それぞれの戦い 自分勝手な俺たち
アキトが仲間のために戦うことを決意していたころ、大地は苦戦を強いられていた。
「くそ、アイスレイン!」
天空に無数の氷柱が入り乱れる。その矛先には当然剛力が存在し、すべてが敵めがけて一直線に落ちてくる。まさに氷の雨、回避など不可能に見えるえげつない攻撃だ。
「無駄だ!」
氷の雨は剛力に触れた瞬間に一気に霧散する。氷は水に、水は水蒸気に変換され、大地の攻撃は一転無力を化す。
さきほどから同じ光景の繰り返しだ。大地が極大の攻撃を繰り返し、剛力はそのすべてを分子振動を加えて蒸発させる。誰の目から見ても、大地に勝ち目などないように見えた。
「出ろ! アイスブラスト!」
地面が凍り、無数の棘がある氷塊が出現する。それは剛力に向かい、敵の串刺しを狙う。
しかし、やはり剛力にはすべてが通じず、氷はまたしても水蒸気を化してしまう。
圧倒的手詰まり、大地の攻撃は全て通じない。観客は見ていてこう思った。
早く決めてやれ、と。
大地の攻撃は無駄なあがきの滑稽にしか映らず、いっそ早く倒してやってしまう方が優しさであると、そう思っている。
だが実際は違う。剛力も攻めあぐねているのだ。
「くっ、隙あらば意識の外からの攻撃を狙う、大したものだ」
剛力の能力にも弱点はある。それが、足元の分子振動はあまり出来ない、という点だ。
大地の下からの攻撃、加減を間違えて氷だけでなく地面にも能力を及ぼしてしまえば、自身の足場が崩れる。無論、即座に足場がなくなる、という状況にはならない。しかし少しでもバランスを崩してしまえば、そこが隙となり一瞬にしてやられてしまう可能性もある。
だからこそ足元には細心の注意を払う。しかしそれゆえに、他の部分からの攻撃にワンテンポ遅れることになる。
上半身への能力は常に発動させているが、下へ意識を集中すると度々上半身の能力を解除してしまい、無防備になる。
大地はそれを知ってか知らずか、無防備になった瞬間に攻撃を繰り出す。
いや、正確には何も知らない。大地は敵の能力の弱点も、剛力の上半身が無防備になったことすらも気づいていない。
ただ何となく、そんな些細な理由で剛力を追い詰めているのだ。
実際の大地の考えは、
なんで俺の攻撃が効かないんだ!
とイラついているだけだ。
これが大地の恐ろしさだ。天然であり天才、そんな言葉が大地にはよく似合う。
たいていの人間は戦う時、相手の動きから何かを判断する。攻撃して来れば防御するか。回避するか、迎撃するかなど、選択肢の中から何かを選び行動に移す。
だが大地は違う。敵の動きを見て判断するのでなく、敵の動きに合わせて自分の行動を一つに特定しているのだ。それも無意識に。つまり、一般人はどんなことに対しても反応して行動するのだが、大地は反射だけで行動しているのだ。
そしてその反射の行動は、ほとんど正解なのである。
回避するべき時は体が勝手に回避し、防御するべき時は勝手に体が防御に動く、考えなしの行動のはずなのにすべてが計算ずくのように感じる大地は、まさに天才だ。
今でもただ何となく大技を連発しているようで、剛力を焦らせている。
それは絶妙なタイミングで攻撃しているからに他ならない。
「くっ、このままではジリ貧だ。赤坂の力も衰えを見せない。まだ余裕のあるこの段階で、勝負に出る!」
攻撃を受けるだけだった剛力が、一気に勝負を決めに来た。迫りくる無数の氷塊を分子振動により崩壊させ、大地との距離はもう3メートルにも満たない。
もしも剛力の手が触れた瞬間、分子振動を起こされれば、触れられた箇所が超高温を帯びることと同義、大地の氷の能力とはいえ致命傷を受けることは必至だ。
しかしそれも、触れられれば、の話だ。
「アイス……デス!」
一際巨大な氷塊が辺りを包み込む。最悪の場合、自身すらも氷漬けにしてしまうような圧倒的な威圧感を持つ氷塊を、個人に向けて放った。剛力はその場で足を止め、能力のフル活用をする。
触れるものみな形を崩す、本気の本気だ。大地渾身の最終技すらも、能力の相性上、剛力の前では全くの無力、氷は無残にも霧散していく。
「ぐっ……これでも、ダメなのかよ……」
大地は力のほとんどを使いつくした。能力を全開で使った代償、体の体温が急激に失われていく。まるで死体かのように冷たい。
震える脚は力を失い、冷え切った地面に膝をつく。
もう終わった、誰もがそう思った。観客も、剛力も、勝敗は決したと……。
だが、
「んがっ!」
