最高の能力だ
「アイ、ただいま」
ドアを開けると、トタトタと可愛らしい駆ける音が聞こえてきた。
「アキト、おかえり……!」
心なしか、ほんの少しだけだがテンションが高いように見える。
というか、アイの走るとこを見た事なかったぞ。
「あのね……カッコ、よかったよ……!」
「!」
帰って早々、昇天しかけた。俺のことを英雄視する無垢な瞳が、堪らないほど愛おしい。
「氷のなか、ぶわーって、進んだり……おっきな火のなか、進んだり……とっても、カッコよかった……!」
アイがカッコいいと言うたびに、ほおが緩んで情けない表情になる。
それ以降もアイは俺の戦いについての感想を、腕を両手いっぱいに広げるジェスチャーをしながら延々と述べてくれて、心地いいことこの上ない。
正直あの戦闘でアイが喜んでくれるかどうかは微妙だと思っていたんだが、こんなに喜んでくれるのならば今後も頑張ろうと思える。
そう思っていると、不意にアイの口からこんな言葉が出てきた。
「アキトの力って……なに?」
そういえば俺の能力について何も言ってなかったし、アイの前で使ったこともなかった。それにあの戦いだけを見てもどんな能力かは、アイのような子供は見当もつかないだろう。
「俺の能力はな、テレキネシスだ」
「てれき……ねしす?」
聞きなれない単語を聞いて首をかしげるアイの姿、イッツキュート!
「テレキネシスってのはな、手を使わないで物を動かすことだ。こんな風にな」
俺は近くにあったアイのコップを、手を使わずに持ち上げる。
コップは宙に浮き、その場で漂い続ける。
「手のひらから半径30センチって制約はあるけど、その範囲内ならほとんどの物を持ち上げられるぞ」
この能力を用い、大地の能力もほむらの能力もけん制していたのだ。
「だから……大地お兄ちゃんが、氷を出したとき……すわったの?」
「おお、アイは賢いなあ。その通りだよ」
俺はアイの頭を撫でながら感心した。
大地の能力発動時、俺は体育座りをした。それは俺の体を能力ですっぽりと覆えるようにするためだ。
手のひらから半径30センチ、両手を使えば座った俺を覆えるぐらいの範囲だ。
ちなみに氷を無効化したのはテレキネシスで分子を動かし、俺の場にある氷の形成を崩壊させたから、なのだが、さすがにそれはアイには理解できないだろう。
ほむらの炎も分子の動きを制限することで弱めることもできるし、プレートの破壊も、物質は粒子によって構成されるから、それを分解してやることで可能になる。力を籠めれば物理的破壊力のある攻撃も可能だ。
あとバイクでの空中運転も、バイクの一部分を能力で持ち上げて飛んでいるのだ。能力の範囲のことがあるし前方に力が偏ってしまうが、そこは力のかけ具合で何とかしている。
分かりやすく説明すると、紙の端っこを普通に持つとヘタレてしまうが、力を込めて持てば重力に逆らい水平を保つ、という具合だ。
「……すごい。わたしは、水だけ……アキトは、なんでも……できるんだね」
尊敬のまなざしをアイは俺に向ける。
いい気分だ、と同時にちょっと複雑だ。俺の能力、確かにアイの水の操作と違い、あらゆるものを操作できる。それは目に見えない分子や粒子でさえ対象だ。だが、いかんせん範囲が小さすぎる。
手のひらから半径30センチ以内ということは、両手を合わせても120センチしかない。大地やほむらのような、俺の体全体を攻撃できる能力者と戦う場合、ずっと身を縮めながら戦っていないといけないわけだ。
当然そんな窮屈な体勢でまともに戦えるわけもなく、戦えば10回に7回は負ける。
汎用性は高い、接近戦ならだれにも負けない自信はある。だがもし生まれた時に能力を選べるのだとしたら、俺はこの能力を選ばない。
多分、この世に存在する能力の中では中の上といったところだ。
でもま、アイがすごいと言ってくれるんなら、最高の能力だ。
「さてと、次の試合までにかなりの時間空いてるし、どうしようかな。アイは何かしたいことあるか?」
そう聞くと、アイはもじもじと、懇願するような表情でこう言った。
「バイクに……のりたい……」
…………ミスったな。
行きと帰りで人目をはばからずにバイクに乗っていたからな、そりゃあアイも興味を持つことは間違いない。
危険だから乗せたくないと思っていたんだが、アイに頼まれちゃあな。
「……ダメ?」
「ダメなもんか! さあ行こう! バイクに乗ってどこまでも!」
一切の思考の入る余地もなく、アイの願いを聞き受ける。
女の子に上目遣いで「……ダメ?」なんて聞かれて、ダメと言うような男には僕はなりたくありません!
「けど、安全対策はしておこう。アイ、ちょっと待ってろ」
俺はダッシュで、ホームセンターまで走っていった。
そして即座に帰ってくる。所要時間2分、自己記録だ。
「バイクに乗るのはいいが、その代わりこれをつけてもらう」
俺が買ってきたもの、それはロープだ。ちょっとやそっとじゃ切れない、割とお高めの高級ロープ、これをアイのお腹周りに縛り付け、余った方で今度は俺の体を縛り付ける。
まあ、命綱だ。決して変な趣味ではない。
「あとはヘルメットっと……あったあった」
ふすまの奥の方からヘルメットを取り出す。ほむらや大地のために用意したやつだから、アイにはちょっと大きいな。でも無いよりマシか。
「んじゃ、準備はいいか?」
「……うん」
アイを後ろに乗せての2人乗り。ほむらの時は何とも思わなかったのに、ちょっと緊張するな。ケガさせたらいけないと思っているからかな?
