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最大の収穫

「……アキト……はや、かったね」


 玄関先でアイが出迎えてくれた。

 ああ、アイだけは俺の味方だ。イラついていた俺の心も癒してくれる。


「明日も……はやく、かえってくる?」

「そうだな、そうしたいけど……どうかな?」


 大会の出場順で今日は最初だったから、明日は十中八九うしろのほうだ。

 というか、もう大会に行くのやめようかな。

 アイにカッコいい所を見せてキャーキャー言われたいけど、それと同じくらいあのバカ2人には腹が立った。今思い出してもイラつく。もしもアイがいなかったらこの部屋の中で暴れているところだってーの。


「アキト……いつ、カッコいいところ……みられる?」


 …………もう少しぐらい、がんばってみるか。


「3日後だよ。3日後にテレビに出るから、その時は応援してくれ」

「うん……」


 明日はあの2人を見て、怒りがわいてこないようにしなきゃな。

 チームワークなんてないに等しいが、それでも足を引っ張るような真似をすれば、大会本選に出ることすら危なくなる。

 今日と同じぐらいのペースで敵を倒せばいいんだ。うん、簡単なはずだ。


「そんじゃアイ、今日は何しようか? またプールにでも行くか?」

「……ううん。アキト……疲れたかお、してる……休んで」


 なんと!

 なんと優しいことか!

 この世のお父さんたちが頑張って仕事に励む理由が少しだけ分かった気がする。

 励ましや労い、気づかいの言葉でこんなにも元気が湧いてくるなんて。

 今日はアイのやさしさを無駄にしないためにも休養を取るか。

 バトルロワイヤルは予想以上に精神が摩耗された。バカ2人のせいで余計に、だけどな。

 今後ベストコンディションで戦うために、今日は思いっきり休もう。


「アイは一人でテレビでも見てな」


 そう言うと、アイは魔法少女物のアニメを見始めた。

 最近アニメに興味を持ち始めたらしく、特にこの魔法少女はお気に入りらしい。

 アイがコスプレをした姿を想像するだけで、妙に体が火照ってくるなあ。

 っといかんいかん。これじゃあロリコンの思考と大差ない。

 せっかく体を休めているのに、これでは頭が休まらない。もう寝よう。

 おやすみなさい。


* 


 そんなこんなで1日は終わり、残りの2日も同じように過ぎて行った。

 ほむらと大地も多少は反省したのか、2日間のバトルロワイヤルでは自分勝手に突っ走ることもなく、ちゃんと作戦を立てて確実に敵を撃破していった。

 結果、3日間での総ポイント数、363。全チーム中2位に位置することになった。

 ちなみに1位は初日、大地とほむらをやっつけたあの3人組だ。

 それはもう烈火のごとき勢いで敵を倒していき、そのポイント数は500ちょうど、狙ったんじゃないかと思うほどにキリのいい数字だ。

 こいつらと本選で会うのは順調にいけば決勝戦、いい塩梅だ。

 本選は地上波で放映され、アイに俺のカッコいいところを見せなくてはならない。

 アイが期待しているんだから、それにこたえられなきゃ男じゃない。

 そのためにも、安全な敵と戦うのが良い。


「さあ2人とも、初日は1戦だけだが、気を抜かずに行くぞ」


 本選は計8回の戦闘が行われ、1日目は1試合、2日目は2試合、3日目は3試合、4日目は2試合行われる。最終日が2試合なのは、決勝戦は夜にやるからだ、何故夜にやるかと言われれば、そのほうが盛り上がるかららしい。

 それ以外は1日中ぶっ通しで試合。まあ暇な時間も多いがな。


「1回戦の相手は……知らないな」


 初めての大会だから情報が全くないのも珍しくはないが、何も知らないというのは不安だな。自分の予選のあとで試合を見とくべきだったか?


「本選の会場って予選と同じなのよね? ちょっと広すぎないかしら?」

「本選は予選と違って同じ場所でも、空間操作の能力が解除されてるから、東京ドームぐらいの広さだよ」

「あ、そっか」


 こんなことは周知の事実なのだが、ほむらも相当緊張しているように見える。

 大地は……。


「ふんふんふーん♪ 俺のなっまえっが世界に轟ーくぜぇー♪」


 めちゃくちゃなメロディで自作のクソダサい歌を口ずさんでいる。

 馬鹿と緊張は水と油の関係らしい。


「なあ大地、今度の会場は予選と比べると狭いんだ。いきなり氷塊出すのはやめろよな」

「分かってるって。それに、アイちゃんのためにもお前に見せ場を作ってやるよ」

「……期待しているよ」


 微塵も思っていない言葉を吐き、無意味と思いつつもどう行動するかを考える。

 敵の能力を知らない、言うことなど聞いてくれないチームメイト、作戦という言葉がこれほど虚しくなるファクターもあるまい。


「私たちの出番はいつかしら?」


 小刻みに震えながらほむらが聞いてきた。


「17試合目。何時になるかはわからないけど、順当に行けば2時間後ってところかな」


 1回戦の試合数は128、1日で消化できるかと言われれば疑問の残る数字だが、この大会の序盤では休み時間など存在しない。

 24時間テレビのようにノンストップだ。といっても、主役である俺たちの出番は序盤の内ではほんの少し、とびぬけて強い奴や弱い奴なら登場シーン1分にも満たない場合もある。

