となれば、俺のテリトリーにこいつを引き入れる!

 俺は自分の能力の範囲内に見村を収めるように、全速力で走り始める。腰を曲げて忍者のように走り、俺の体を能力で覆えるように、絶妙の位置に両手を置く。

 これなら相手のどんな攻撃にも対応できる。

 なにがくる? 遠距離か、それとも俺と同じように近距離か、もしくは両方の性質を併せ持つ便利能力か。

 俺はあらゆる可能性を思案しながら見村との距離を詰める。

 それに対し見村は、動かない。その場から一歩たりとも動くそぶりを見せない。

 まるで俺が近づいてくるのを待っているかのようだ。

 罠か? それならそれで、構わない!

 俺と見村の距離は縮まり、能力の射程圏内に入った。俺は手を伸ばし、見村に見えざる攻撃を与えようとする。

 勝てる! そう思った瞬間、俺の体に何かが触れる感触があった。


「くっ……!」


 俺は能力で感触があった場所を思いっきり薙ぎ払うようにした。が、なんの感触もない。

 確かに何かが俺の体を触れたのに、そこには一切の存在が確認できない。

 何かしたのか、と見村の方を見てみると。


「なん……で?」


 驚きに満ちた表情をしていた。

 何かがおかしい、そう感じた俺は、見村との距離を空けるために後ろに跳ぶ。


「……そうか、分かったぞ君の能力。テレキネシスだね?」

「…………」


 顔に出なかっただろうか?

 能力をあっさりと看破され、内心、心臓バクバクだ。


「無表情を貫いても僕には分かるよ。なぜなら、僕も同じ能力だからね」

「自分で自分の能力を暴露か。大した自信だな」

「なに、遅かれ早かれ君は気付いていたさ」


 見村の言う通りだ。相当焦ったのは確かでも、よく考えれば見村が俺と同系統の能力を持っているから、俺の能力に感づけたのだ。

 それにさっきの攻撃、見えないのに感触があるなど、丸っきり俺と同じだ。微かな違いはあるだろうが、能力の看破は俺たちにとっては容易なことであった。


「あの2人とは違って僕らは全くの互角、というわけか」

「……そうかもな!」


 そう言って、俺は見村との距離を詰める。能力が分かった以上、ガンガン攻める。

 攻めて攻めて攻めまくって、相手が気付いていない俺との差に気付く前に、叩き潰す!


「どっちが先に当てられるか、勝負だ!」


 あいつは能力が先に当たった方に分があると考えている。だが実は違う。

 もし俺の能力が見村よりも先に当たったとしても、まだ俺の勝ちは決まらない。

 そんな一瞬では相手の意識を刈り取る攻撃は出来ないし、なにより見村と俺にある差が、勝たせてはくれない。


「くらえ!」


 俺は自分への攻撃には意識を向けず、敵に攻撃を当てることだけを考える。

 右手を伸ばし、相手の体に触れる時間をほんの少しでも早くするために。俺のターンを長くするんだ。

 それが俺の勝つための、唯一の……。


「必死だねっ!」


 見村は俺への迎撃はせず、バックステップでその場を離れた。

 俺の能力の射程範囲外に逃げられ、俺は追うしかない。

 だが俺の追撃をことごとく逃げ、テレキネシスによる攻撃は一切当たらない。

 もしや……測られている?

 俺の予想は当たり、見村と俺の能力にある、同系統ながら圧倒的な差があることに、気付かれてしまう。


「今のところ最高でも40センチ、かな?」


 そうつぶやいた瞬間、俺は負けを覚悟した。


「どうやら君の能力の射程は僕のより短いらしいね。一回目の攻防でそれに気づいた君は勝負を焦った。違うかい?」


 バレてしまった。俺よりも見村の能力が完全に優れている、上位互換だということに。

 これで俺に勝ち目はほとんどない。俺との距離を一定にしつつ、遠くからなぶり殺しにされる、そんな未来が約束されていると同義だからだ。


「不運だったね。まさか君のチーム全員の天敵が僕ら3人だったなんて」


 こいつの言う通り、俺は見村に、大地は剛力に、ほむらは水星に、能力だけを見たら勝つ確率など皆無だ。戦い方次第では何とかなる可能性も無きにしも非ずだが、それでもほとんど負けだろう。

 だけどな、俺は負けても、ほむらと大地はそうじゃない。


「あの2人は、大地とほむらは忌々しいが天才だ。きっと勝つよ」


 それは虚勢でも何でもない。偽りのない自信だ。さんざん能力の相性があるから戦うなと言った。負ける確率の方が高いと言った。だがあの2人なら、万に一つという極小の勝ち目すら手繰り寄せてしまう、天才なんだ。

 俺とは違い、勝てる人間だ。だから俺は、


「お前があいつらの邪魔をしないように、粘らせてもらうぜ」

「それは僕のセリフだよ。君が剛力と水星の邪魔をしないよう、ここで確実に倒させてもらう」


 俺は仲間のために、勝つことを放棄する。能力的に負けていても、ステータスを逃げに全振りすれば、いくばくかの時間を稼げる。


「さあ、泥仕合の始まりだ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