「まいいや。行くぞ!」
手に力を込め、バイクを浮かび上がらせる。重力に逆らないながら、少しずつ上昇するバイク、高度50メートルぐらいに達した時、上昇をやめ、今度は前方に急加速を始める。
「いぃぃぃやっほぉぉぉぉぉ!」
「きゃっ!」
急加速によって舞う突風が俺たちを襲う。慣れた俺にとっては心地のいい風だ。
「どうだアイ? 気持ちいいか!?」
「うん! とっても、気持ちいい……!」
アイは俺の体にしがみつきながら、楽しそうな声でそう言った。
時折、上空から眺める景色に感想を漏らし、都会に立ち並ぶ高層ビルに驚き、宙を飛ぶ鳥たちに語り掛けるなど、アイは終始楽しそうにしている。
「アイ、今ならどこへだって連れて行ってやるぞ!」
「……どこに、でも……?」
「おお、どこにでもだ! 外国にだって連れて行ってやる! 不法入国くそくらえだ! ハハハハハハハハ!」
あまりの楽しさに善悪の区別すらつかなくなっている。このテンションのままだったら、竜王機関の本拠地にも思わずつっこんでしまいそうになる。
そんなことをやってとアイが言うはずもないが、もしもやってと言われたらホントにやってしまいそうだ。
人間、羽目を外し過ぎたらいけないよ。
「……ふじさん、見てみたい……」
「富士山? おお、いいぞ。そういやこの前テレビで富士山見た時、じっと見てたっけな」
「いちばん……おっきいんだよね?」
「ああ、この国で一番大きい山だよ。まあ多少ボコボコしてるけどな」
過去にあった能力者同士の抗争で、富士山にはえぐられている箇所がいくつもある。写真で見た昔の姿とは、だいぶかけ離れたものだ。
今でも崩れたら危ないという理由で、立ち入り禁止区域に設定されている。
そんなの関係ないけどな!
アイが見たいと言ったのだ。なら見せてあげるのが真の男というもの。
「1時間くらいで着くからな。ちょっと待ってろ」
バイクに込める力をさらに増大させる。地上で走っていたら間違いなくスピード違反、速攻で捕まるスピードの倍以上のスピードでバイクを飛ばす。
うーん、不思議だ。普段ならさすがに疲れが出るスピードなのだが、今日はあまり疲れない。それどころか力がみなぎってくるようだ。
「アキト……! 楽しいね……!」
理由は明白だった。後ろに乗っている少女の楽しそうな声が、俺に力を与えてくれる。
やはり俺はロリコン……いやいや、これは違う。まだ子供好きの範疇だ。
俺は頭に浮かぶ忌々しいカタカナ4文字を振り払い、バイクにさらに力を加える。
この時点では気付いていなかったのだが、自己最速を記録していた。
「さ、着いたぞ。これが富士山だ」
目の前に映るのは、巨大なクレーターがあり、所々えぐられてボコボコになった、山のように見える何かだ。
これもう名前変えた方がいいんじゃないか? 富士惨事、とかさ。
お、今のはなかなかうまいんじゃないか?
「わあ、おっきいね……!」
アイは目を輝かせながら、目の前の巨大な山のような何かを見つめている。
まあ、上の方はまだ白くて綺麗な部分もあるから、子供は喜ぶのかもな。
大人な俺は過去にあった能力者同士の戦闘を考えてしまうから、素直に見れないが。
「しかしホントぼろぼろだな」
大地とほむらが本気で戦ったとしても、これほどの傷跡は残らないだろう。それなのにこの被害、この時代に生まれてよかった。でもま、この戦闘跡も壮観な雰囲気を醸し出していて、中々に味が出ていると思わなくもない。
「アキト……上の方には、行けない?」
「ん? ああそうだな。ゆっくり登るんならまだしも、バイクで頂上まで行ったら気圧差で頭痛くなるからな」
さすがにアイの頼みでも行けない。徒歩でもアイの体力では頂上に着くことは出来ないだろう。というか何の準備もしてない段階では、俺でも富士山頂上まで行くなんて不可能だ。自殺行為にも見えかねない。
「その代わり、色んなとこには連れて行ってあげるよ。他にはどんなとこが良い?」
「……たかおさん」
「山好きだな。他にはなんかないのか?」
「……ちょもらんま?」
……なぜエベレストではなくチョモランマと呼ぶのか?
というか、どうしてこんなに山を押すんだ?
「山以外になんかないか? たとえば……海とかさ?」
「……いや」
アイが初めて拒絶の言葉を口にした。今までいやなことに対しては無表情か、もしくは困惑の表情ばかりだったアイが、初めて拒絶した。
「うみは……くらいから、いや……」
この反応、どうやら海を心の底から嫌っているように見える。
暗いからイヤ、これは、実際に海を見ての反応だろう。そして暗いといったのだから、アイが海を見たのは当然夜中だ。
疑問が浮かんでくる。アイはどうして夜中に海を見たのか?
竜王機関がむやみやたらとアイを連れ出すのは考えにくい。だとすれば、竜王機関に囚われるまでの、アイの家族と見たのかもしれないが、夜中であることは不自然だ。
なぜわざわざ夜中に海に連れてくるのか。
子供が夜中の海を見る場合なんて、大抵は昼からい続けている場合だろう。海で泳いだ後に花火をしたり、近くのホテルに泊まって海を眺めるなど、そんな場合だ。
それならば、昼間の、黒ではない青い海を知っているはずだ。
なのにアイのこの言動では、夜中の黒い海しか知らないことになる。
「……おうちに……かえろう?」
疑問に対する考えを巡らせていたが、アイの気落ちした声を聞いて俺は一旦考えを保留にし、バイクで家まで帰った。
その後アイはずっと浮かない顔をしており、俺はそれが心配で夜もあまり眠れなかった。