 場合によっては早く終わり過ぎて、お笑い芸人とかが場持ちしてくれる時もある。


「2時間後……2時間後にはみんなの前に立つことになる。大丈夫よ、大地もアキトもいるんだし、きっと平気よ」

「2時間後には俺という存在が世界に認知される。楽しみでしょうがないぜ!」


 両極端な2人を見ているとこちらが安心してくる。あれだな、自分よりもパニクっている奴を見ると逆に落ち着いてくるという、あの心理に似ている。

 こいつらよりはマシだという思考が安心をもたらすんだろうか。

 そう思っていると、控室にあるモニターに会場が映し出される。


「お、始まるみたいだぞ」


 俺が言っても、自分の世界に入っている2人に届いていない。

 無視されているようで心に来るな。

 そんな俺の傷心を他所に、大会本選の開会の言葉が竜王機関トップ、竜王義景によって紡がれている。

 この宣言をまともな神経状態で聞けている出場選手はどれくらいいるのだろうか。

 やがて竜王義景の言葉は終わり、1回戦初戦の3人、2組が会場に出てきた。


「おいお前ら、自分の世界に入ってないで、ちゃんと試合を見てろ。貴重な情報だぞ」

「そ、そうね……試合を見とかないと……」


 ほむらはよろよろとした足取りでモニターの目の前に座った。

 大地は見る気など毛頭ないかのように、またクソダサい歌を口ずさみ始めた。


「ここで、私が戦う……大丈夫よほむら。私は出来る子」


 ほむらという名には不釣り合いなほどに顔が真っ青になっている。


「お、おい、大丈夫かほむら? 気分でも悪いんじゃ……」

「大丈夫大丈夫大丈夫」


 何度も大丈夫と繰り返すほむらが心配になり、俺はほむらに寄り添い気分をほぐしてあげようとした。手には水の入ったペットボトルを持ち、献身的な対応を……。


「だいじょ……うぷっ……………おろろろろろろろろ」

「ぎゃああああああああああああああああああああ!」


 寄り添った俺の体に、ほむらの吐瀉物が降りかかった。


                 *


「ったく、ほむらのやつ、普段は気が強いくせに、大舞台になると緊張する癖が抜けてねえよなあ」


 会場にあるシャワー室で体を洗い、学校指定のジャージに着込んで俺は廊下を歩く。

 この場は誰も目に映ることのない俺一人の領域ではあるが、観客の大歓声が聞こえてくる。大いに盛り上がっているようだ。

 ま、そりゃそうか。この大会は高校生たちの熾烈な就職活動であると同時に、国民にとっては2カ月にに4日間のエンターテインメントだ。

 割と多く思えるだろう?

 だが実は違う。

 大会の中でも特に盛り上がる大会があり、この1年生の最初の大会がその一つなのだ。

 下馬評のない大会はこれとあと一つだけなのでどうなるか予想もつかないという理由から、この大会を最も面白い大会だと言う人もいる。

 そう思えば、ほむらのあの緊張具合も多少は納得できるというものだ。

 吐いたことを許しはしないがな。


「まだちょっと臭うな。まだ時間はあるだろうし、もう一回洗ってこようかな」


 控室に向かう体をUターンさせ、再度シャワー室に向かおうとする。

 そこで、1人の女性が歩いていた。

 眼鏡をかけた理知的な女性、会ったことはないが見覚えがあり、おそらく俺が最も会いたかった女性、


「轟……霊……」


 アイを逃がした張本人、轟霊その人が廊下を歩いていたのだ。

 俺のつぶやきが聞こえたのか、轟霊は俺に話しかけてきた。


「ん? 少年は私を知っているのかな?」

「あ……その……」


 突然の邂逅に頭が定まらない。聞きたいことが山ほどあった。なのにその一つも俺の頭が正常に働かないせいで、聞けずじまいだ。


「緊張しているのだな、少年よ。無理もない、最初の大会だものな。私も初めての時は緊張したさ。だが舞台に立ってしまえばあとは踊るだけ、なるようになるものだよ」


 轟霊が俺の肩をポンと叩いてそう言った。

 やさしさに溢れた言葉だということが理解できる。この人は今、俺のためを思って話してくれている。それが俺の頭を正常に引き戻し、アイのことを聞こうとした。


「あ、あの……!」


 言おうとしたとき、廊下に設置されている監視カメラが目に入った。

 そうだ、ここは竜王機関のホームに近しい場所、控室でアイの言葉を出してもまだ確信には至らないだろうが、竜王機関に所属する人間、それもアイを逃がした轟霊にアイの話をすれば、全てがバレてしまう。


「ん? どうした少年よ? 何か言いたいことがあるのか?」


 何かを言おうとして押し黙った俺を見て、轟霊は不思議そうな顔をした。

 どうする、俺は今、どうすることが正解だ?

 この人を味方につけること、竜王機関にアイの所在がバレること、2つを天秤に乗せた時、どちらに秤は傾くか……考えるまでもないか。


「……いえ、有名な轟霊さんに会えたことに感動して、言葉が出てこなかっただけですよ」


 アイの身の安全を確保するのならば、今この場で轟霊を味方に付けようとすることは間違いだ。時期を見て、アイのことを話そう。

 幸いにも何らかの処分を受けていたと思われる轟霊が無事だったのだ。これから先、いくらでもチャンスはあるはず。


「そうか、では検討を祈るよ。私は医務室にいるから、君が弱かったらすぐに再会するかもしれないな」

「アハハ……」


 洒落のつもりで言っているのであろうが、こちらとしては洒落にならない。


「けど、本当に無事でよかった」


 轟霊が立ち去った後、俺は何気なくつぶやく。

 会いたかった、だが会う可能性が限りなく0に近いと思っていた人間の生存を確認することが出来たのだ。この大会で最大の収穫とも言える。

 俺は再度シャワーを浴び直して、完全に臭いが取れたのを確認してから、自らの控室に戻った。

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