拍子抜けだな
控室に戻ると、意外にも大地が対戦の様子を観戦していた。
「おー、遅かったな。もう13試合目だぞ」
「そうか、例年よりもペースが速いな」
「そうみたいだな」
「みたいだなって、見てたんじゃないのか?」
「いや、何となく見たら13試合目だっただけ」
こいつは、ホントにやる気がないんじゃないのか?
「で、ほむらは?」
「トイレ行ったぞ。もう5回目」
大丈夫かこれ? ホントに轟霊と再会することになりそうだな。
「あ、アキト、戻ってきたのね」
ほむらが入り口で、ゲッソリとした顔つきでいた。
いつものほむらからは想像がつかないほどのやつれ具合だ。
「お前、大丈夫か? そろそろ俺らの番だぞ」
「……うん、大丈夫」
大丈夫感0だよ。こりゃあ、ほむらは使い物にならないと考えた方がよさそうだな。
「時間まで極限に休め。おい大地、俺とお前が頑張るしかないからな」
「ああ、俺一人でもなんとかしてやるよ」
こっちはこっちで調子に乗り過ぎて困るな。足元をすくわれなきゃいいけど。
「おお、すげえぞアキト。どんどん勝負がついてくぞ」
大地が興奮して言うのでモニターを見てみると、すでに15試合目が終了している。
「早いな。ほむら、入場ゲートに行くぞ」
俺は肩を貸しながらほむらを入場ゲートまで連れて行く。
本番が始まればどうにかなると、轟霊は言っていた。だけどこれはどうにもならない気しかしない。明日明後日とこんな調子なら、決勝まで残れないかもしれない。
「ほむら、気軽に行けばいい。俺と大地で何とかするから、お前は自由にやってりゃいい」
勝てなきゃ勝てないでそれまでだ。優しいアイのことだ。1か所ぐらい良いところを見せれば、キャーぐらいは言ってくれるだろう。
キャーキャー言われたいところだが、そこはもうどうしようもない。今回の大会がチーム戦である以上、俺一人がどうこうしようと勝ちきれるものでもないからな。
「さ、ゲートに着いたぞ」
「…………」
ほむらは手の平に人と書いてのみ込んでいる。古い迷信にすがるほど緊張しているのか。
そんなほむらを見ながら、とある男子学生が話しかけてきた。
「やあ、君らが対戦相手ですね? すごく緊張しているように見えるけど、大丈夫ですか?」
俺たちの対戦相手の学生だ。口では心配している雰囲気を出しているが、その顔は明らかにほむらのことをあざ笑っている。
こんな大会で緊張するなんて情けないと、口には出していないが目がそう語っている。
「これは楽勝ね」
敵のチームメイトの女性は、男子学生とは違ってストレートにほむらをあざ笑っている。
余裕だな。ま、確かにこんなに取り乱している奴を見て負けるなんて思うやつはいないだろうな。
「おいアキト、ついに俺たちの出番だぞ」
敵チームの嘲笑に気付いていない大地が、まるでおもちゃを目の前にした子供の様にはしゃいでいる。緊張するよりマシだが、それはそれで高校生としてダメだろ。ほら、敵さん、馬鹿を見る目だよ。
「ふふっ、敵の1人はビビリ、もう一人は馬鹿、よく予選を勝ち上がれたものですね」
ごもっともです。こんなんでよく勝ち上がれたなとは、他でもない俺が一番思っていることです。
「……アキト、ビビリは私の事として、馬鹿って誰のこと?」
顔面蒼白だったほむらが、低い声で俺にそう聞いてきた。
あ、ヤバイ。これスイッチ入ったんじゃねえのか?
「……俺のことかな」
「嘘。間があった」
くそ、どうして俺の嘘はほむらに通じないんだ。
「あいつら、大地を馬鹿って言ったのよね? そうよね、アキト?」
「ああそうだよ。大地を見て馬鹿って言ってたよ」
「ふ……ふふっ……そう」
俺の肩にもたれかかっていたほむらは一人でその場に立ち、敵チーム3人にこう言った。
「大地を馬鹿って言っていいのわねえ……私とアキトだけなのよ!」
その瞬間、ほむらの手に赤い炎が猛り始めた。
ふー、まだガチにキレてはないな。
「ありがとよお三方、いい感じに緊張がほぐれたよ」
『では次のチーム、入場してください』
ついに来たか。アイ、見ててくれ。俺の雄姿を。
そして願わくば、俺に惚れてくれるとなおうれしい。
別にロリコンってわけじゃないんだからね!