剛力の脳天に、サッカーボールほどの大きさの氷塊が直撃した。
意識の外からの攻撃、完全に油断しきっていた剛力の頭に、大地の最後の力を振り絞った攻撃は、霧散することなく届いた。
「俺は……負けねえ!」
震える体に鞭を打ちながら、大地は立ち上がる。息は乱れ、白い吐息が周囲に充満する。
足はガクガクと震え、生まれたての小鹿のように、いつ倒れるかもわからない状態だ。
だが大地は立ち続ける。目の前の男が、倒れているから。
ここで立ち続けなければ自身の勝利ではない、そのことを大地は分かっているからこそ、どれほど辛くとも立ち上がる。
「リベンジ…………成功!」
拳を天に高らかと掲げ、大地は叫ぶ。
それは入場前、チームメイトに見せていた勝利のポーズだ。
「……さぶ。ほむらに温めてもらわねえとな」
大地と剛力の決着はついた。
残す戦いはあと二つ、今の大地では増援に向かうことは出来ない。
この場で、2人の勝利を願うばかりだ。
*
舞台は変わり、ほむら対水星の戦いは、傍目からも、そして当の本人たちにも、ほむらの劣勢という認識だ。
「燃え尽きろ!」
深紅の豪炎は幾度となく水星を襲う。四方八方、完全に逃げ場などない全方位攻撃だ。
それを見て水星は、優雅に微笑みながら対処する。
「あなたの度胸は買うけど、何の策もなしに攻撃するなんて、おバカさんのすることよ」
挑発しながら、水星の手には大量の水が出現し、自身を囲む炎の檻を打ち破る。
まるでろうそくの火を吹き消すかのように、いとも簡単にほむらの炎は消え去る。
剛力と大地の戦いと同じだ。片方の攻撃をもう片方が完全に打ち消す。
唯一違うとすれば、ほむらには大地と違って考えがあること。
(燃やして燃やして燃やし尽くす。そうすれば、あの女の水は酸素と水素に分解され、私の攻撃力が増す。それにたとえ威力がそんなに上昇しなくても、敵を酸欠に追い込むこともできる)
水は火を消す、馬鹿でも知っている常識だ。だが場合によっては火も水を消す。
さきほどの剛力と同じだ。水を高温で熱し、蒸発させる。さらにその後、蒸発した水は酸素と水素という、炎をより燃やす元素へと変わる。
そして酸素を炎が燃やすことにより、空気中の酸素は減少し、水星を酸欠に追い込むことも可能という二段構えだった。
だがほむらの狙いは、打ち消される自身の炎と同様、儚くも打ち消される。
「あなたの考え、分かるわよ。でもそれは無駄」
ほむらの考えを見透かしているかのように水星は微笑む。
「やってみなくちゃ……分からない!」
その言葉を無視し、何度も何度も炎の放出を繰り返す。だがほむらも、攻撃しながら違和感に気付いている。
炎の勢いが全く強まらない。
今まで、どれだけ少なく見積もったとしても500キロ以上の水を蒸発させた。
それなのにこの場に酸素と水素が増えている感じがまるでしない。
「教えてあげるわ。私の水の生成は二通り、一つは私の体から水を作り出す。もう一つは、あなたが作り出そうとした水素と酸素を空気中から抽出し、水を生成する」
「なっ!?」
ほむらの顔が青くなる。今までの自分の行為が、まるで無意味だったのだ。
敵が空気中の酸素と水素を化合させているのなら、この場に存在する酸素と水素の総量は一切変わらないことになる。
どれだけ攻撃しても、今までもこれからも無駄なのだ。
しかもほむらの炎は水星から数メートル離れた箇所で打ち消されている。
これでは酸欠を起こすという作戦も機能しない。
「……それでも、私にはこれぐらいしかできないのよ」
「愚かね。その泥臭い姿勢は好きだけど、愚直を貫くにはあなたは力不足よ」
冷徹に言い放つ水星。だが言っていることは正論だ。
ほむらは今のままでは愚かなままだ。真っ向から打ち破るには力が足りず、小細工をしようにも知恵は回らない。
全ての行動は無駄。ほむらの心は折れかかる寸前だ。
今にも、いとも簡単にぽきっと折れてしまいそうな心を、仲間も頑張っている、その一心だけでつないでいるだけに過ぎない。
あともうひと押し、水星がほむらを追い打ちすれば、戦意は失われ……。
「こんなので立ち向かうことを許すなんて、あなたの仲間も相当なおバカでしょ」
その言葉が、折れかけていたほむらの心を寸前のところでつないだ。
「私の仲間が……バカ?」
「ええそうよ。剛力に喧嘩を売った赤坂さんも、そんな奇行を許した佐藤さんも、目も当てられないほどのおバカよ」
……それだけは許せないことだ。2人をただ馬鹿にされることも許せない。
だがそれ以上に、さっきの2人の行動を馬鹿にすることだけは、ほむらにとって許せるものではなかった。
「……大地は、意地を通したの。アキトは、私たちを信頼したのよ。それを馬鹿にするなんて……撤回しなさい」
「却下よ。私は嘘をつきたくないもの。あなたたちは全員おバカ、それは真実だもの」
ほむらに怒りが沸々と沸いて行く。ほむらを取り囲む炎の規模は次第に増していき、水星に襲いかかる。
「頭の悪い連中を相手にするのはとても楽ね。あなたを倒した後、残りのおバカさんたちも私が葬ってあげるわ」
それが引き金となった。
ほむらの中に眠る、真の力を目覚めさせる引き金へと。
「私の好きな人と、大切な親友を…………バカにするな!」
瞬間、ほむらの放出する炎の色が変わる。
さきほどまでの情熱的な炎ではない。静かに、冷静に燃ゆる蒼炎だ。
「これは……威力が上がった? そんな馬鹿な。感情の昂ぶりで? でも、無駄よ」
蒼い炎が水星に襲いかかる。当然、自身を襲う炎を水で対応する。
威力は向上しているだろうが、水星にとって炎は所詮炎だ。威力向上に多少驚きはするものの、それが炎である限り水星にとって脅威にはなりえない。
だがその余裕は、生成した水とともに一瞬で消え去る。
「そ、そんな!?」
水星の操る水がほむらの蒼い炎に触れた瞬間、一瞬で蒸発した。
蒼い炎も多少ながら消え去ったものの、2人の能力の上下関係は完全に逆転した。
今では水星にとってほむらの能力が天敵となりえる。
「くっ、水の生成が追い付かない。このままじゃ……」
水星を取り囲む炎の勢いはだんだんと増していく。どれだけ水を生成しても、炎によって打ち消されていく。
傍から見れば、異様な光景だ。圧倒的な優位に立っていると思っていた水の能力が、炎によって押されているのだ。もはや勝敗は誰が見ても明らか、この場を打開する策など水星にないことは明白だ。
もはやこの勝負、どちらが勝つかというものではない。青峰ほむらが最悪の事態、水星ウルハの死を招かないか、その1点だけに集中されている。
「2人を馬鹿にしたあなたを、私は絶対に許さない」
口調は冷静だ。淡々と事実だけを述べる、無感情を思わせるロボットのような言動だ。
だがそれゆえに、水星ウルハは青峰ほむらに恐怖する。
下手をすれば殺される。自身の水すらもあっという間に蒸発させる、常軌を逸した炎の攻撃によって、骨も残さずに燃やし尽くされる。
そんな恐怖が、水星ウルハを包み込む。
「ま……まいっ……!」
降参の言葉を口にしようにも、恐怖で口が回らない。
参ったの一言さえ、今の水星には発することは出来ない。
死の恐怖、それに直面した水星は目から涙を流しながら、失禁し、嗚咽を漏らす。
死にたくない、そんな気持ちに溢れた水星にもはや戦意はない。
自身の身を守るように周囲に水を巡らせ、自衛に努めるばかりだ。
「い……やっ……! 死にたく……」
「消えて無くなれ!」
全ての水を打ち消し、ほむらの本気の炎が水星を消し炭にしようと容赦なく襲いかかる。
その瞬間、竜王機関所属の兵士が、泡を吹いて気絶する水星の目の前に颯爽と現れ、抱えて逃げて行った。
それを見たほむらは炎の噴出を止め、息を乱しながらその場に跪く。
*
『お……っとぉ、水星選手、立会人に助けられ、失格! 赤坂選手に続き青峰選手も、敗色濃厚の対戦相手に勝利! しかしもはや2人に体力は残っていない! 残る見村選手は佐藤選手を倒しさえすれば、優勝の可能性は十分に残っているぞおおおぉぉぉ!』
ほむらの怒気を含めた猛攻に唖然としていた会場だが、アナウンスの巧みな盛り上げによって意識を俺と見村に集中する。
今の状況はというと、正直に言えば俺の劣勢だ。
「あいつらが勝ったんなら、2勝1敗で勝ち、ってことにはならねえよな」
勝つことを信じていた。あの2人ならきっと勝つと信頼していた。
だからこの状況は俺の予定通りのものだが、遠目で見ていた2人の戦い、無駄にしたくないと思ってしまった。
俺の戦う理由はあいつらの邪魔をさせないようにこいつを足止めする、それだけのつもりだった。それさえできれば負けても構わない。アイのために1つ2つ見せ場を作ってそれで終わりと。そう考えていた。
だが懸命に戦う2人を見ていて、そんなことではいけないと考えてしまった。
2人は一生懸命に戦い勝利をもぎ取った、なのに俺だけが負けるなんて、そんなのカッコ悪すぎだ。
勝つ。絶対に勝って、あいつらを優勝させてやる!