「どうもー、赤坂大地でーす! みなさんよろしく~」
自己紹介するまでもなく俺たちの紹介はアナウンスされてるのに、どんだけテンション高いんだよ。
会場で2チームは両脇に分かれ、それぞれは違った雰囲気を醸し出す。
こちらは闘争心剥き出しの女と、馬鹿みたいにはしゃぐ男、そしてそれに呆れている男。
かたや、余裕綽々の3人。
『さあ、それでは両者。レディー…………ファイッ!』
合図とともにほむらが駆けだす。
ドームの真ん中を陣取り、そこで大規模な炎を展開する。
本選は予選とは違い、プレートの破壊ではなく敵を気絶させる、もしくは参ったと言わせることが勝利条件だ。それ以外のルールは特になく、立会人の竜王機関が危険だと判断して中断されるまで続ける。
それを考えれば、ほむらの行動は割といいものと考える。
圧倒的な力の誇示、それだけで勝利する可能性があるからだ。
だがそんな楽観的思考をすぐに打ち消すのが能力者同士のバトルだ。
「錦、彼女の始末は任せます。僕たちは後ろの2人を倒すので」
そう言って敵は2組に分かれた。それは何の因果か、大地を馬鹿にしたほむらの標的がほむらとタイマンを張ることになった。
「私の力はあなたの能力とはとても相性がいいわ」
そう言ってほむらに近づく女性は、炎に手を突っ込んだ。
「すべての炎は私に吸い尽くされる」
女性のかざされた手に炎がまとわりつくも、一切やけどしている様子はない。それどころか、炎そのものを吸収している。
あれが奴の能力か。ほむらの敵じゃないな。
「全部全部燃え尽きろ!」
吸収されていることなどお構いなしに炎の放出を続けるほむら。
あれはほっといてもよさそうだな。
「で、俺たちの相手はお前らか」
「ふふ、そっちのおバカの能力は分かっています。目立っていましたからね。こっちには君に有効な能力はありませんが」
「それを言ってどうするつもりだよ?」
「別に、言っても問題ないから言っただけですよ。氷の能力、調節が出来ないんでしょう?」
バレてるな。ったく、大地とほむらの能力は全選手にバレてると考えた方がよさそうだ。となると、対処法は一つか。
「おっと、そこの君の能力は分かりませんが、この場にいてもらいますよ。抑止力として残ってもらいますから」
俺は人質みたいなもんか。舐められたもんだな。
「大地、やっていいぞ」
「おお、言われねえでもそのつもりだ」
大地はウキウキとした表情で能力を発動しようとする。
俺はというと、その場に座り込んで体育座りだ。
「なっ……正気かい? 仲間を巻き添えにしますよ?」
「平気。くらえ、俺の初陣攻撃、エターナルブリザード!」
中二くさいネーミングセンスを披露した直後、この場にどでかい氷塊が出現する。
俺と敵を含め、この場の人間すべてを包み込むアホみたいな威力だ。
まあしかし、ほむらのいる地点では氷は溶かされ、勝負の邪魔をしていない。
「ふっ、やっちまったな」
カッコつけてる大地と氷漬けになった敵2人、そして体育座りを解いて立ち上がる俺。
「うー、さむさむ。さっさと出よ」
俺の周囲に展開される氷を次々と粉々にしていって、俺は大地の出した氷塊の範囲外へと退避する。俺の能力があれば大地だろうがほむらだろうが、身を守るぐらいなら簡単なのさ。ま、これが対処法だ。先手必勝という、作戦と言うのには程遠いもの。
「さて、ほむらのほうはっと」
もう終わりかけていた。
勝敗は、ほむらの勝利で終わりだな。
「くっ、なんなのあなた!? これほどの規模の攻撃を、一体いつまで……!」
案の定、女性はほむらの攻撃を吸収しきれずにいる。
息は乱れ、汗は滝のように流れ、その場に跪くまでに疲労している。
「このままじゃ死ぬな」
俺は吸収を続ける女子学生を助けるために、その女子学生の元へとすぐに駆けつける。
能力を駆使し、普通よりも早く、ほむらの炎を回避しながらの移動だ。
俺の周囲にまとわりつこうとする炎も、まるで俺を避けるかのように逸れていく。
「よっと」
「な、何であなたがここに? 安田君たちは?」