「行くぞ、見村!」
敵の射程範囲は俺よりも10から20センチほど長い。たったそれだけの差が、俺を追い詰める。一瞬の迷いが俺を敗北にいざなう。
考えるんだ。大地のように天才でもない。ほむらのような爆発力も俺にはない。
力で勝る相手を倒すには、知恵を使うしかない。
「水星と剛力がやられるのは予想外だったけど、僕が君を倒せば問題ない。相討ちにもさせない。完膚なきまでに叩き潰してあげるよ」
そう言って、見村は俺との距離を詰めてきた。
だがそれほどのスピードではない。それも当然、見村は自分の射程に俺を入れつつ、俺の射程外で戦おうとしている。その加減をしやすいように、全速力で向かってくることなどしないはずだ。
なら俺は全速力で見村に特攻するか? いや、考えなさすぎる。
向かってきた敵の迎撃なんて、見村も考えているはず……。
その瞬間、俺にとある考えが浮かんだ。
しかしそれは、自殺行為にも等しい。加減を間違えれば俺の体をただ蝕むだけのものに終わる。なら別の作戦を……。
そんなものはない。躊躇を捨て、この作戦にすべてをかける。
「最後の勝負だ!」
俺は見村同様に距離を詰める。その行動が予想外だったのか、見村は一瞬だが戸惑いを見せた。だがすぐに問題なしと判断し、戸惑いをすぐに消して俺に向かってくる。
距離は残り数メートル、あと1秒もせずに見村の射程距離に入る。
あと少し、あと…………いまだ!
俺は能力を全開で行使する。俺の体に。
左手側で俺の胸辺りに力を込め、バイクを動かした時のように一瞬の超加速をする。
「ぐぅ……!」
骨が軋む。肉が裂ける。体にかかる超負荷が、俺の体をこれでもかと蝕む。
だが、これが唯一の俺が勝つ方法。見村が反応できないほどの超加速で、こいつの顔面に渾身の一撃をぶつける!
「なっ!?」
見村はすぐに防御の姿勢を取ろうとした。だが遅い。
体の負担すら度外視した俺の超加速の前では、この程度の速さなど……。
『ボギッ』
骨が折れた。肋骨か鎖骨か、詳しくは分からないが、確かに体の骨が折れた。
力が入らない。今の状況ではたとえこの拳を振りぬいたとしても、見村の意識を絶つことなどできない。
万事休す、俺は賭けに負け…………てなんか、いない!
まだある。骨が折れた。なら、あと何本骨が折れようと、気にするな!
俺は右手に力を込める。物理的な力ではない。目には見えない、能力による無理やりの身体強化。
振り切れ!
「うらあああああああああ!」
渾身の一撃が、見村の顔面を撃ち抜いた。
拳が……痛い? 骨は折れ……いや、砕けたか?
どうだろ、もう感覚がねえから、分かんねえや。
何も感じられない。意識が朦朧とし、ただ目の前のことを認識するだけで、精一杯だ。
「ぐっ……はっ……!」
崩れ落ちる見村の姿が、俺の目に映る。
そうか……俺は、勝ったんだ。
『勝負あったあああああああ! 激戦を制し、1年生最初の大会で優勝したのは、佐藤アキト、赤坂大地、青峰ほむら、この3人だあああああああああああああああああああ!』
響き渡るアナウンスの中、俺は骨が粉砕したダメージで、ほむらと大地は能力の使い過ぎによって、意識を保つことで精いっぱいだ。
それでも、俺たちは力を振り絞り、こう言った。
「アイ、勝ったぜ」
「これで俺の人気が……あがるぜ」
「大地……ほれてくれるかな?」
分かっていたことだが、なんともまあ、自分勝手なチームだ。