吸収を続けながら周囲を確認し、チームメイトたちが向かった先へと視線を向ける女子学生、その表情は絶望へと変わる。
「そんな、いくらなんでもあっけなさすぎる」
「そ、あんたもあっけなく終わるけどね」
女子学生に手をかざし、ほんの少し力を込める。
「ゲフッ……!」
それだけで、敵は気絶した。
『勝負あったあああああああああああ! 圧倒的な強さで佐藤アキト、赤坂大地、青峰ほむらの勝利だあああああああああああ!』
ハイテンションで俺たちの勝利宣言を高らかに歌い上げるアナウンス、頭に響いて不快でしかない。
というか俺、あんまカッコいいところは見せられてないような……。
「やったなアキト、俺たちの勝ちだ」
「ふん、やり足りないわ。大地をバカにした罪、こんなもので晴らせるわけないわ」
勝利に喜ぶ大地に欲求不満のほむら。俺はというと、若干拍子抜けだ。
高校生にとって重大な意味を持つ大会で、誰もが必死に戦うことを義務付けられている勝負で、これほど楽に勝ててしまうとは。
これなら予選の方がまだ刺激があった。俺たちは1対1の状況なら、かなりの強さを持っているのかもしれない。相手の油断があったことは確かだが。
「よしアキト、祝勝会だ! 思いっきりはしゃぐぞ!」
意気揚々と肩を組んできた大地がそう言った。それにほむらも同調し、これからどこかの店に行ってどんちゃん騒ぎをすることがほぼ確定しつつある。
だがそんな場に行くのは俺のガラじゃないし、なにより大事な用がある。
「俺は帰る。出番が近づいたらまたくるから」
2回戦は明日の午前、時間はたっぷりある。
「つれないこと言うなよ。あれだ、アイちゃんを連れてきて一緒に遊ぼうぜ」
「却下だ。ていうか帰る前に医務室に行くから、お前らはお前らで勝手にどこでもいっとけ。遅刻しないようにな」
「医務室って、怪我でもしたのか?」
「……違和感がある程度だ。心配には及ばねえよ」
実際には何の違和感もないけどな。
俺はただ、轟霊と話がしたいだけだ。医務室ならば竜王機関の監視の目もないかもしれない。あったとしても、遠回しにアイのことを言うぐらいのことをしといた方が良い。
完全に伝わらなくても、いざという時のために出来る限りの行動をしておいて損はないはずだ。
「そういうわけだから、お前らは勝手に……」
と言いかけたところで、2人は俺の両腕をがっしりと掴んだ。
「何だ?」
「病院! 病院に連れてくぞ!」
「医務室なんかよりもこの近くには国際病院があるわ! そこで入念に見てもらうのよ!」
「ば、ばか! そこまでする必要なんて……」
「いいや、お前は俺の大切な仲間なんだ! 万が一があったらどうするんだ!?」
こいつら、こんなに仲間思いのやつだったか?
俺に迷惑を散々かけまくったくせに、どうしてこんな時に限って。
「いいから離せ!」
俺は拘束する2人を無理矢理引きはがし、ダッシュした。
「待てアキト!」
それを追いかける大地とほむら。
くそ、これじゃ医務室にも行けやしない。しょうがない、大事になる前に家に帰ろう。
俺はバイクを置いてある場所まで一目散に走った。
なんとか2人に捕まることなくバイクのある場所に到着し、俺は急いで動かした。
「俺は帰る! 試合までには戻るから、安心しろ!」
そう言い残し、俺はかなりのハイスピードでバイクを飛ばし、家に戻っていった。
「……なあ」
空の彼方に消えて言った俺を見届けながら、大地がつぶやく。
「あいつってよく俺たちが能力乱発するとき化け物扱いするけどさ、あいつの方が化け物だよな?」
「やっぱり大地もそう思ってた? ホントよね、私たちはガス欠起こさないように、分かりづらいけど休憩入れているのに、アキトって休憩なしでバイク乗り回しているものね」
「知ってるか? あいつ最高で5時間ぐらい乗り回していたらしいぞ」
「ホントに!? まったく、自分の方がよっぽど化け物じゃない」
「でも、あんだけバイクを動かせるってことは、怪我はやっぱりしてなかったみたいだな」
2人には俺の嘘が完璧にバレていた。そして化け物扱いしていた奴らにまさかの化け物のレッテルを張られているとは思いもよらなかった。




